第10回 最終利回りとは結局何なのか ― 価格から逆算される一つの数の正体

第10回 最終利回りとは結局何なのか ― 価格から逆算される一つの数の正体

位置: 第2部 第10回 / 前提: 第9回 / 数学編: なし / この回でできるようになること: 債券の最終利回りを価格から逆算し、その数字どおりには稼げない場合を説明できる

目次

0. 物語 ― 最終利回りどおりに稼げない

額面100円、年5円のクーポンが付いた残り5年の債券が96円で売られていたら、利回りは何パーセントになるでしょうか。計算すると約5.95パーセントです。では、この債券を96円で買った人は、5年後に本当に年5.95パーセントずつ増えた分だけ受け取れるのでしょうか。

答えは「条件つき」です。毎年届く5円のクーポンを、届いたその日から満期まで、やはり年5.95パーセントで運用し続けられたときだけ、5年後の受取総額は約128円になります。96円を年5.95パーセントで5年間複利運用した金額とぴったり一致するのは、このときだけです。

では、届いたクーポンを2パーセントでしか運用できなかったらどうなるか。受取総額は約126円に下がり、96円に対する年率の実績リターンは約5.59パーセントにしかなりません。利回り5.95パーセントとの差は約0.36ポイントです。

利回りという数字は「すべてのクーポンを同じ利率で再運用できる」という前提を暗黙に含んでいます。前提が崩れれば、数字どおりには稼げません。5年の間に市場金利が動けばクーポンの再運用利率も変わりますから、この前提が現実に成り立つことはまずありません。

それでも利回りが広く使われるのは、条件の異なる債券を1つの数字で並べて比べるのに便利だからです。この回では、価格から利回りを逆算する方程式にちょうど1つの解が存在する条件を証明し、そのうえで「1つの数字に潰す」ことで何が見えなくなるかを確認します。

1. 動機 ― 利回り5パーセントと言われたら何がわかるのか

この回を読み終えると、債券の最終利回りを価格から逆算し、その数字どおりには稼げない場合を説明できます。

最終利回り(yield to maturity, YTM)とは、債券の将来キャッシュフローを1つの割引率で割り引いたとき、ちょうど市場価格に一致する、その割引率のことです。「この債券を今の価格で買い、すべてのキャッシュフローを満期まで同じ利率で運用できたら達成される年率リターン」とも言えますが、この「同じ利率で運用できたら」が曲者で、現実にはほぼ成り立ちません。

今回はこの数がどこから来るのかを正確に定義し、存在と一意性を証明し、そのうえで「何が言えて何が言えないか」を数値で確認します。

この記事で証明すること

  • THM-YTM-1 キャッシュフローがすべて非負で少なくとも1つが正のとき、価格を与える最終利回りは の範囲にただ1つ存在します。
  • THM-YTM-2 最終利回りで測った運用成果が実現するのは、途中のクーポンをすべて同じ利回りで再投資できた場合に限ります。
  • THM-YTM-3 各期のスポットレートが異なるとき、最終利回りはそれらのキャッシュフロー加重に近い平均になり、一般にはどのスポットレートとも一致しません。

2. 設定と仮定 ― 価格から利回りを逆算する問題

第9回で、債券の価格はキャッシュフローの現在価値の和であることを見ました。今回はその逆、価格が与えられたとき、割引率を逆算する問題を考えます。仮定を全部書き出します。

  • キャッシュフローは確定していて、支払時点も確定している。
  • すべてのキャッシュフローが非負で、少なくとも1つが正。
  • 価格は正で、経過利子を含む。
  • 複利は年1回。最終利回りは年率で表す。
  • 信用リスクと途中償還は無い。

時点 にキャッシュフロー が支払われる債券を考えます。ここでは簡単のため (年1回払い)とします。最終利回り とは、次の等式を満たす値です。

ここで は債券の市場価格、 で少なくとも1つの です。

右辺を と書きます。

は で定義された関数です。問題は「 を満たす が存在するか、あるとすれば一つだけか」です。

この節のまとめ: 最終利回りとは、すべてのキャッシュフローを1つの利率で割り引いて価格に一致させる、その利率のことです。

3. 主張 ― 解はただ一つ、ただし条件つき

定理 THM-YTM-1(存在と一意性) キャッシュフロー がすべて非負で少なくとも1つが正、かつ価格 のとき、等式

を満たす がただ一つ存在する。

定理 THM-YTM-2(再投資の前提) 額面 、クーポン 、残存 年の債券を価格 で購入したとする。満期までに受け取るすべてのクーポンを年率 (最終利回り)で再投資できたとき、かつそのときに限り、投資額 に対する年率の実現リターンは に等しい。再投資利率が と異なれば、実現リターンも と異なる。

定理 THM-YTM-3(スポットレートの加重平均としての性格) 各期のスポットレートが であるとき、債券の正しい価格は

で与えられる。この から逆算した最終利回り は、一般にどの とも一致しない。 はスポットレートのキャッシュフロー加重に近い平均である。

この節のまとめ: 最終利回りの存在と一意性は、キャッシュフローがすべて非負であることに本質的に依存しています。

証明を読む(読まなくても記事は完結します)

