オプション取引の歴史|古代ギリシャからCBOE・暗号資産まで年表と図解で解説

ICHIZEN Capitalのイチ押しポイント!
- オプション取引の歴史は紀元前6世紀・古代ギリシャまで遡る
- 哲学者ターレスが搾油機の「使う権利」を事前購入した逸話が記録に残る最古のオプション的取引
- 17世紀オランダのチューリップ・バブルでは先物がオプションに転換された歴史的事件も
- 1973年のCBOE設立とブラック・ショールズ・モデルが最大の転換点
- 世界初の公認オプション取引所CBOEが16銘柄のコールからスタート、同年にBS理論も発表
- 1987年のブラックマンデーで「ボラティリティ・スキュー」が生まれ、理論が現実に書き換えられた
- 日本は堂島米会所(1730年)が先物の先駆け、オプションは1989年〜
- 大阪証券取引所で日経225オプションが始まり、1991年には取引代金で世界一に
- 戦前の清算取引→GHQ禁止→1985年の金融先物復活という、あまり知られない系譜がある
- 暗号資産オプションは2016年〜、金融史を「早送り」で再現している
- Deribit・CME・IBITオプション(BlackRock ETF)が三つ巴。2024年Deribitのオプション取引高は約7,430億ドル
- 2025年にCoinbaseがDeribitを約29億ドルで買収、規制市場と暗号資産デリバティブの融合が加速
木田 陽介オプション取引は「投機のツール」というイメージが先行しがちですが、歴史を辿ると本来は「リスクを管理するための仕組み」として生まれています。そしてもう一つ大切なのは、CBOEやブラックマンデーといった歴史の転換点が、今日わたしたちが見ているIV・スキュー・GEXといった指標を生んだという事実。歴史を知ると、現代のオプション分析の意味が格段に深くなります。


監修 木田 陽介
株式会社ICHIZEN HOLDINGS 代表取締役
2016年から仮想通貨トレードを開始。2017年に株式会社CoinOtakuを共同で創業。同年CoinOtakuの代表に就任。2020年に東証二部上場企業に6億円でM&A。bitgetの月間取引高で世界4位を獲得。2025年にCoinOtaku代表を退任し、同年5月に株式会社ICHIZEN HOLDINGSの代表取締役に就任。
オプション取引の歴史とは?全体像を年表で把握
オプション取引の歴史は紀元前6世紀の古代ギリシャまで遡り、約2,600年にわたって形を変えながら発展してきました。「将来のある時点で、あらかじめ決めた価格で売買できる権利」というオプションの基本構造は、対象が搾油機・チューリップ・株価指数・ビットコインへと移っても一貫しています。
まずは全体像を一本の時間軸で押さえましょう。下の年表は、世界(紺)・日本(緑)・暗号資産(金)の3つの流れを色で分け、主要な転換点を並べたものです。個々の出来事は後続のセクションで掘り下げます。
| 年代 | 出来事 | 意義 |
|---|---|---|
| 紀元前6世紀 | 古代ギリシャ・ターレスの搾油機オプション | 記録に残る最古のオプション的取引 |
| 1637年 | オランダ・チューリップ・バブルで先物→オプション転換 | 投機と価格暴落の教訓 |
| 1730年 | 大阪・堂島米会所が公認(先物取引の原型) | 世界初の組織的デリバティブ取引所 |
| 1790年代〜 | 米国シカゴで株式・商品のオプション取引 | 米国オプション市場の黎明期 |
| 1934年 | 米国で上場オプションが禁止(〜1970年代) | 不正行為への規制強化 |
| 1973年 | CBOE設立/ブラック・ショールズ・モデル発表 | 現代オプション市場の幕開け |
| 1987年 | ブラックマンデー→ボラティリティ・スキュー誕生 | 「理論が現実に敗れた日」 |
| 1989年 | 大阪証券取引所で日経225オプション開始 | 日本の本格的オプション市場の誕生 |
| 1991年 | 日経225オプションが取引代金で世界一に | 日本市場の絶頂 |
| 1997年 | 大阪・東京で株券(個別株)オプション開始 | 対象銘柄の拡大 |
