オプション取引の歴史|古代ギリシャから仮想通貨まで年表付きで徹底解説

ICHIZEN Capitalのイチ押しポイント!


  • オプション取引の歴史は紀元前6世紀・古代ギリシャまで遡る
    • 哲学者ターレスがオリーブ搾油機の「使う権利」を事前購入し利益を得た逸話が最古の記録
    • 17世紀オランダのチューリップバブルでは先物がオプションに転換された歴史的事件も
  • 1973年のCBOE設立とブラック・ショールズ・モデルが転換点
    • 世界初の公認オプション取引所CBOEが16銘柄のコール・オプションからスタート
    • 同年発表のブラック・ショールズ・モデルで「適正価格」の算出が可能に
  • 日本は堂島米会所(1730年)が先物取引の先駆け、オプションは1989年〜
    • 大阪証券取引所で日経225オプション取引が開始、1991年には取引代金で世界一に
    • 現在はJPX(日本取引所グループ)に統合され、個人投資家にも間口が広がっている
  • 仮想通貨オプションは2016年〜急成長、2025年にはDeribit取引高が約1.9兆ドル
    • Deribit・CME・IBITオプション(BlackRock ETF)が三つ巴の構図
    • 2025年にCoinbaseがDeribitを約29億ドルで買収、規制市場との融合が加速
木田 陽介

オプション取引は「投機のツール」というイメージが先行しがちですが、歴史を辿ると本来は「リスクを管理するための仕組み」として生まれたことがわかります。古代ギリシャのターレスも、チューリップバブルの花屋も、本質はヘッジ。この原点を知っておくと、現代のオプション分析の意味が格段に深くなります。

木田 陽介
(株)ICHIZEN HOLDINGS

代表取締役

この記事の執筆者/監修者

2016年から仮想通貨トレードを開始。2017年に株式会社CoinOtakuを共同で創業。同年CoinOtakuの代表に就任。2020年に東証二部上場企業に6億円でM&A。bitgetの月間取引高で世界4位を獲得。2025年にCoinOtaku代表を退任し、同年5月に株式会社ICHIZEN HOLDINGSの代表取締役に就任。

監修 木田 陽介
株式会社ICHIZEN HOLDINGS 代表取締役

2016年から仮想通貨トレードを開始。2017年に株式会社CoinOtakuを共同で創業。同年CoinOtakuの代表に就任。2020年に東証二部上場企業に6億円でM&A。bitgetの月間取引高で世界4位を獲得。2025年にCoinOtaku代表を退任し、同年5月に株式会社ICHIZEN HOLDINGSの代表取締役に就任。

目次

オプション取引の歴史とは?全体像を年表で把握

オプション取引の歴史は紀元前6世紀の古代ギリシャまで遡り、約2,600年にわたって形を変えながら発展してきました。「将来のある時点で、あらかじめ決めた価格で売買できる権利」というオプションの基本構造は、時代や対象資産が変わっても一貫しています。

以下の年表は、オプション取引の主要な転換点を時系列で整理したものです。個々の出来事の詳細は後続のセクションで解説します。

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年代出来事意義
紀元前6世紀古代ギリシャ・ターレスのオリーブ搾油機オプション記録に残る最古のオプション的取引
1630年代オランダ・チューリップバブルでオプション取引が登場投機と価格暴落の教訓
1730年大阪・堂島米会所が公認(先物取引の原型)世界初の組織的デリバティブ取引所
1790年頃米国シカゴで株式・商品のオプション取引開始米国オプション市場の黎明期
1934年米国で取引所オプションが禁止(〜1970年代)不正行為への規制強化
1973年CBOE(シカゴ・オプション取引所)設立/ブラック・ショールズ・モデル発表現代オプション市場の幕開け
1989年大阪証券取引所で日経225オプション取引開始日本の本格的オプション市場の誕生
2016年Deribit設立(暗号資産オプション取引所)仮想通貨オプション市場の幕開け
2017年CMEがビットコイン先物取引を開始機関投資家の暗号資産デリバティブ参入
2024年IBIT(BlackRock BTC ETF)オプション上場規制市場での暗号資産オプション普及
2025年CoinbaseがDeribitを約29億ドルで買収規制市場と暗号資産デリバティブの融合

オプション取引の起源|古代ギリシャ〜17世紀

現代のオプション取引は高度な金融商品ですが、その原型は驚くほど古くから存在しています。記録に残る最古のオプション的取引は、紀元前6世紀の古代ギリシャにまで遡ります(※1)。

