位置: 数学編 第25回 / 前提: M1, M4 / 数学編: なし / この回でできるようになること: 1階線形常微分方程式を積分因子で解き、長期の挙動を求めることができる
目次
0. 物語 ― 係数の符号で長期の挙動が変わる
ここまでの数学編で、極限、微分、積分と道具を揃えてきました。第1回では「限りなく近づく」という考え方を手に入れ、自然対数の底が生まれる仕組みを確かめました。第4回では連鎖律を徹底的に練習し、合成関数の微分が自在にできるようになりました。どちらも「関数が手元にあって、その性質を調べる」という方向の話でした。
ところが金融の現場では、話の順番が逆になることがあります。関数そのものは分からないけれど、「この量の変化の速さは、今の値と長期水準との差に比例する」という法則だけが先に分かっている。法則から関数を逆に求めなければなりません。
たとえば、ある量が長期水準との差に比例して戻る法則に従っているとします。戻る力の強さを表す係数を正に取ると、始まりが0でも、時刻10のときにはほぼ2という水準に落ち着きます。離れるほど強く引き戻されるので、出発点がどこであっても同じ場所に収束します。
ところが、この係数の符号をひっくり返すだけで景色は一変します。同じく始まりを0にしても、時刻1で約1.3、時刻5で約22、時刻10では約295まで膨れ上がります。離れるほど加速する力に変わったため、落ち着く先はなく、値は際限なく大きくなります。
金利が長期水準に戻るモデルでは、この係数が正であることが本質的な前提です。符号が正か負かという、たった一つの違いが「安定」と「発散」を分けます。この回では、変化の法則から関数を求める手順を導き、なぜ符号ひとつで長期の振る舞いがまるで変わるのかを証明します。
1. 動機 ― 変化の法則から関数を決める
この回を読み終えると、1階線形常微分方程式を積分因子で解き、長期の挙動を求めることができます。
「y の変化率は y 自身に比例する」――金利の複利計算をはじめ、金融では変化の法則が先に与えられ、そこから未知関数を求める場面が繰り返し現れます。この「変化の法則」を数式にしたものが常微分方程式(ODE)です。
最も基本的なクラスが1階線形と呼ばれる方程式で、掛け算の工夫ひとつで解の公式が得られます。この記事では、その工夫――積分因子――を導き、解の一意性と長期挙動を証明します。平均回帰する金利モデル(本編第62回、第89回)の数学的な土台です。なお、この枠組みを確率的に拡張したものが確率微分方程式です(本編第61回で扱います)。
この記事で証明すること
- THM-M25-1 1階線形常微分方程式に積分因子を掛けると、左辺が積の微分になり、解が積分で書けます。
- THM-M25-2 係数が連続なら、初期値を1つ決めると解はただ1つに定まります。
- THM-M25-3 a が正の定数で b が定数のとき、解は初期値によらず b/a に指数的に近づきます。
2. 設定と仮定 ― 1階線形の方程式
未知関数 y(t) に対し、次の形の方程式を1階線形常微分方程式と呼びます。
ここで a(t), b(t) は与えられた連続関数で、y′(t)=dtdy です。「1階」は微分が1回、「線形」は y と y′ が1次で現れることを意味します。
b(t)=0 のとき同次方程式、b(t)=0 のとき非同次方程式と呼びます。初期条件 y(t0)=y0 を一つ付けた問題を初期値問題と言います。
この記事では、係数 a(t), b(t) は考える区間上で連続であると仮定します。
3. 主張 ― 積分因子で解が書ける
定理 THM-M25-1(積分因子による解法)
a(t), b(t) が区間 I 上で連続であるとする。A(t)=∫t0ta(s)ds とおくと、初期値問題
y′(t)+a(t)y(t)=b(t),y(t0)=y0の解は
y(t)=e−A(t)(y0+∫t0tb(s)eA(s)ds)で与えられる。
定理 THM-M25-2(解の一意性)
a(t), b(t) が区間 I 上で連続であるとする。初期値 y(t0)=y0 を1つ決めると、(2.1) の解はただ1つに定まる。
定理 THM-M25-3(定係数の場合の長期挙動)
a>0 が定数、b が定数のとき、初期値問題 y′+ay=b, y(0)=y0 の解は
