第12回 イールドカーブは何を語っているのか ― 形から読めることと読めないこと

位置: 第2部 第12回 / 前提: 第10回、第11回 / 数学編: なし / この回でできるようになること: イールドカーブの形から価格に織り込まれたフォワードレートを読み取り、形だけからは言えないことと区別できる
0. 物語 ― 逆イールドは景気後退の予言なのか
スーパーの棚に並ぶ同じブランドのジュースが、500ミリリットルのほうが1リットルより高い。ふつうは量が多いほど値段も高くなるのに、大小が逆転しています。これを見て「この店はもうすぐ閉店する」と断言する人がいたら、飛躍に聞こえるでしょう。棚の値札が語っているのは「今日、この店ではこの値段がついている」という事実だけで、店の将来まで読み取ることはできません。
債券の世界にもよく似た話があります。満期の短い債券のほうが利回りが高く、長い債券のほうが低い。この並び方を「逆イールド」と呼びます。ニュースでは「逆イールドは景気後退のサイン」としばしば報じられます。たしかに過去にそう見えた時期はありました。しかし利回りの並び方は、今日の債券価格から計算した数字の大小関係にすぎません。
たとえば短期の利回りが5パーセント、中期が4パーセント、長期が3パーセントという逆イールドを考えてみます。このとき1年後から2年後にかけての暗黙の利回りは約3パーセント、2年後から3年後にかけては約1パーセントまで下がります。数字だけ見ると「将来の金利は下がっていく」と読みたくなりますが、この暗黙の利回りは今日の価格を並べ替えた結果であって、誰かの予想ではありません。同じ価格は、景気が悪くなると思っている投資家が付けたのかもしれませんし、まったく別の理由で付いたのかもしれません。
曲線の形から直接読み取れるのは、フォワードレートとスポットレートの大小関係だけです。それ以上の意味を読み込むには、この理論の外に出なければなりません。
1. 動機 ― 曲線の形から何が読めるのか
この回を読み終えると、イールドカーブの形から価格に織り込まれたフォワードレートを読み取り、形だけからは言えないことと区別できます。
スポットレートを満期の順に並べると、曲線が描けます。短期から長期にかけて金利が上がる形を順イールド、下がる形を逆イールドと呼びます。第11回で示したとおり、フォワードレートは今日の価格から逆算された数であって、誰かの予想ではありません。曲線の形から直接読めるのは、フォワードレートとスポットレートの大小関係です。それ以上のことは、この理論からは出てきません。
今回は3つの定理でこれを明確にします。曲線の増減とフォワードの関係、最終利回り曲線とのずれ、そして平行移動という便宜的な仮定の危うさです。
この記事で証明すること
- THM-YC-1 スポットレート曲線が増加しているとき、フォワードレートはその区間のスポットレートを上回ります。逆も成り立ちます。
- THM-YC-2 スポットレート曲線が平坦でないとき、クーポン債の最終利回りを並べた曲線はスポットレート曲線と一般に一致しません。
- THM-YC-3 すべてのスポットレートが同じ幅だけ動く平行移動を仮定すると、割引債の組み合わせで裁定が作れる場合があります。
2. 設定と仮定 ― 曲線をどう作るか
以下の仮定を置きます。
- 観測できるのは債券価格で、曲線はそこから復元したもの。
- 信用リスクの等しい債券だけを並べる。
- 曲線の補間方法を1つ決めて固定する。
- 複利は年1回。
- 取引コストは無い。
第11回で定義したスポットレート
です。
フォワードレート
で定まる量です。
もう一つ、最終利回り曲線を定義します。年クーポン率
同じクーポン率のクーポン債を満期ごとに並べ、それぞれの最終利回りを取ったものが最終利回り曲線です。実務ではこちらをイールドカーブと呼ぶことも多いのですが、スポットレート曲線とは別の量です。
この節のまとめ:イールドカーブにはスポットレート曲線と最終利回り曲線の2つがあり、一般には一致しません。
3. 主張 ― 形とフォワードは同じことを言っている
定理 THM-YC-1(曲線の形とフォワードの関係) スポットレート曲線が増加していること(
)と、その区間のフォワードレートがスポットレートを上回ること( )は同値である。
定理 THM-YC-2(最終利回り曲線とのずれ) スポットレート曲線が平坦でないとき、クーポン債の最終利回りを満期ごとに並べた曲線は、スポットレート曲線と一般に一致しない。
定理 THM-YC-3(平行移動の不可能性) すべての満期のスポットレートが同じ幅だけ動く平行移動を許すと、期間の異なる割引債の組み合わせで裁定が作れる場合がある。
証明を読む(読まなくても記事は完結します)
4. 証明 ― 増加と大小関係を結びつける
この節は読まなくても記事は完結します。
THM-YC-1 の証明
(2.2) から
両辺を
左辺は
これですべての変形が同値変形であることを確認します。各段階を振り返ります。
を (4.1) で書き換えた。 - 両辺を正の
で割った(同値変形)。 - べき乗の性質を使い底の大小に帰着した(
かつ底が正なので同値)。 - 両辺から 1 を引いた(同値変形)。
すべて同値変形なので、
減少の場合(
平坦な場合(
THM-YC-2 の証明
スポットレート曲線が平坦(
平坦でない場合を示すため、具体的な反例を構成します。
正しい価格は各キャッシュフローをそれぞれのスポットレートで割り引きます。
最終利回り
ずれの原因は明確です。最終利回りは全期間に同じ割引率を使いますが、スポットレートは期間ごとに異なります。1年後のクーポン 5 を
3年債でも同様です。