ターレスのオリーブ搾油機オプション(紀元前6世紀)

古代ギリシャの哲学者ターレス(タレス)は、天文学の知識を活用して翌年のオリーブが豊作になると予測しました。そこで、オリーブの搾油機を「あらかじめ決めた価格で借りる権利」を事前に購入しています(※1)。

翌年オリーブが豊作になると搾油機の需要は急増し、借入料は高騰しました。ターレスは約束どおりの安い価格で搾油機を借り入れ、高くなった市場価格で他者に貸し出すことで大きな利益を得たとされています。この逸話はアリストテレスの『政治学』に記録されており、コール・オプション(買う権利)の原型と見なされています。

ここで重要なのは、ターレスの目的が「投機」ではなく「予測に基づくリスク管理」だった点です。豊作でなければ権利を放棄するだけで損失は限定される一方、的中すれば大きな利益を得られる。この非対称な損益構造は、現代のオプション取引と本質的に同じです。

チューリップバブルとオプション取引(17世紀オランダ)

体系的なオプション取引の初期事例として広く知られるのが、17世紀オランダのチューリップバブルです。1630年代、チューリップの球根価格が異常に高騰し、投機的な先物取引が盛んに行われていました(※2)。

1637年2月、チューリップ販売業者の業界団体は突如としてルールを変更します。1636年11月30日以降に締結された先物契約はすべて「オプション契約」として扱うと告知し、買い手は額面の3.5%を手数料として支払うだけで売買契約を破棄できるようにしました。つまり、先物取引がコール・オプションに事実上転換されたのです(※2)。

この措置はオランダ議会によって事後承認されましたが、結果的にチューリップ市場は暴落し、多くの投資家が損失を被りました。「投機の過熱→ルール変更→暴落」というパターンは、その後の金融危機でも繰り返されており、オプション取引の歴史における重要な教訓となっています。

近代オプション取引の発展|18世紀〜20世紀

この章の内容
  • 堂島米会所:世界初の組織的デリバティブ取引所
  • 米国シカゴ:オプション市場の黎明から規制、そしてCBOE設立へ
  • ブラック・ショールズ・モデル:オプション価格の数理的評価を可能にした革命

堂島米会所と日本の先物取引(1730年)

日本はデリバティブ取引の歴史において、世界的に見ても極めて早い段階から制度化を実現した国です。江戸時代の承応・寛文年間(1652〜1673年)に大阪で米穀取引の市場が形成され、1697年に堂島へ移転しました(※3)。

1730年、8代将軍・徳川吉宗の下で「堂島米会所」が公認されます。ここでは「帳合米取引」と呼ばれる、収穫前の米の売買価格をあらかじめ決める取引が行われていました。これは現在の先物取引の原型であり、堂島米会所は「世界最初の組織化されたデリバティブ取引所」として国際的に認知されています(※3)。

当時のオプション取引に相当する仕組みがあったかどうかは諸説ありますが、少なくとも「将来の価格変動リスクを制度的に管理する」という発想は、18世紀の日本にすでに存在していたのです。

米国シカゴとオプション市場の黎明(1790年代〜1934年)

1790年頃から、米国シカゴでは株式や商品を対象としたオプション取引が行われ始めました。しかし当時は規制が整備されておらず、相場操作や不正行為が横行する状況でした(※1)。

1934年、米国政府は現物・先物市場の混乱を招くとして、取引所における上場オプションを禁止します。この禁止措置は1970年代まで約40年間続きました。オプション取引自体が消滅したわけではなく、店頭(OTC)市場では個別交渉による取引が細々と続いていましたが、標準化された透明性のある市場は長期間失われていたのです。

CBOE設立とブラック・ショールズ・モデル(1973年)

1973年は、オプション取引の歴史における最大の転換点です。この年に2つの画期的な出来事が同時に起きました。

1つ目は、1973年4月26日のCBOE(シカゴ・オプション取引所)設立です。CBOEは世界初のオプション取引を目的とした公認証券取引所であり、16銘柄の個別株式に対するコール・オプションからスタートしました。標準化された契約条件・透明な価格形成・清算機関の介在により、それまで不透明だったオプション取引に信頼性と流動性が生まれました(※1)。

2つ目は、フィッシャー・ブラックとマイロン・ショールズによるブラック・ショールズ・モデルの発表です。後にロバート・マートンも貢献し、ショールズとマートンは1997年にノーベル経済学賞を受賞しています(※4)。このモデルはオプションの「適正な価格」を数理的に算出する枠組みを提供し、マーケットメイカーが大量の取引を合理的にさばくことを可能にしました。