| 2016年 | Deribit設立(暗号資産オプション取引所) | 仮想通貨オプション市場の幕開け |
| 2024年 | IBIT(BlackRock BTC ETF)オプション上場 | 規制市場での暗号資産オプション普及 |
| 2025年 | CoinbaseがDeribitを約29億ドルで買収 | 規制市場と暗号資産デリバティブの融合 |
オプション取引の起源|古代ギリシャ〜17世紀
現代のオプション取引は高度な金融商品ですが、その原型は驚くほど古くから存在しています。記録に残る最古のオプション的取引は、紀元前6世紀の古代ギリシャにまで遡ります(※1)。ここではその2つの原点を、あえて現代の損益図に「翻訳」しながら見ていきます。
ターレスの搾油機オプション(紀元前6世紀)
古代ギリシャの哲学者ターレス(タレス)は、天文学の知識から翌年のオリーブが豊作になると予測しました。そこで、オリーブの搾油機を「あらかじめ決めた価格で借りる権利」を事前に購入します(※1)。翌年オリーブが豊作になると搾油機の需要が急増して借入料が高騰。ターレスは約束どおりの安い価格で搾油機を借り、高くなった市場価格で他者に貸し出して大きな利益を得たとされます。この逸話はアリストテレスの『政治学』に記録されており、コール・オプション(買う権利)の原型と見なされています。
ここで重要なのは、ターレスの目的が「投機」ではなく「予測に基づくリスク管理」だった点です。豊作でなければ権利を放棄して損失は前払い分に限定される一方、的中すれば利益は大きく伸びる。この非対称な損益構造を現代の損益図にすると、まさにコール・オプションの買いと同じ形になります。
チューリップ・バブルとオプション取引(17世紀オランダ)
体系的なオプション取引の初期事例として広く知られるのが、17世紀オランダのチューリップ・バブルです。1630年代、チューリップの球根価格が異常に高騰し、投機的な先物取引が盛んに行われていました(※2)。
1637年2月、チューリップ販売業者の業界団体は突如ルールを変更します。1636年11月30日以降に締結された先物契約はすべて「オプション契約」として扱うと告知し、買い手は額面の3.5%を手数料として支払えば契約を破棄できるようにしました。つまり、下落で損失が無限に膨らむ先物が、損失を手数料だけに限定するコール・オプションへ事実上「転換」されたのです(※2)。
この措置はオランダ議会に事後承認されましたが、結果的にチューリップ市場は暴落し、多くの投資家が損失を被りました。「投機の過熱→ルール変更→暴落」というパターンは、その後の金融危機でも繰り返される、オプション史の重要な教訓です。
近代オプション取引の発展|18世紀〜20世紀
18世紀から20世紀にかけて、オプション取引は「制度化」と「理論化」という2つの階段を上ります。日本は先物の制度化で世界の先頭に立ち、米国は一度の禁止期を経て、1973年に現代市場の土台を一気に築きました。この時代の3つの節目を順に見ていきます。
- 堂島米会所(1730年):世界初の組織的デリバティブ取引所
- 米国シカゴ:黎明→1934年の禁止→1973年CBOE設立へ
- ブラック・ショールズ・モデル:オプション価格の数理的評価を可能にした革命
堂島米会所と日本の先物取引(1730年)
日本はデリバティブの歴史において、世界的に見ても極めて早く制度化を実現した国です。江戸時代の承応・寛文年間(1652〜1673年)に大阪で米穀取引の市場が形成され、1697年に堂島へ移転しました(※3)。
1730年、8代将軍・徳川吉宗の下で「堂島米会所」が公認されます。ここでは「帳合米(ちょうあいまい)取引」と呼ばれる、収穫前の米の売買価格をあらかじめ決める取引が行われていました。これは現在の先物取引の原型であり、堂島米会所は「世界最初の組織化されたデリバティブ取引所」として国際的に認知されています(※3)。将来の価格変動リスクを制度的に管理するという発想は、18世紀の日本にすでに根づいていたのです。
米国シカゴとオプション市場の黎明、そして禁止(1790年代〜1934年)