であり、t→∞ で y(t)→b/a が成り立つ。収束は指数的であり、初期値 y0 に依存しない。
証明を読む(読まなくても記事は完結します)
4. 証明 ― 左辺を積の微分にまとめる
この節は読まなくても記事は完結します。
この証明を追いたい人は、数学編 第1回「極限と e」、数学編 第4回「連鎖律を徹底的に」へ。
THM-M25-1 の証明
方程式 y′+a(t)y=b(t) の両辺に、関数 μ(t)=eA(t) を掛けます。ここで A(t)=∫t0ta(s)ds です。この μ(t) を積分因子と呼びます。
掛けた結果は
eA(t)y′(t)+a(t)eA(t)y(t)=b(t)eA(t)(4.1)
です。なぜこの関数を掛けるのかというと、左辺が積の微分になるからです。実際、積の微分の公式から
dtd[eA(t)y(t)]=A′(t)eA(t)y(t)+eA(t)y′(t)
が成り立ちます。A(t) の定義から A′(t)=a(t) なので、右辺は a(t)eA(t)y(t)+eA(t)y′(t) となり、(4.1) の左辺と一致します。したがって (4.1) は
dtd[eA(t)y(t)]=b(t)eA(t)(4.2)
と書き直せます。左辺が t の微分になったので、両辺を t0 から t まで積分します。微分積分学の基本定理から
eA(t)y(t)−eA(t0)y(t0)=∫t0tb(s)eA(s)ds
が得られます。A(t0)=0 なので eA(t0)=1 です。また初期条件 y(t0)=y0 を代入すると
eA(t)y(t)=y0+∫t0tb(s)eA(s)ds
となります。両辺に e−A(t) を掛けて y(t) を左辺に取り出すと
y(t)=e−A(t)(y0+∫t0tb(s)eA(s)ds)(4.3)
が得られます。(4.3) が確かに (2.1) と初期条件を満たすことは、代入して確認できます。 ∎
THM-M25-2 の証明
y1(t), y2(t) がともに (2.1) の解で、同じ初期値 y1(t0)=y2(t0)=y0 を満たすとします。差 w(t)=y1(t)−y2(t) を取ると、(2.1) の線形性から
w′(t)+a(t)w(t)=0,w(t0)=0
が成り立ちます。これは同次方程式なので、THM-M25-1 で b(t)=0 とした特別な場合です。(4.3) に代入すると
となります。つまり全ての t で y1(t)=y2(t) です。
別の見方でも確認します。関数 ϕ(t)=w(t)2e2A(t) を考えます。これを微分すると
ϕ′(t)=2w(t)w′(t)e2A(t)+2a(t)w(t)2e2A(t)=2w(t)e2A(t)(w′(t)+a(t)w(t))
です。w が同次方程式を満たすので、括弧の中は 0 です。したがって ϕ′(t)=0 が全ての t で成り立ちます。ϕ(t0)=02⋅1=0 なので、ϕ(t)=0 が全ての t で成り立ちます。e2A(t)>0 ですから、w(t)=0 が全ての t で成り立ちます。 ∎
THM-M25-3 の証明
a>0 が定数、b が定数の場合、THM-M25-1 の公式で A(t)=at, t0=0 とすると
y(t)=e−at(y0+∫0tbeasds)=e−at(y0+ab(eat−1))=y0e−at+ab(1−e−at)(4.4)
です。積分を実行するために ∫0teasds=aeat−1 を使いました。(4.4) を整理すると
y(t)=ab+(y0−ab)e−at(4.5)
が得られます。a>0 なので e−at→0(t→∞)です。したがって
が成り立ちます。初期値からのずれ ∣y(t)−b/a∣=∣y0−b/a∣e−at は指数的に 0 に近づきます。この極限値 b/a は y0 に依存しません。 ∎
5. 反例 ― 係数が悪いと解が複数ある
CEX-M25-1: リプシッツ条件を満たさない方程式
THM-M25-2 は係数が連続な1階線形方程式に対する定理でした。非線形の場合、連続性だけでは一意性が保証されません。方程式
を考えます。右辺の f(y)=∣y∣ は y=0 の近くでリプシッツ条件を満たしません(微分が発散します)。