CBOEの設立とブラック・ショールズ・モデルの発表が同じ1973年に重なったことは偶然ではありません。「取引できる場所」と「価格を計算する理論」が同時に揃ったことで、オプション取引は爆発的に普及しました。CBOEの取引量は設立後数年で急増し、1977年にはプット・オプションの上場も開始されています。

日本のオプション取引の歴史

日本における現代的なオプション取引は、1980年代後半のバブル経済期に本格的に始まりました。先物取引の制度整備に続き、短期間でオプション市場も立ち上がっています。

日経225オプション取引の開始(1989年)

1988年9月3日、大阪証券取引所で日経225先物取引が開始されました。その翌年、1989年6月12日には日経225オプション取引が上場し、日本に本格的なオプション市場が誕生します(※5)。同年10月には東京証券取引所でTOPIXオプションも導入されました。

日経225オプション取引は急速に成長し、1991年には取引代金ベースで世界第1位の株価指数オプション市場になっています(※5)。当時の日本経済の規模と、機関投資家のヘッジ需要の大きさが、この急成長を支えました。

JPXへの統合と現在の日本のオプション市場

2013年、東京証券取引所と大阪証券取引所が統合してJPX(日本取引所グループ)が発足しました。デリバティブ取引は大阪取引所に集約され、日経225オプション・TOPIXオプション・個別株オプション・商品先物オプションなどが取引されています(※3)。

現在の日本のオプション市場は、機関投資家だけでなく個人投資家にも開かれています。ネット証券の普及により少額からの参入が可能になり、日経225ミニオプション(2023年導入)など個人向け商品も拡充されています。ただし、取引量の面では米国のCBOEや暗号資産市場のDeribitに大きく後れを取っている状況です。

仮想通貨(暗号資産)オプション取引の歴史と現在

オプション取引の歴史において最も新しく、かつ最も急速に成長しているのが暗号資産(仮想通貨)分野です。伝統的な金融市場が数百年かけて整備してきた仕組みが、わずか数年で暗号資産市場にも導入されています。

Deribitの台頭とCMEの参入(2016年〜)

2016年、オランダでDeribitが設立され、ビットコインオプション取引の提供を開始しました。Deribitは暗号資産オプション市場において圧倒的なシェアを獲得し、2024年には年間取引高が約7,430億ドル(オプションのみ)に達しています(※6)。

一方、規制された伝統的取引所からの参入も進みます。2017年12月、CME(シカゴ・マーカンタイル取引所)がビットコイン先物取引を開始。その後、2020年にはビットコインオプション取引も上場し、機関投資家の暗号資産デリバティブへのアクセスが大きく広がりました(※7)。

IBITオプション・CoinbaseによるDeribit買収(2024〜2025年)

2024年、BlackRockのビットコインETF「IBIT」にオプション取引が上場し、規制された米国市場で暗号資産オプションが本格的に取引可能になりました。2026年4月時点で、IBITオプションの未決済建玉は約276億ドルに達し、Deribitの約269億ドルを上回る規模にまで成長しています(※6)。

さらに2025年8月、CoinbaseがDeribitを約29億ドル(現金7億ドル+Coinbase株式約1,100万株)で買収し、規制された取引所と暗号資産ネイティブのデリバティブ市場が統合される流れが加速しました(※6)。CMEも2026年初頭よりBTC・ETH先物・オプションの24時間365日取引体制への移行を発表しており、伝統金融と暗号資産の境界はますます曖昧になっています。

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取引所設立/開始年特徴2024年取引高(概算)
Deribit2016年暗号資産オプション最大手。2025年Coinbaseが買収約7,430億ドル(オプション)
CME2017年(BTC先物)規制された機関投資家向け市場非公開(先物含む複合)
IBIT Options2024年BlackRock BTC ETFのオプション。規制市場上場初年度(2026年4月OI 約276億ドル)
Bitgetオプション提供あり個人投資家向け。先物・コピートレードと統合非公開

2026年7月時点の暗号資産オプション市場は、「Deribit(Coinbase傘下)+CME+IBITオプション」の三つ巴の構図が形成されつつあります。個人投資家がBitgetなどのCEXでオプション取引に参加するハードルも年々下がっており、市場全体の裾野は急速に広がっています。

