第11回 スポットレートとフォワードレート ― 将来の金利は今日の価格に埋まっている

位置: 第2部 第11回 / 前提: 第7回、第9回、第10回 / 数学編: なし / この回でできるようになること: 今日の債券価格から将来の期間の金利を取り出し、それが予想ではなく価格の整合性で決まることを説明できる
0. 物語 ― フォワードレートは金利の予想ではない
債券トレーディングデスクで、若手のトレーダーが画面を指さしています。「1年後から2年後までの金利が約7%と出ています。これは市場が1年後の金利を7%くらいだと予想しているんですか」。先輩は首を振ります。「違う。それは予想じゃない」。
画面に出ている数字は「フォワードレート」と呼ばれます。今日取引されている1年物と2年物の債券の価格から、算数だけで逆算された数です。1年物の利回りが3%、2年物の利回りが5%のとき、この数字は約7%になります。
では、1年後に実際の金利が4%だったとしましょう。フォワードレートの7%とは大きく食い違っています。何か問題が起きるでしょうか。
同じ元本を今日投じて比べます。2年物の債券を買った人は、2年後に元本の約1.10倍を受け取ります。一方、1年物の債券を買って満期後に4%で預け直した人は、2年後に元本の約1.07倍を受け取ります。結果だけ見れば2年物を選んだほうが得でした。しかし、これは1年後の金利が判明してはじめてわかったことです。1年後の金利が約7%より高くなっていれば、逆に1年物のほうが得になっていました。今日の時点で4%になると確定していたわけではないので、この差を使って確実に儲ける方法はありませんでした。
フォワードレートは「市場の予想」ではなく、今日の価格の整合性を保つために決まる数です。実現した金利と食い違っても、今日の価格には何の矛盾も生じません。この回では、なぜそう言い切れるのかを3つの定理で証明します。
1. 動機 ― 将来の金利を今日決められるのはなぜか
この回を読み終えると、今日の債券価格から将来の期間の金利を取り出し、それが予想ではなく価格の整合性で決まることを説明できます。
「1年後から2年後までの金利」を、なぜ今日の時点で計算できるのでしょうか。未来の金利は誰にもわからないはずです。
答えは、今日の債券価格に情報が埋まっているからです。1年物の割引債と2年物の割引債が両方とも今日取引されていれば、その2つの価格比から「1年後に始まる1年間の金利」が逆算できます。しかもこの金利は、将来の予想に頼って導いたものではありません。今日の取引だけで確定する値です。
今回はこの仕組みを3つの定理として証明します。スポットレートとフォワードレートの定義を与え、ブートストラップという手続きで市場価格からスポットレートを復元し、フォワードレートが一意に定まることを示します。
この記事で証明すること
- THM-SF-1 無裁定市場では、フォワードレートはスポットレートから一意に定まります。
が成り立ちます。 - THM-SF-2 割引債の価格から、満期の短い順にスポットレートを一意に復元できます(ブートストラップ)。
- THM-SF-3 フォワードレートは今日の価格から決まる量であり、将来のスポットレートの予想値と一致する必然性はありません。
2. 設定と仮定 ― 満期ごとの割引債の価格
以下の仮定を全て置きます。どれが崩れたら何が壊れるかを後で確認するためです。
- 債券は確定キャッシュフローを持ち、信用リスクは無い。
- 各満期について十分な数の債券価格が観測できる。
- 取引コストと空売り制約は無い。
- 複利は年1回。金利はすべて年率。
- 同一満期の商品は一物一価が成り立つ。
スポットレート
これは第7回の割引係数
フォワードレート
特に1年間のフォワードレート
となります。(2.2) と (2.3) がなぜ成り立つのかは、次の節で証明します。ここでは定義として天下り的に与えておきます。
この節のまとめ:スポットレートは満期ごとの割引債の利回り、フォワードレートは将来の期間に適用される金利です。両者の関係は (2.2) で結ばれます。
3. 主張 ― フォワードレートは価格から一意に決まる
定理 THM-SF-1(フォワードレートの一意性) 無裁定市場では、今日決めて将来の期間に適用される金利はスポットレートから一意に定まり、
を満たす。
定理 THM-SF-2(ブートストラップ) 満期の短い債券から順に解くことで、観測された債券価格からスポットレートを一意に復元できる。
定理 THM-SF-3(フォワードは予想ではない) フォワードレートは今日の価格から決まる量であり、将来のスポットレートの予想値と一致する必然性は無い。
証明を読む(読まなくても記事は完結します)
4. 証明 ― 2通りの運用が一致することから導く
この節は読まなくても記事は完結します。
THM-SF-1 の証明
2年間の運用方法を2通り考えます。
方法A: 2年物の割引債を買う。今日
方法B: 1年物の割引債を買い、1年後にその元利金を「1年後から2年後まで」のフォワードレート
方法Aと方法Bは、どちらも今日キャッシュを支払い、2年後にキャッシュを受け取るという構造です。途中のキャッシュフローは方法Bでは1年後に発生しますが、フォワード契約はその時点でのレートを今日ロックするものなので、2年後の受取額はどちらも今日の時点で確定しています。
無裁定の仮定から、同じ満期・同じ確定キャッシュフローの投資は同じ収益率を持つ必要があります。もし方法Bのほうが有利であれば、2年債を空売りして方法Bを実行することで無リスクの利益が得られ、裁定となります。逆も同様です。
したがって、今日の投資
ここで方法A・Bを同じ元本で比較するため、方法Aに
無裁定の条件から、2年後の受取額が一致しなければなりません。
両辺に
となり、
両辺に
を得ます。
一般の
が導かれます。論証は全く同じで、「
THM-SF-2 の証明
満期の短い割引債から順にスポットレートを求める手続き(ブートストラップ)を示します。
ステップ1: 1年物の割引債の価格
ステップ2: 2年物の割引債の価格
ステップ