1790年頃から、米国シカゴでは株式や商品を対象としたオプション取引が行われ始めました。しかし当時は規制が未整備で、相場操作や不正行為が横行していました(※1)。
1934年、米国政府は現物・先物市場の混乱を招くとして、取引所での上場オプションを禁止します。この措置は1970年代まで約40年続きました。オプションが消滅したわけではなく、店頭(OTC)市場で個別交渉の取引は細々と続きましたが、標準化された透明な市場は長期間失われていたのです。この「空白期」があったからこそ、次のCBOE設立が大きな転換点になります。
CBOE設立とブラック・ショールズ・モデル(1973年)
1973年は、オプション取引の歴史における最大の転換点です。この年に2つの画期的な出来事が同時に起きました。
1つ目は、1973年4月26日のCBOE(シカゴ・オプション取引所)設立です。CBOEは世界初のオプション取引を目的とした公認取引所で、16銘柄の個別株コール・オプションからスタートしました。標準化された契約条件・透明な価格形成・清算機関の介在により、それまで不透明だったオプション取引に信頼性と流動性が生まれます(※1)。1977年にはプット・オプションの上場も始まりました。
2つ目は、フィッシャー・ブラックとマイロン・ショールズによるブラック・ショールズ・モデルの発表です。後にロバート・マートンも貢献し、ショールズとマートンは1997年にノーベル経済学賞を受賞しています(※4)。このモデルはオプションの「適正な価格」を数理的に算出する枠組みを与え、マーケットメイカーが大量の取引を合理的にさばくことを可能にしました。
CBOEとブラック・ショールズが同じ1973年に揃ったのは偶然ではありません。「取引できる場所」と「価格を計算する理論」が同時に整ったことで、オプション取引は爆発的に普及しました。先物とオプションの根本的な違いを整理したい方は「先物取引とオプション取引の違い」もあわせてご覧ください。
1987年ブラックマンデー|「理論が現実に敗れた日」とスキューの誕生
オプションの歴史を語るとき、一般の年表ではあまり触れられないのに、実務では決定的に重要な事件があります。1987年10月19日のブラックマンデーです。この日、オプションの「理論」はたった1日で書き換えられました。
ブラック・ショールズ・モデルは当初、「ボラティリティ(変動率)は行使価格に関係なく一定」と仮定していました。つまり、どの行使価格のオプションでもIV(インプライドボラティリティ=予想変動率)はフラットである、という前提です。ところがブラックマンデーの暴落で、投資家は「もう一度暴落するかもしれない」と考え、下落に備えるOTMプット(下落保険)を理論値をはるかに超える価格で買い漁りました。
結果、下側の行使価格だけIVが跳ね上がり、行使価格ごとにIVが異なる「ボラティリティ・スキュー(smile/skew)」が恒常化します。完璧に見えた理論が、現実の暴落の前で修正を迫られた瞬間です。以降、スキューはオプション市場の常識となり、今日でも下落リスクの織り込み度合いを読む重要な手がかりになっています。
このスキューをどう読み、どう使うかは、現代のオプション分析の中核テーマです。詳しくは「ボラティリティ・スキューとは」で図解しています。歴史上の一度の暴落が、今日のトレーダーが毎日見ている指標を生んだ——これがオプション史の面白さです。
日本のオプション取引の歴史|戦前の清算取引から世界一、そして凋落まで
日本のオプション市場は、実は一本道で生まれたわけではありません。戦前に一度花開き、戦後にいったん封印され、1980年代に金融先物として復活する——この知られざる系譜を押さえると、日本市場の現在地がよく見えてきます。
戦前の清算取引とGHQによる禁止
意外に思われるかもしれませんが、戦前の日本では「清算取引」という形で、株式の先物取引が証券取引所で公然と行われていました(※7)。ところが戦後、GHQは投機的取引を抑制するため清算取引を禁止します。株式の先物的な取引はいったん姿を消し、その後は「信用取引」という形で個人投資家向けに部分的に復活しました。堂島から続いた日本のデリバティブの系譜は、ここで一度断ち切られたのです。