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オプション取引の歴史から学べる3つの教訓

歴史が示す3つの教訓
  • オプションの本質は「リスク管理」。ターレスも堂島米商人も、投機ではなくヘッジが出発点
  • 「取引所+理論」が揃うと市場は爆発的に成長する(1973年のCBOE+ブラック・ショールズが好例)
  • 投機の過熱と規制は歴史的に繰り返される。チューリップバブル→米国禁止期→リーマンショック後の規制強化

1つ目は、オプション取引の本質が「投機」ではなく「リスク管理」にあるという事実です。ターレスのオリーブ搾油機オプションは、豊作の予測に基づくリスク限定型の投資でした。堂島米会所の帳合米取引も、米価の変動リスクをヘッジする仕組みとして機能しています。現代の機関投資家がオプションを使う理由も、ポートフォリオの下落リスクを制御するためが主です。

2つ目は、「取引の場」と「価格の理論」が揃ったときに市場が飛躍することです。1973年にCBOEとブラック・ショールズ・モデルが同時に登場したことでオプション市場は爆発的に成長しました。同様に、暗号資産オプションもDeribitという「場」とオンチェーンデータという「分析手段」が揃ったことで急拡大しています。

3つ目は、投機の過熱と規制強化が歴史的に繰り返されるパターンです。チューリップバブル、1934年の米国規制、2008年のリーマンショック後のデリバティブ規制強化、そして暗号資産市場でも2022年のFTX破綻後に規制が厳格化されています。歴史を知ることで、現在の市場環境を冷静に俯瞰できるようになります。

ICHIZEN Capitalの視点|歴史を知ることがオプション分析の精度を上げる

ICHIZEN Capitalでは、オプション分析を「OI(未決済建玉)・GEX(ガンマエクスポージャー)・IV(インプライドボラティリティ)・スキュー・満期構造」を組み合わせた統合的なアプローチで実践しています。この分析手法を使いこなすうえで、オプション取引の歴史的な背景を理解していることは大きなアドバンテージになります。

たとえば、CBOEの設立以降に「マーケットメイカーがヘッジのためにデルタニュートラルを維持する」仕組みが標準化されたことを知っていれば、GEXの符号がプラスのときに相場が安定しやすく、マイナスのときにボラティリティが拡大しやすい理由が直感的にわかります。これは1973年以前のOTC時代には存在しなかった構造です。

木田 陽介

オプションの歴史を学ぶと「なぜこの指標が存在するのか」が腑に落ちます。GEXもIVスキューも、結局はCBOE以降の市場構造が作り出したもの。歴史的経緯を知らずに指標だけ見ても、表面的な判断になりがちです。特に暗号資産オプションは伝統市場の仕組みを急速に取り込んでいるので、両方の文脈を持っておくことが重要です。

暗号資産市場においても歴史は繰り返されつつあります。2025年10月にBTCが史上最高値を更新した直後、オプション市場のOI分布やコールショート圧は下落シナリオを示唆していました。「過去のバブルと同じく、投機の過熱時にオプション市場が先に警告を発する」という歴史的パターンが、暗号資産でも観測されているのです。

ヘッジフローが価格変動を増幅・抑制し得るメカニズムは、CBOEが整備した市場構造に端を発しています。歴史を知ることは、単なる教養ではなく、実践的なオプション分析の精度を高めるための土台です。

オプション取引の実践的な始め方については「オプション取引のスクール・学び方」、24時間取引の仕組みについては「オプション取引の24時間取引」も参考にしてください。また、レバレッジ取引との違いが気になる方は「仮想通貨のレバレッジ取引」で詳しく解説しています。

よくある質問

オプション取引はいつから始まりましたか?

記録に残る最古のオプション的取引は紀元前6世紀、古代ギリシャの哲学者ターレスによるオリーブ搾油機の権利購入です。体系的なオプション取引としては17世紀オランダのチューリップバブル期が初期事例とされています。現代的な取引所オプションは1973年のCBOE設立から始まりました。

オプション取引を考えたのは誰ですか?

最古の記録は古代ギリシャの哲学者ターレスです。現代的なオプション理論を確立したのはフィッシャー・ブラックとマイロン・ショールズで、1973年にブラック・ショールズ・モデルを発表しました。ショールズとロバート・マートンはこの功績で1997年にノーベル経済学賞を受賞しています。

日本のオプション取引はいつ始まりましたか?