この手続きの核心は、各ステップが前のステップの結果に依存しないことです。割引債は額面 1 のキャッシュフローが満期にだけ発生するので、
いずれにせよ、仮定「各満期について十分な数の債券価格が観測できる」のもとで、各
THM-SF-3 の証明
フォワードレート
と定まります。
一方、1年後に実現する1年スポットレートを
なぜなら、
したがって
5. 反例 ― フォワードは予想ではない
CEX-SF-1: フォワードレートどおりに実現しなくても矛盾はない
スポットレートが
1年後、実際に実現した1年スポットレートが
このとき、2つの運用の2年後の結果を比べます。公平に比べるため、どちらも今日 1 を投資します。
- 方法A(2年債): 今日 1 を投資すると、価格
の2年債を 単位買えます。2年後に を受け取ります。 - 方法B(1年債+再投資): 今日 1 を投資すると、価格
の1年債を 単位買え、1年後に を受け取ります。それを実現レート で再投資すると、2年後に を受け取ります。
方法Aのほうが 0.0313 だけ多く受け取っています。実現レート
フォワードレートは「市場が将来のレートをこう予想している」という意味ではなく、「今日の価格の整合性を保つ数」です。実現値がずれても、今日の価格には何の問題も起きません。
この反例のまとめ:フォワードレートは予想ではなく価格から逆算された数なので、実現値と食い違っても矛盾しません。
CEX-SF-2: フォワードレートがずれていると裁定が起きる
THM-SF-1 の無裁定の仮定が効いていることを、逆に壊して確認します。
ある銀行が「1年後スタート・1年間の預金」を年率
次の手順で裁定を行います。
- 2年物の割引債を1単位空売りします。収入は
です。 - 1年物の割引債を
単位買います。コストは です。 - 正味コストは
です。 - 銀行と1年後開始の預金契約を結びます。1年後に
を で預けます。
1年後の処理:
- 保有する1年債が満期を迎え、額面の合計
を受け取ります。 - 受け取った
をそのまま銀行の預金契約に入れます(銀行との契約は今日結んであるので、金額は確定)。
2年後の受け取り:
- 銀行預金から
を受け取ります。 - 2年債の空売りを返済するため、額面 1 を支払います。
- 正味の受取は
です。
元手ゼロで 0.0047 の確定利益が出ています。これが裁定です。フォワードレートが理論値からずれていれば、今日の取引だけで無リスクの利益を確定できます。
この反例のまとめ:フォワードレートが (4.1) から外れていると、割引債の売買とフォワード契約の組み合わせで裁定が発生します。
CEX-SF-3: 最終利回りはスポットレートの代わりにならない
スポットレートが
正しい価格は、各キャッシュフローをそれぞれのスポットレートで割り引きます。
この債券の最終利回り
最終利回りは債券全体の合計価格を正しく再現します。しかし個々のキャッシュフローの現在価値は正しく計算できません。
| 時点 | CF | スポットレートで割引 | 最終利回りで割引 | 差 |
|---|---|---|---|---|
| 1年後 | 5 | 4.8544 | 4.6789 | |
| 2年後 | 5 | 4.5351 | 4.3785 | |
| 3年後 | 105 | 85.7113 | 86.0434 | |
| 合計 | 115 | 95.1008 | 95.1008 |
合計は一致しますが、個別のキャッシュフローの割引が歪んでいます。1年後と2年後のキャッシュフローは過小評価され、3年後のキャッシュフローは過大評価されています。これは、スポットレートが
この歪みは、異なるキャッシュフロー構成を持つ債券を比較するとき、あるいは個別キャッシュフローのリスク評価を行うときに実害をもたらします。スポットレートを使えば各期間の正しい割引が得られます。
この反例のまとめ:最終利回りは合計の価格を再現しますが、各キャッシュフローの割引を歪めます。正しい割引にはスポットレートが必要です。
6. 数値例 ― 3本の債券価格から金利の期間構造を復元する
ブートストラップ(THM-SF-2)の検算として、
元のスポットレートに一致します。
フォワードレートを (4.1), (4.2) から求めます。
検算します。
スポットレートが
この節のまとめ:3本の割引債価格からスポットレートとフォワードレートを全て復元しました。数値は compute.py による厳密計算と一致しています。
7. 次回へ ― 曲線の形を読む
今回は、スポットレートとフォワードレートが「今日の債券価格に埋まっている」ことを証明しました。割引債の価格さえあれば、ブートストラップでスポットレートを復元し、そこからフォワードレートを一意に導けます。
次回(第12回)は、スポットレートを満期について並べた曲線の形を読みます。短期から長期にかけて金利が上がる「順イールド」と、逆に下がる「逆イールド」は何を語っているのか。金利の期間構造の全体像を見ていきます。
次のマイルストーンまであと 5 本です。
よくある質問
フォワードレートは将来の金利の予想ですか
違います。今日の価格から計算される数です。結果的に外れても、今日の価格には何の問題も起きません。
なぜ将来の金利を今日決められるのですか
今日、短期で借りて長期で貸す、という組み合わせを作れるからです。その組み合わせの利回りがフォワードレートです。
スポットレートはどこで手に入りますか
直接は観測できないことが多いので、観測できる債券価格から順番に解いて求めます。それがブートストラップです。
参考文献
- Fabozzi F. J.、Bond Markets Analysis and Strategies、第9版、Pearson、2015年
- Hull J. C.、Options Futures and Other Derivatives、第11版、Pearson、2021年
数値例は compute.py により有理数演算で検算済み(YTM のみニュートン法による浮動小数点近似)。本文中の小数は4桁で丸めている。

