位置: 第6部 第62回 / 前提: 第61回(伊藤の公式)/ 数学編: M25 / この回でできるようになること: 平均回帰する過程の長期の平均と分散を計算し、元の水準に戻るまでの時間の目安を出すことができる
目次
0. 物語 ― 平均回帰でも必ず戻るとは限らない
前回、確率微分方程式を伊藤の公式で解く方法を学びました。この結果は、「引き戻す力を持つ動き」にも使えます。ここでは、引き戻す力がある動きに潜む落とし穴を、別の角度から見てみます。
金利はある水準の周りを行ったり来たりします。高くなりすぎれば下がる力が働き、低くなりすぎれば上がる力が働きます。この動きを「平均回帰」と呼びます。平均回帰するのだから、十分に待てば、金利はもとの水準にぴったり落ち着くのではないか ― そう考えたくなります。
ところが、実際には違います。たとえば長期水準を5%、初期値を10%とした数値実験を行うと、時間が経つにつれて期待値は5%に近づいていきます。ここまでは直観どおりです。しかし、どれだけ長く待っても、5%から2%以上離れている確率は約18%のまま残り続けます。時刻が0.5のときに約46%だった「離れている確率」は、時刻2あたりで約18%に下がりますが、そこから先はいくら待っても変わりません。
なぜでしょうか。引き戻す力は確かに働いています。しかし、同時に揺らす力も働き続けています。引き戻す力が強くなるほど揺らぎの幅は狭まりますが、揺らぎそのものは消えません。2つの力が釣り合ったところで、過程はある分布に落ち着きます。これが「定常分布」です。定常分布に達した後も、値は揺れ動き続けます。
この回では、引き戻す力と揺らす力を同時に持つ確率微分方程式を閉じた形で解き、長期的にどんな分布に落ち着くかを正確に求めます。
1. 動機 ― 引き戻される動きをどう書くか
この回を読み終えると、平均回帰する過程の長期の平均と分散を計算し、元の水準に戻るまでの時間の目安を出すことができます。
幾何ブラウン運動は株価のモデルとして使えますが、金利や商品価格のように「ある水準の周りを行ったり来たりする」動きには向いていません。上がりっぱなし、下がりっぱなしになりうるからです。
現実の金利を見ると、高くなれば下がる力が働き、低くなれば上がる力が働きます。長い目で見ると、ある水準の周りを漂っているように見えます。この「引き戻される動き」を数式で表現したものがオルンシュタイン・ウーレンベック過程(以下 OU 過程)です。
今回は OU 過程の確率微分方程式を解き、期待値と分散が時間とともにどう振る舞うかを完全に求めます。そして時間を十分に待つと、過程がある正規分布に落ち着くことを示します。
この記事で証明すること
- THM-OU-1 積分因子を掛けると、OU 過程の解が閉じた形で書けます。解は初期値の減衰項と、過去の雑音を指数で重み付けした積分の和になります。
- THM-OU-2 時間を無限大に送ると、期待値は長期水準 θ に収束し、分散は σ2/(2κ) に収束します。
- THM-OU-3 初期値を定常分布から取ると、過程はすべての時点で同じ正規分布に従います。
2. 設定と仮定 ― 戻る力と揺らす力
OU 過程の確率微分方程式を書き出します。以下の仮定を全て置きます。
- 平均回帰速度 κ>0 は正の定数です。
- 長期水準 θ と拡散係数 σ>0 は定数です。
- 初期値 X0 は定数、または定常分布から取ります。後者の場合、X0 はブラウン運動 W と独立とします。
- 数値実験では乱数のシードを固定します。
OU 過程 Xt は次の確率微分方程式に従います。
dXt=κ(θ−Xt)dt+σdWt(1.1)
ドリフト項 κ(θ−Xt) が引き戻す力です。Xt>θ なら θ−Xt<0 なのでドリフトは負、つまり下がる方向に力が働きます。Xt<θ なら逆に上がります。κ が大きいほど引き戻す力は強くなります。
拡散項 σdWt は雑音です。引き戻す力と揺らす力が同時に働く ― これが OU 過程の本質です。
3. 主張 ― 解は閉じた形で書ける
定理 THM-OU-1(解の形)
確率微分方程式 (1.1) の解は
Xt=θ+(X0−θ)e−κt+σ∫0te−κ(t−s)dWs(2.1)である。第1項と第2項は初期値の影響が指数的に減衰する項、第3項は過去の雑音を指数で重み付けした確率積分である。
定理 THM-OU-2(平均と分散の収束)
X0 を定数とする。Xt の期待値と分散は
E[Xt]Var(Xt)=θ+(X0−θ)e−κt=2κσ2(1−e−2κt)(2.2)である。t→∞ のとき、E[Xt]→θ、Var(Xt)→σ2/(2κ) である。
定理 THM-OU-3(定常分布)
X0∼N(θ,σ2/(2κ)) で、X0 は W と独立とする。このとき任意の t≥0 に対して
である。すなわち、初期値を定常分布から取ると、過程はすべての時点で同じ正規分布に従う。
証明を読む(読まなくても記事は完結します)
4. 証明 ― 積分因子を掛けて解く
この節は読まなくても記事は完結します。