金融先物の復活と日経225オプションの開始(1985〜1989年)
現代的なデリバティブが日本に戻ってくるのは1980年代です。1985年、東京証券取引所で長期国債先物取引が始まり、これがわが国最初の金融先物取引となりました(※7)。続いて1987年に大阪証券取引所で「株先50」、1988年9月3日に日経225先物と東証のTOPIX先物が上場します。
そして1989年6月12日、大阪証券取引所で日経225オプション取引が上場し、日本に本格的なオプション市場が誕生しました(※3、※5)。同年10月20日には東京証券取引所でTOPIXオプションも導入されます。先物からオプションへと、わずか数年で一気に市場が立ち上がったのです。
1991年「世界一」——日本市場の絶頂
立ち上がった日経225オプションは急成長し、1991年には取引代金ベースで世界第1位の株価指数オプション市場になりました(※5)。当時の日本経済の規模と、機関投資家の旺盛なヘッジ需要が、この驚異的な成長を支えました。日本のオプション市場は、誕生からわずか2年で世界の頂点に立ったのです。
その後も対象は広がり、1997年7月18日には大阪・東京で株券(個別株)オプション、2015年5月25日にはより短い満期のWeeklyオプション、2016年にはJPX日経インデックス400オプションなどが追加されました(※3)。
JPXへの統合と「なぜ日本のオプション市場は停滞したのか」
2013年、東京証券取引所と大阪証券取引所が統合してJPX(日本取引所グループ)が発足し、デリバティブは大阪取引所に集約されました(※3)。ネット証券の普及で個人も少額から参入できるようになっています。
ただし、かつて世界一だった日本のオプション市場は、いまや取引量で米国のCBOEや暗号資産のDeribitに大きく後れを取っています。絶頂から30年、なぜ日本のオプション市場は相対的に地盤沈下したのか。バブル崩壊後の長い低成長、個人投資家の裾野の薄さ、指数偏重(個別株オプションの流動性が育たなかった)など複合的な要因が指摘されます。「かつての世界一が、いまは追う立場にある」という事実は、日本のオプションを学ぶうえで知っておきたい視点です。
仮想通貨(暗号資産)オプション取引の歴史|金融史の「早送り」再現
オプションの歴史で最も新しく、最も速く成長しているのが暗号資産分野です。ここで面白いのは、伝統市場が数百年かけて歩んだ「相対取引→取引所→清算機関→理論価格→ETF」という進化を、暗号資産はわずか10年ほどで”早送り”で再現しているという点です。
Deribitの台頭とCMEの参入(2016年〜)
2016年、オランダでDeribitが設立され、ビットコインオプションの提供を開始しました。Deribitは暗号資産オプション市場で圧倒的なシェアを握り、2024年にはオプションだけで年間取引高が約7,430億ドルに達しています(※6)。
一方、規制された伝統的取引所からの参入も進みます。2017年12月、CME(シカゴ・マーカンタイル取引所)がビットコイン先物を開始。2020年にはビットコインオプションも上場し、機関投資家の暗号資産デリバティブへのアクセスが大きく広がりました(※7、※8)。CBOEが担った「取引所の標準化」を、暗号資産では数年で追体験した格好です。
IBITオプション・CoinbaseによるDeribit買収(2024〜2025年)
2024年、BlackRockのビットコインETF「IBIT」にオプションが上場し、規制された米国市場で暗号資産オプションが本格的に取引可能になりました。2026年4月時点で、IBITオプションの未決済建玉(OI)は約276億ドルに達し、Deribitの約269億ドルを上回る規模にまで成長しています(※6)。伝統市場が20世紀後半に達成した「ETFという器」を、暗号資産はわずか十数年で手にしたことになります。
さらに2025年8月、CoinbaseがDeribitを約29億ドル(現金7億ドル+Coinbase株式約1,100万株)で買収し、規制された取引所と暗号資産ネイティブのデリバティブ市場が統合される流れが加速しました(※6)。CMEも2026年にBTC・ETH先物・オプションの24時間365日取引体制への移行を進めており、伝統金融と暗号資産の境界はますます曖昧になっています(取引時間の全体像は「オプション取引の取引時間まとめ」で解説)。