解1: y(t)=0(全ての t)。代入すると y′=0=0 で成立します。
解2: y(t)=t2/4(t≥0)。代入すると y′=t/2 であり、∣y∣=t2/4=t/2 なので成立します。
t=0 で y(0)=0 はどちらも満たしますが、t=1 では解1は 0、解2は 0.25 と異なります。t=2 では解1は 0、解2は 1.0 です。同じ初期値から複数の解が出ており、一意性が崩れています。
1階線形方程式では右辺が y について1次なのでリプシッツ条件が自動的に満たされます。THM-M25-2 の一意性はこの構造に支えられています。
CEX-M25-2: a が負のとき解が発散する
THM-M25-3 は a>0 を仮定しました。a=−0.5, b=1, y(0)=0 として a を負にすると、(4.5) から
y(t)=−2(1−e0.5t)=2(e0.5t−1)
となります。t=1 で y≈1.2974、t=5 で y≈22.3650、t=10 で y≈294.8263 です。e0.5t が指数的に増大するため、長期水準に収束するどころか発散します。a>0 が「離れるほど戻る力」を表しており、a<0 では逆に「離れるほど加速する力」になるためです。
CEX-M25-3: オイラー法の刻みが大きすぎると不安定になる
本来 b/a=2 に収束する方程式 y′+0.5y=1 を、コンピュータで近似的に解くことを考えます。最も単純な方法であるオイラー法は
yn+1=yn+h(b−ayn)=(1−ha)yn+hb
と更新します。安定に計算できる条件は ∣1−ha∣<1、すなわち h<2/a=4.0 です。
刻み h=0.5 では安定で、t=10 での値は 1.9937 です。厳密解 1.9865 との誤差は 0.0071 程度に収まります。
ところが h=5.0 とすると ∣1−5×0.5∣=1.5>1 となり、安定条件が破れます。実際に計算すると t=0,5,10,15,20 での値は 0, 5.0, −2.5, 8.75, −8.125 と、本来減衰するはずの解が符号を交互に変えながら発散します。刻み幅の選択を誤ると、物理的に正しい減衰を数値計算が再現できなくなります。
6. 数値例 ― 長期水準への近づき方を見る
y′+0.5y=1, y(0)=0 を解きます。THM-M25-1 の公式から a=0.5, b=1 なので
です。THM-M25-3 より長期水準は b/a=2.0 です。
| t |
y(t) |
∣y(t)−2∣ |
| 1 |
0.7869 |
1.2131 |
| 5 |
1.8358 |
0.1642 |
| 10 |
1.9865 |
0.0135 |
t=1 では長期水準の半分にも達していませんが、t=10 では差がわずか 0.0135 です。偏差は 2e−0.5t で減少するので、t が 2/0.5=4 増えるたびにおよそ e−2≈0.135 倍になります。
オイラー法(h=0.5)で数値的に追うと、t=1 で 0.875(誤差 0.0881)、t=10 で 1.9937(誤差 0.0071)です。刻みを小さくすれば誤差は縮まりますが、安定限界 h=4.0 を超えると計算が破綻します。
金融では、a が平均回帰の速度、b/a が長期水準に対応します。この構造が本編第62回(金利モデル)で再び現れます。
7. 次回へ ― 偏微分方程式入門
今回の方程式は、未知関数が1変数の関数 y(t) でした。次回 M26 では、未知関数が2変数以上になったとき――すなわち偏微分方程式の世界に入ります。最初の例として熱方程式を取り上げます。
よくある質問
積分因子とは何ですか
方程式に掛けると左辺がきれいな積の微分になる関数です。
なぜ長期水準に近づくのですか
離れるほど戻る力が大きくなるからです。平均回帰の数学的な正体です。
金融でどこに出てきますか
平均回帰する金利モデルの期待値の計算に出てきます。
参考文献
- Boyce W. E. and DiPrima R. C.、Elementary Differential Equations and Boundary Value Problems、第11版、Wiley、2017年
- 笠原晧司、微分方程式の基礎、朝倉書店、1982年