この証明を追いたい人は、数学編 第25回「常微分方程式」へ。
THM-OU-1 の証明
(1.1) を標準的な形に書き直します。
dXt+κXtdt=κθdt+σdWt(3.1)
常微分方程式で eκt を積分因子に使うのと同じ発想で、Yt=eκtXt と置きます。伊藤の公式(第59回)を f(t,x)=eκtx に適用します。f は x について1次なので、∂2f/∂x2=0 です。したがって
dYt=∂t∂fdt+∂x∂fdXt=κeκtXtdt+eκtdXt(3.2)
となります。ここに (1.1) を代入します。
dYt=κeκtXtdt+eκt[κ(θ−Xt)dt+σdWt]=κeκtXtdt+κθeκtdt−κeκtXtdt+σeκtdWt=κθeκtdt+σeκtdWt(3.3)
Xt を含む項が相殺されました。これが積分因子の狙いです。(3.3) を 0 から t まで積分すると
Yt−Y0=κθ∫0teκsds+σ∫0teκsdWs(3.4)
Y0=e0⋅X0=X0 です。第1項の通常の積分を計算します。
κθ∫0teκsds=κθ⋅κeκt−1=θ(eκt−1)(3.5)(3.4)
eκtXt=X0+θ(eκt−1)+σ∫0teκsdWs
両辺を eκt で割ります。初期値の寄与と長期水準の寄与を分離するためです。
Xt=X0e−κt+θ(1−e−κt)+σ∫0te−κ(t−s)dWs=θ+(X0−θ)e−κt+σ∫0te−κ(t−s)dWs
これが (2.1) です。 ∎
THM-OU-2 の証明
(2.1) の期待値を取ります。確率積分 ∫0te−κ(t−s)dWs の期待値は 0 です。これは伊藤積分の基本的な性質で、被積分関数 e−κ(t−s) が確定的な関数であるため成り立ちます。したがって
E[Xt]=θ+(X0−θ)e−κt(3.6)
κ>0 なので e−κt→0(t→∞)。よって E[Xt]→θ です。
次に分散を求めます。Xt−E[Xt]=σ∫0te−κ(t−s)dWs なので
Var(Xt)=E[(σ∫0te−κ(t−s)dWs)2]
伊藤の等長性(第58回)を使います。被積分関数 g(s)=σe−κ(t−s) は確定的なので
Var(Xt)=σ2∫0te−2κ(t−s)ds(3.7)
u=t−s と置換すると du=−ds で、積分区間は 0 から t になります。
σ2∫0te−2κudu=σ2[2κ−1e−2κu]0t=2κσ2(1−e−2κt)
t→∞ のとき e−2κt→0 なので、Var(Xt)→σ2/(2κ) です。 ∎
THM-OU-3 の証明
X0∼N(θ,σ2/(2κ)) とします。(2.1) より、Xt は X0 と確率積分の線形結合です。確率積分は被積分関数が確定的なので正規分布に従い、X0 と独立なので、その和も正規分布に従います。期待値を計算します。E[X0]=θ なので
E[Xt]=θ+(E[X0]−θ)e−κt=θ+0=θ(3.8)
分散を計算します。X0 と Wt は独立なので、(2.1) の第2項と第3項の分散を加えられます。
Var(Xt)=e−2κtVar(X0)+2κσ2(1−e−2κt)=2κσ2e−2κt+2κσ2(1−e−2κt)=2κσ2(e−2κt+1−e−2κt)=2κσ2(3.9)
e−2κt を含む項が完全に相殺されました。よって任意の t≥0 で Xt∼N(θ,σ2/(2κ)) です。分布が時刻に依存しないので、これを定常分布と呼びます。 ∎
5. 反例 ― 戻るといっても止まるわけではない
CEX-OU-1: 平均回帰なら必ず長期水準に戻る、という理解
「平均回帰するなら、最終的には θ ぴったりに落ち着くのだろう」と思いがちです。しかし実際には、任意の時点で θ から離れている確率は 0 にはなりません。
κ=2, θ=0.05, σ=0.03, X0=0.10 として、∣Xt−θ∣>0.02 となる確率を見ます。
| t | P(∣Xt−θ∣>0.02) |
|—|—|
| 0.5 | 0.457122 |
| 1.0 | 0.222473 |
| 2.0 | 0.183164 |
| 5.0 | 0.182422 |
t=5 と t=2 でほとんど同じ値に落ち着いています。定常分布に到達した後も、θ から 0.02 以上離れている確率は約 0.1824 あります。戻る力と揺らす力が釣り合った結果であり、揺れは消えません。
CEX-OU-2: 平均回帰速度が大きいほど安定、という理解の雑さ
κ を大きくすれば定常分散 σ2/(2κ) は下がります。しかし「安定」とは限りません。
| κ |
定常分散 |
自己相関 (h=0.1) |
| 0.5 |
0.000900 |
0.951229 |
| 1.0 |
0.000450 |
0.904837 |
| 2.0 |
0.000225 |
0.818731 |
| 5.0 |
0.000090 |
0.606531 |
| 10.0 |
0.000045 |