| 取引所 | 設立/開始年 | 特徴 | 規模の目安 |
|---|---|---|---|
| Deribit | 2016年 | 暗号資産オプション最大手。2025年Coinbaseが買収 | 2024年オプション取引高 約7,430億ドル |
| CME | 2017年(BTC先物)/2020年(BTCオプション) | 規制された機関投資家向け市場 | 先物含む複合(非公開) |
| IBIT Options | 2024年 | BlackRock BTC ETFのオプション。規制市場 | 2026年4月 OI 約276億ドル |
2026年時点の暗号資産オプション市場は、「Deribit(Coinbase傘下)+CME+IBITオプション」の三つ巴の構図です。個人がCEX(暗号資産取引所)でオプションに参加するハードルも年々下がっており、市場の裾野は急速に広がっています。暗号資産のレバレッジ取引全般については「仮想通貨のレバレッジ取引」もご参照ください。
歴史が「今日のオプション指標」を生んだ
ここまで見てきた歴史の転換点は、単なる過去の出来事ではありません。その一つひとつが、今日わたしたちがオプション画面で見ている指標そのものを生み出しています。「なぜこの指標が存在するのか」は、歴史をたどると腑に落ちます。
たとえばCBOEの設立以降、「マーケットメイカーがヘッジのためにデルタニュートラルを維持する」仕組みが標準化されました。これを知っていれば、GEX(ガンマ・エクスポージャー)がプラスのとき相場が安定しやすく、マイナスのとき変動が拡大しやすい理由が直感的にわかります。これは1973年以前のOTC時代には存在しなかった構造です。
同じように、ブラック・ショールズがIV(予想変動率)という概念を、ブラックマンデーがスキューを、そして1993年にCboeが算出を始めたVIXが「恐怖指数」を生みました。オプションの主要な指標を体系的に整理したい方は「オプション取引の用語集」も辞書代わりにご活用ください。
オプション取引の歴史から学べる3つの教訓
2,600年の歴史を振り返ると、時代や対象資産を越えて繰り返されるパターンが見えてきます。ここでは実践にも通じる3つの教訓に整理します。
- オプションの本質は「リスク管理」。ターレスも堂島米商人も、出発点は投機ではなくヘッジ
- 「取引所+理論」が揃うと市場は爆発的に成長する(1973年のCBOE+ブラック・ショールズが好例)
- 投機の過熱と規制は繰り返される。チューリップ→米国禁止期→リーマン後の規制強化→暗号資産
1つ目は、オプションの本質が「投機」ではなく「リスク管理」にあることです。ターレスの搾油機オプションは豊作予測に基づくリスク限定型の投資でしたし、堂島の帳合米取引も米価変動をヘッジする仕組みでした。現代の機関投資家がオプションを使う主目的も、ポートフォリオの下落リスク制御です。
2つ目は、「取引の場」と「価格の理論」が揃ったときに市場が飛躍することです。1973年のCBOEとブラック・ショールズがその典型。暗号資産オプションも、Deribitという「場」とオンチェーン/オプションデータという「分析手段」が揃って急拡大しました。
3つ目は、投機の過熱と規制強化が歴史的に繰り返されることです。チューリップ・バブル、1934年の米国規制、2008年リーマンショック後のデリバティブ規制強化、そして暗号資産でも2022年のFTX破綻後に規制が厳格化されました。歴史を知ると、目の前の相場を一歩引いて俯瞰できるようになります。
ICHIZEN Capitalの視点|歴史を知ることがオプション分析の精度を上げる
ICHIZEN Capitalでは、オプション分析を「OI(未決済建玉)・GEX(ガンマ・エクスポージャー)・IV・スキュー・満期構造」を組み合わせた統合的アプローチで実践しています。ここまで見た歴史的背景を理解していることは、この分析を使いこなすうえで大きなアドバンテージになります。