1989年6月12日、大阪証券取引所で日経225オプション取引が開始されました。先物取引としてはそれより早く1730年の堂島米会所が世界最初の組織的デリバティブ取引所として知られています。

ブラック・ショールズ・モデルとは何ですか?

1973年にフィッシャー・ブラックとマイロン・ショールズが発表した、オプションの「適正な理論価格」を数学的に算出するためのモデルです。原資産価格・行使価格・満期までの期間・ボラティリティ・金利を変数として、コール・プットの理論値を計算できます。現代のオプション市場の基盤となっています。

CBOE(シカゴ・オプション取引所)とは何ですか?

1973年4月に設立された、世界初のオプション取引を目的とした公認証券取引所です。16銘柄のコール・オプションからスタートし、現在では株式・指数・ETFなど多様なオプション商品を扱う世界最大級のオプション取引所に成長しています。VIX(恐怖指数)の算出元としても知られています。

チューリップバブルとオプション取引はどう関係していますか?

1637年のオランダ・チューリップバブルでは、球根の先物取引が盛んに行われていました。バブル崩壊直前、業界団体が「先物契約をオプション契約に変更し、買い手は額面の3.5%で契約を破棄できる」と宣言。つまり先物がコール・オプションに事実上転換された歴史的事件であり、体系的なオプション取引の初期事例とされています。

仮想通貨のオプション取引はいつから始まりましたか?

2016年にDeribitがビットコインオプション取引の提供を開始したのが本格的な始まりです。2017年にはCMEがビットコイン先物を上場、2020年にBTCオプションも追加しました。2024年にはBlackRockのBTC ETF「IBIT」のオプションが上場し、規制市場での取引が急拡大しています。

オプション取引と先物取引の違いは何ですか?

最大の違いは「義務」か「権利」かです。先物取引は満期時に売買する義務がありますが、オプション取引は売買する「権利」を持つだけで、行使するかどうかは買い手が選べます。オプションの買い手は損失がプレミアム(購入費用)に限定される一方、先物は損失が無限に膨らむ可能性があります。

堂島米会所はオプション取引と関係がありますか?

堂島米会所(1730年公認)は、世界最初の組織的な先物取引所として広く知られています。帳合米取引は先物取引の原型であり、直接的なオプション取引があったかは諸説ありますが、「将来の価格変動リスクを制度的に管理する」というデリバティブの本質的な発想は当時の日本にすでに存在していました。

まとめ|オプション取引の歴史は「リスク管理の進化史」

オプション取引の歴史を振り返ると、その本質は一貫して「不確実な未来に対してリスクを限定しながら利益を追求する仕組み」にあることがわかります。紀元前6世紀のターレスから、17世紀オランダのチューリップバブル、1973年のCBOE設立とブラック・ショールズ・モデル、1989年の日経225オプション、そして2016年以降の暗号資産オプションまで、対象資産は変わっても「権利の売買」という核は変わっていません。

現在、暗号資産オプション市場はDeribit(Coinbase傘下)・CME・IBITオプションの三つ巴となり、2025年にはDeribitの年間取引高が約1.9兆ドルに達するなど、かつてないスピードで成長しています。歴史的に見ると、市場が急拡大する局面ではリスク管理の重要性もまた高まります。オプション取引の歴史を知ることは、目の前の相場を冷静に読むための最良の武器の一つです。

参考文献

1. シグマインベストメントスクール「オプション取引の歴史」https://www.sigmabase.co.jp/correspondence/sample/O3.pdf
2. Wikipedia「チューリップ・バブル」https://ja.wikipedia.org/wiki/チューリップ・バブル
3. 日本取引所グループ(JPX)「商品の歴史」https://www.jpx.co.jp/derivatives/related/history/index.html
4. Wikipedia「ブラック–ショールズ方程式」https://ja.wikipedia.org/wiki/ブラック–ショールズ方程式
5. Wikipedia「日経225オプション取引」https://ja.wikipedia.org/wiki/日経225オプション取引
6. CoinLaw「Options Market in Crypto Statistics 2026」https://coinlaw.io/options-market-in-crypto-statistics/
7. CME Group「Bitcoin」https://www.cmegroup.com/ja/right-navs/ja-bitcoin.html

※本記事は2026年7月時点の情報に基づく一般的な情報提供を目的としており、特定の暗号資産(仮想通貨)への投資を勧誘するものではありません。オプション取引にはリスクが伴い、損失がプレミアムに限定されるのは買い手のみで、売り手は無限の損失を被る可能性があります。最終的な投資判断はご自身の責任で行ってください。

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