0.367879 |
自己相関 e−κh は κ が大きいほど小さくなります。これは、値が過去の水準をすぐに忘れ、定常分布の中を短い時間で行き来することを意味します。κ=10 では 0.1 単位時間後の相関がわずか 0.37 しかありません。定常分散は小さくても、値の入れ替わりは速くなります。ただし、短い時間の変動の絶対的な大きさが増えるわけではありません。時間幅 0.01 の条件付き標準偏差は κ=0.5 で 0.00299、κ=10 で 0.00286 で、ほぼ σ だけで決まります。「安定」の意味を明確にしないと誤解を生みます。
CEX-OU-3: 金利モデルとしてそのまま使える、という理解
OU 過程は正規分布に従うため、負の値を取りえます。κ=2, θ=0.05, σ=0.03 のとき、定常分布は N(0.05,0.0152) です。
P(Xt<0)=N(0.0150−0.05)=N(−3.33)≈0.0004
確率は小さいですが 0 ではありません。シミュレーション(100パス)でも実際に −0.003781 まで下がったパスが見つかりました。金利が負になることは理論的に問題があります(マイナス金利の時代に現実味を持ちましたが、モデルの設計意図としては想定外です)。この弱点を修正するモデルは第90回で扱います。
6. 数値例 ― 定常分布への近づき方を追う
κ=2, θ=0.05, σ=0.03, 初期値 X0=0.10 で計算します。定常分布は N(0.05,0.000225)(標準偏差 0.015)です。
期待値と分散の時間変化:
| t |
E[Xt] |
Var(Xt) |
Var(Xt) |
| 0 |
0.1000 |
0 |
0 |
| 0.1 |
0.0909 |
0.0000742 |
0.00861 |
| 0.5 |
0.0684 |
0.0001946 |
0.01395 |
| 1.0 |
0.0568 |
0.0002209 |
0.01486 |
| 2.0 |
0.0509 |
0.0002249 |
0.01500 |
| 5.0 |
0.0500 |
0.0002250 |
0.01500 |
| 10.0 |
0.0500 |
0.0002250 |
0.01500 |
期待値は 0.10 から 0.05 に向かって指数的に減衰します。分散は 0 から始まって 0.000225 に向かって増加します。t=5 の時点で、どちらも定常値とほぼ一致しています。
定常分布の平均と分散:
E[X∞]Var(X∞)=θ=0.05=2κσ2=40.032=0.000225
t=10 での数値 E[X10]=0.05, Var(X10)=0.000225 と完全に一致します。
平均回帰速度を変えたときの定常分散:
| κ |
σ2/(2κ) |
| 0.5 |
0.000900 |
| 1.0 |
0.000450 |
| 2.0 |
0.000225 |
| 5.0 |
0.000090 |
| 10.0 |
0.000045 |
κ が2倍になると定常分散は半分になります。引き戻す力が強いほど、揺らぎの幅は狭くなります。
初期値を長期水準から離したときの戻り方:
初期値 X0=0.10 は長期水準 0.05 から 0.05 だけ離れています。t=1 で期待値は 0.0568 まで下がり、差は 0.0068 に縮まっています。e−κ⋅1=e−2≈0.135 なので、元の差 0.05 の約 13.5% しか残っていません。
負の値を取る確率は、t=1 で 0.0067%、定常分布では 0.0429% です。小さいですが 0 ではありません。
7. 次回へ ― 資産が複数あるとき
OU 過程は1つの資産(あるいは1つの金利)の動きを記述しました。現実には複数の資産が同時に動き、互いに相関を持ちます。
次回(第63回)では、多次元の伊藤の補題を扱います。2つ以上のブラウン運動が同時に動くとき、確率微分方程式の計算がどう変わるかを見ます。
次のマイルストーンまであと 15 本です。
よくある質問
平均回帰とは何ですか
離れると戻る力が働く動きです。金利や商品価格のモデルとして使われます。
必ず長期水準に戻りますか
戻る力は働きますが、同時に揺らされ続けます。釣り合った分布に落ち着きます。
金利のモデルに使えますか
使われてきましたが、負の値を取りうるという弱点があります。第90回で改良版を扱います。
参考文献
- Vasicek O.、An Equilibrium Characterization of the Term Structure、Journal of Financial Economics、1977年、DOI 10.1016/0304-405X(77)90016-2
- Øksendal B.、Stochastic Differential Equations、第6版、Springer、2003年
数値例は compute.py により計算済み(numpy、seed=42)。本文中の小数は4桁で丸めている。