たとえば、CBOE以降に標準化した「マーケットメイカーがデルタニュートラルを維持する」構造を知っていれば、なぜGEXの符号で相場の安定度が変わるのかが腹落ちします。1987年のスキュー誕生を知っていれば、なぜ下落側のIVが常に高いのかを当たり前として扱えます。歴史は、指標に「意味」を与えてくれるのです。
実際、暗号資産市場でも歴史は繰り返しつつあります。2025年10月にBTCが史上最高値圏で推移した局面では、オプション市場のOIは上値の巨大なコールショートと下値のプットショートに挟まれた「サンドイッチ構造」を形成し、Max Painは11.4万ドル付近にありました。ICHIZEN Capitalは当時、こうした建玉構造から下落方向への警戒シナリオを事前に提示しています。ヘッジフローが価格変動を増幅・抑制し得るという読み筋は、まさにCBOEが整えた市場構造に根ざしたものです。



オプションの歴史を学ぶと「なぜこの指標が存在するのか」が腑に落ちます。GEXもIVスキューも、結局はCBOE以降の市場構造が作り出したもの。歴史的経緯を知らずに指標だけ見ても、表面的な判断になりがちです。特に暗号資産オプションは伝統市場の仕組みを”早送り”で取り込んでいるので、両方の文脈を持っておくことが実践では効いてきます。
オプションを歴史の文脈ごと体系的に学びたい方へ
オプションの指標(IV・スキュー・GEX・OI)は、いずれも歴史的な市場構造から生まれたものです。用語を断片的に暗記するより、「なぜその指標があるのか」という背景ごと体系的に学ぶ方が、実践では圧倒的に理解が深まります。ICHIZEN Capitalが運営する完全無料のトレードスクールでは、オプションの基礎から実践的な分析までを順序立てて学べます。
よくある質問
オプション取引はいつから始まりましたか?
記録に残る最古のオプション的取引は紀元前6世紀、古代ギリシャの哲学者ターレスによる搾油機の権利購入です。体系的なオプション取引としては17世紀オランダのチューリップ・バブル期が初期事例とされ、現代的な取引所オプションは1973年のCBOE設立から始まりました。
オプション取引を考えたのは誰ですか?
最古の記録は古代ギリシャの哲学者ターレスです。現代的なオプション理論を確立したのはフィッシャー・ブラックとマイロン・ショールズで、1973年にブラック・ショールズ・モデルを発表しました。ショールズとロバート・マートンはこの功績で1997年にノーベル経済学賞を受賞しています。
ブラックマンデーとオプションはどう関係していますか?
1987年10月19日のブラックマンデーは、オプション実務における大きな転換点です。それ以前のブラック・ショールズ・モデルは「IVは行使価格に依存しない(フラット)」と仮定していましたが、暴落後にOTMプット(下落保険)の需要が急増し、下側の行使価格だけIVが跳ね上がる『ボラティリティ・スキュー』が恒常化しました。理論が現実に修正を迫られた事件です。
日本のオプション取引はいつ始まりましたか?
1989年6月12日、大阪証券取引所で日経225オプション取引が開始されました。先物取引としてはそれより早く、1730年の堂島米会所が世界最初の組織的デリバティブ取引所として知られています。なお日本では戦前にも清算取引という株式の先物的取引がありましたが、戦後GHQにより禁止された歴史があります。
なぜ日本のオプション市場は停滞したのですか?
日経225オプションは1991年に取引代金で世界一になりましたが、その後は米国のCBOEや暗号資産のDeribitに取引量で後れを取っています。バブル崩壊後の長期低成長、個人投資家の裾野の薄さ、指数偏重で個別株オプションの流動性が育たなかったことなど、複合的な要因が指摘されています。
ブラック・ショールズ・モデルとは何ですか?
1973年にフィッシャー・ブラックとマイロン・ショールズが発表した、オプションの理論価格を数学的に算出するモデルです。原資産価格・行使価格・満期までの期間・ボラティリティ・金利を変数として、コール・プットの理論値を計算できます。現代のオプション市場の基盤となっています。
CBOE(シカゴ・オプション取引所)とは何ですか?