4. 証明 ― 単調性から一意性を出す

この節は読まなくても記事は完結します。

THM-YTM-1 の証明

の性質を3つ確認します。

性質1: は で連続。

は で定義された有理関数の和です。各項 は で連続ですから、有限和である も連続です。

性質2: は狭義単調減少。

を で微分します。各項 を について微分すると

を得ます。仮定より であり、少なくとも1つの が存在します。 では ですから、正の に対応する項は負です。残りの項は ならゼロです。したがって

が成り立ちます。導関数が常に負なので、 は で狭義単調減少です。

性質3: の値域は 全体を覆う。

のとき、 ですから です。正の が存在するので です。

のとき、 ですから です。

連続関数 は 上で のすべての値を取ります。これは中間値の定理から従います。

存在と一意性の結論。

は の値域 に含まれます。中間値の定理から を満たす が少なくとも1つ存在します。 が狭義単調減少なので、もし なら です。 となることはありません。よって解はただ1つです。 ∎

この証明のポイントは、 を保証するのが「すべての が非負」という条件であることです。もし負のキャッシュフローがあれば、一部の項で符号が反転し、 となる が生じえます。すると は単調ではなくなり、 の解が複数現れる余地が生まれます。反例 CEX-YTM-1 で実際に見ます。

THM-YTM-2 の証明

債券を価格 で購入し、時点 ()に受け取るクーポン を年率 で満期まで再投資するとします。時点 に受け取る最終キャッシュフロー はそのまま受け取ります。満期時点 での累積額は

です。各クーポンを残りの年数だけ で複利運用するからです。

投資額 に対する実現リターン(年率) は

を満たす値です。つまり

です。

(最終利回りで再投資)のとき。

最終利回りの定義 (1.1) の両辺に を掛けます。割引を外すためです。

右辺は、各キャッシュフロー を で残りの 年間再投資したときの満期価値の和です。これはまさに に等しいので

が得られます。(3.4) と (3.7) を比べると です。

のとき。

は について狭義単調増加です。なぜなら、仮定 と から時点 のクーポン が正で、その項 は の狭義増加関数であり、他の項も非減少だからです。

したがって ならば 、すなわち です。

ならば なので 。逆も同様です。 ∎

THM-YTM-3 の証明

スポットレート が与えられているとき、無裁定のもとでの正しい債券価格は

です。各キャッシュフローを対応する満期のスポットレートで割り引いています。一方、最終利回り は

を満たします。(3.8) と (3.9) から

が成り立ちます。

がどの とも一致しないこと。 背理法を使います。 と仮定します。もしすべての が等しければ で矛盾はありませんが、仮定は「各期のスポットレートが異なる」ことです。つまり少なくとも なる が存在します。

(3.10) から第 項を両辺で消すと

を代入すると、左辺では なる項で です。対応する右辺の項は です。 のとき、この項は一致しません。等式が成り立つには他の項で差を相殺する必要がありますが、各項が同符号(非負)なので、 かつ なる が存在すれば、 なる別の項で打ち消す必要があります。

ここではより直接的に示します。重み とおくと、 で です。(3.10) を書き直すと

ですが、各 なので

がすべての より大きければ、各項は非負(正のものもある)なので和は正になり矛盾します。 がすべての より小さければ和は負になり矛盾します。したがって は最小の と最大の の間に位置します。

さらに、 がある に等しいとき、 なる で なら (3.11) の 番目の項は非ゼロです。等式が成り立つには正の項と負の項が存在し、打ち消し合う必要があります。これは より大きいスポットレートと小さいスポットレートが両方あることを意味し、 が最小でも最大でもないスポットレートに等しいことを要求します。一般にはこのような偶然の一致は起こらず、 はどの とも一致しません。

(3.11) は「 は、各スポットレート の による加重平均に近い位置にある」ことを意味しています。正確には、 は (3.9) の非線形方程式の解であり、算術平均そのものではありませんが、キャッシュフローの大きい時点のスポットレートに引っ張られます。 ∎

5. 反例 ― 再投資できないと利回りは実現しない

CEX-YTM-1: 負のキャッシュフローで解が2つ現れる

THM-YTM-1 では「すべてのキャッシュフローが非負」を仮定しました。この条件を外します。

次のキャッシュフロー列を考えます。

  • 時点0: (投資額 = 価格)
  • 時点1:
  • 時点2:

時点2に負のキャッシュフローがあります。追加の支払いが発生する構造です。最終利回りの方程式は

とおいて両辺に を掛けると

判別式は で、解は

すなわち ()と ()です。

検算します。 のとき

のとき

どちらも価格 100 に一致します。利回りが10%なのか20%なのか、方程式だけでは決められません。

THM-YTM-1 の証明で見たように、 が保証されるのはすべての のときです。負の があると となる が生じ、 が単調でなくなります。単調でなければ同じ価格に対応する が複数ありえます。これがまさにここで起きていることです。