したがって、スポットレート曲線が平坦でなければ、最終利回り曲線はスポットレート曲線と一般に一致しません。 ∎
THM-YC-3 の証明(要点)
すべてのスポットレートが同じ幅
価格の変化率を考えます。
変化率が満期によって異なることを利用して、次の組み合わせを作ります。2年債を1単位ショートし、1年債を
と書きます。ここで
- 初期コストがゼロになるように、
とします。 - 金利がわずかに動いたときの価値の変化もゼロになるように、
とします。 なので、これは と についての1次式です。
2つとも
です。
この組み合わせは、初期コストがゼロで、平行移動が上下どちらに起きても損失が出ず、実際に動けば正の利益が出ます。**移動の方向を知る必要はありません。**これは裁定です。したがって、曲線が平行移動しかしないという仮定のもとでは裁定が作れてしまい、この仮定は無裁定と両立しない便宜的な仮定にすぎません。 ∎
この節のまとめ:スポットレート曲線の増減はフォワードレートとの大小関係に翻訳でき、最終利回り曲線とは一般に一致せず、平行移動は便宜的な仮定です。
5. 反例 ― 平行移動を許すと裁定ができる
CEX-YC-1: 逆イールドは価格の関係であって予想ではない
「逆イールドは景気後退の予言である」という理解が壊れることを示します。
スポットレートが
THM-YC-1 のとおり、スポットレートが減少しているので、フォワードレートはスポットレートを下回ります(
ここで重要なのは、この逆イールドの形は今日の割引債価格の関係から出ているだけだということです。
この価格を付けた投資家が「景気は悪くなる」と思っているかもしれませんし、「リスクプレミアムの構造がそうさせている」と思っているかもしれません。同じ価格は異なる予想の下でも成立しえます。第11回の THM-SF-3 で示したとおり、フォワードレートは予想ではなく価格から逆算された数です。逆イールドについても同じことが言えます。
この反例のまとめ:逆イールドは今日の価格の関係から出る形であり、景気予想の理論的帰結ではありません。
CEX-YC-2: 平行移動は裁定を生む
THM-YC-3 を具体的な数値で確認します。
スポットレートが
次のポートフォリオを組みます。
- 1年債を
単位 ロング(コスト: ) - 3年債を
単位 ロング(コスト: ) - 2年債を 1 単位 ショート(収入:
) - 初期コスト: ロング2本のコストの合計は、丸める前の値でちょうど
に等しく、ゼロです(表示の は丸めのため末尾が1ずれます)。
すべてのスポットレートが
で、ポートフォリオの価値は
で、価値は
上がっても下がっても価値は正で、元手はゼロです。平行移動の方向を知らなくても確定的に損失が出ず、実際に動けば利益が出るので、これは裁定です。1年債と3年債を組み合わせた側は、同じ幅の金利変化に対して、2年債1本よりも「上がるときは少なく下がり、下がるときは多く上がる」ため、この差が利益になります。平行移動は全ての満期に同じ変化を強制する仮定ですが、満期が違えば価格への影響の曲がり方も違うため、この仮定のもとでは裁定が生じうるのです。
この反例のまとめ:平行移動は便宜的な仮定であり、それを許すと割引債の組み合わせで裁定が作れてしまいます。
6. 数値例 ― 3本のスポットレートから曲線を描く
割引債の価格:
フォワードレート:
スポットレートが
最終利回り曲線との比較(クーポン
| 満期 | スポットレート | 最終利回り | 差 |
|---|---|---|---|
| 1年 | |||
| 2年 | |||
| 3年 |
1年債のみ一致し、2年債以降はずれます。満期が長いほどずれが大きくなります。これは THM-YC-2 の主張どおりです。
逆イールドの場合(
スポットが減少しているので、フォワードはスポットを下回ります。
平行移動の裁定(
| 変化前 | 変化後 | 変化率 | |
|---|---|---|---|
| 1年債 | |||
| 2年債 | |||
| 3年債 |
長い満期ほど大きく動きます。この差を利用して、初期コストゼロで上下どちらの平行移動でも正の利益が出る組み合わせ(2年債 10,000 単位の規模で
この節のまとめ:スポットレート
7. 次回へ ― 曲線が動いたときの価格の動きを測る
今回は、スポットレート曲線の形が何を語っているかを3つの定理で整理しました。形の増減はフォワードレートとの大小関係に直結し、最終利回り曲線とスポットレート曲線は別物であり、平行移動は便宜的な仮定にすぎません。
次回(第13回)は、曲線が動いたときに債券の価格がどれだけ動くかを一つの数で測ります。
次のマイルストーンまであと 4 本です。
よくある質問
逆イールドは景気後退のサインですか
過去にそう見えた例はありますが、この理論から出てくる結論ではありません。今日の価格の関係を表しているだけです。
曲線はどうやって作るのですか
観測できる債券価格から満期の短い順に解いていきます。間の満期は補間します。補間の仕方で形は少し変わります。
最終利回りを並べた曲線ではだめですか
実務ではよく使いますが、スポットレート曲線とは別物です。クーポンの大きさによってずれます。
参考文献
- Fabozzi F. J.、Bond Markets Analysis and Strategies、第9版、Pearson、2015年
- Hull J. C.、Options Futures and Other Derivatives、第11版、Pearson、2021年
数値例は compute.py により有理数演算で検算済み(YTM のみニュートン法による浮動小数点近似)。本文中の小数は4桁で丸めている。