1973年4月に設立された、世界初のオプション取引を目的とした公認取引所です。16銘柄のコール・オプションからスタートし、現在は株式・指数・ETFなど多様なオプションを扱う世界最大級の取引所に成長しました。VIX(恐怖指数)の算出元としても知られています。
チューリップ・バブルとオプション取引はどう関係していますか?
1637年のオランダ・チューリップ・バブルでは球根の先物取引が盛んでした。バブル崩壊直前、業界団体が「先物契約をオプション契約に変更し、買い手は額面の3.5%で契約を破棄できる」と宣言。先物が事実上コール・オプションに転換された歴史的事件であり、体系的オプション取引の初期事例とされています。
仮想通貨のオプション取引はいつから始まりましたか?
2016年にDeribitがビットコインオプションの提供を開始したのが本格的な始まりです。2017年にCMEがビットコイン先物を上場、2020年にBTCオプションも追加しました。2024年にはBlackRockのBTC ETF『IBIT』のオプションが上場し、規制市場での取引が急拡大しています。
オプション取引と先物取引の違いは何ですか?
最大の違いは「義務」か「権利」かです。先物は満期時に売買する義務がありますが、オプションは売買する『権利』を持つだけで、行使するかは買い手が選べます。オプションの買い手は損失がプレミアム(購入費用)に限定される一方、先物は損失が大きく膨らむ可能性があります。
まとめ|オプション取引の歴史は「リスク管理の進化史」
- 起源は紀元前6世紀のターレス。本質は投機でなく「リスク管理」で一貫している
- 1973年のCBOE+ブラック・ショールズが現代市場の土台。1987年の暴落がスキューを生んだ
- 日本は堂島(1730)→戦前清算取引→1989年日経225OP→1991年世界一、その後は相対的に停滞
- 暗号資産は金融史を”早送り”で再現中。歴史はIV・スキュー・GEXなど今日の指標の意味を教えてくれる
オプション取引の歴史を振り返ると、その核は一貫して「不確実な未来に対してリスクを限定しながら利益を追求する仕組み」にあります。搾油機・チューリップ・株価指数・ビットコインと対象は変われど、「権利の売買」という本質は2,600年変わっていません。
そして歴史を学ぶ最大の実益は、IV・スキュー・GEXといった現代の指標が「なぜ存在するのか」を理解できることです。CBOEがヘッジ構造を、ブラックマンデーがスキューを生んだ——この因果を押さえれば、指標は暗記対象から「意味のある道具」に変わります。歴史を知ることは、目の前の相場を冷静に読むための最良の武器の一つです。
参考文献
1. シグマインベストメントスクール「オプション取引の歴史」https://www.sigmabase.co.jp/correspondence/sample/O3.pdf
2. Wikipedia「チューリップ・バブル」https://ja.wikipedia.org/wiki/チューリップ・バブル
3. 日本取引所グループ(JPX)「デリバティブ市場の歴史」https://www.jpx.co.jp/derivatives/related/history/index.html
4. Wikipedia「ブラック–ショールズ方程式」https://ja.wikipedia.org/wiki/ブラック–ショールズ方程式
5. Wikipedia「日経225オプション取引」https://ja.wikipedia.org/wiki/日経225オプション取引
6. CoinLaw「Options Market in Crypto Statistics 2026」https://coinlaw.io/options-market-in-crypto-statistics/
7. 日本証券経済研究所「証券市場・第8章 デリバティブ市場」https://www.jsri.or.jp/publish/market/pdf/market_31/31_08.pdf
8. CME Group「Bitcoin」https://www.cmegroup.com/ja/right-navs/ja-bitcoin.html
※本記事は2026年8月時点の情報に基づく一般的な情報提供を目的としており、特定の暗号資産(仮想通貨)への投資を勧誘するものではありません。オプション取引にはリスクが伴い、損失がプレミアムに限定されるのは買い手のみで、売り手は大きな損失を被る可能性があります。最終的な投資判断はご自身の責任で行ってください。