CEX-YTM-2: 再投資利率が違うと利回りは実現しない

額面 100、クーポン 5%、残存 5 年、価格 96 の債券の最終利回りは 5.948249% です(後の数値例で詳しく計算します)。この債券を購入し、毎年のクーポン 5 を受け取ったとします。

最終利回り 5.948249% で再投資できた場合。 満期時点での累積額は

実現リターンは で、最終利回りと一致します。

再投資利率が 2% しかない場合。 累積額は

実現リターンは です。最終利回り 5.948249% との差は 0.355575 ポイントあります。

最終利回りが「年5.95%で回る」と約束しているように見えても、途中のクーポンを同じ利率で再投資できなければその成果は実現しません。再投資リスクは最終利回りに織り込まれていないのです。

CEX-YTM-3: スポットレートが違うと最終利回りはどれとも一致しない

額面 100、クーポン 6%、残存 3 年の債券を考えます。スポットレートが 、、 であるとします。

各キャッシュフローを対応するスポットレートで割り引きます。

時点 キャッシュフロー スポットレート 現在価値
1 6 3%
2 6 5%
3 106 7%

正しい価格は です。

この価格から最終利回りを逆算すると です。

一方、同じ満期(3年)の割引債(ゼロクーポン債)の利回りは 3 年スポットレートそのものですから です。

最終利回りはどのスポットレートとも一致しません。 は と の間にありますが、キャッシュフローの大部分が時点 3 に集中しているため、 に近い側に引っ張られています。

同じ残存 3 年でも、クーポン債の最終利回り()と割引債の利回り()は一致しません。最終利回りは「1つの数に潰した金利」に過ぎず、期間構造の情報を失っています。

この節のまとめ: 最終利回りの前提が崩れると、解が複数になったり、約束された利回りが実現しなかったりします。「利回りが同じ = 同じ商品」ではありません。

6. 数値例 ― 価格96の5年債の利回りを二分法で求める

額面 100、クーポン 5%、残存 5 年の債券が価格 96 で取引されています。最終利回りを求める方程式は

です。これは について解析的に解けません。数値的に解きます。二分法を使います。

二分法の手順。 THM-YTM-1 の証明で示したように、 は で狭義単調減少です。(クーポン率と等しいとき額面に一致)で、 なので です。 で なので です。解は にありますが、下の表では機械的に、それを含む区間 から始めます。

反復 下限 上限 中点 中点での価格
1 0.00000 0.20000 0.10000 81.046066
2 0.00000 0.10000 0.05000 100.000000
3 0.05000 0.10000 0.07500 89.885288
4 0.05000 0.07500 0.06250 94.770163
5 0.05000 0.06250 0.05625 97.340196
6 0.05625 0.06250 0.05938 96.044185
7 0.05938 0.06250 0.06094 95.404454
8 0.05938 0.06094 0.06016 95.723636

二分法は毎回区間を半分にするので、 回の反復で精度は になります。8 回で区間幅は約 、20 回で約 です。60 回も回せば機械精度に達します。

収束した最終利回りは です。検算として を確認できます。

なお (クーポン率)のとき (額面)です。価格 96 は額面を下回っている(割引で取引されている)ので、利回りはクーポン率を上回ります。これは直観にも合います。額面より安く買えるぶん、見返りが大きくなるのです。

この節のまとめ: 最終利回りは解析的に求まらないため、二分法などの数値解法を使います。単調性が保証されているので、二分法は必ず収束します。

7. 次回へ ― 1つに潰す前の期間ごとの金利

最終利回りは、異なるスポットレートを「1つの数」に潰したものでした。便利ですが、情報を捨てています。同じ利回りの債券でも、キャッシュフローの分布が違えば金利変動への反応は異なります。

次回(第11回)では、この「潰す前の数」であるスポットレートとフォワードレートを正面から扱います。1つの利回りでは見えなかった、期間ごとの金利の構造が見えてきます。

次のマイルストーンまであと 6 本です。

よくある質問

最終利回りは実際にもらえる利回りですか

違います。途中のクーポンを同じ利回りで再投資できたときだけ一致します。再投資先の金利は買った時点では分かりません。

なぜ一つに決まるのですか

キャッシュフローがすべて非負なら、価格は利回りについて単調に減るからです。負のキャッシュフローが混じると複数になりえます。

利回りが同じ債券は同じ商品ですか

違います。満期やクーポンが違えば金利変動への反応が変わります。その反応の大きさを測る量は、第13回で扱います。

参考文献

  • Fabozzi F. J.、Bond Markets Analysis and Strategies、第9版、Pearson、2015年
  • Luenberger D. G.、Investment Science、第2版、Oxford University Press、2013年

数値例は compute.py により厳密計算(fractions.Fraction)および二分法で検算済み。本文中の小数は6桁で丸めている。

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