第9回 債券の値段は足し算でできている ― クーポンと元本を割り引くだけ

位置: 第2部 第9回 / 前提: 第7回、第8回 / 数学編: なし / この回でできるようになること: 債券の価格をクーポンと元本の割引の和に分解し、金利が上がると価格が下がる理由を説明できる
0. 物語 ― 価格と額面を混同する
はじめて債券を買った人が、額面100の債券に100を支払いました。「額面が100なのだから、値段も100だろう」と考えたのです。ところが、その債券の市場での売買価格はおよそ91でした。9近い金額を余分に払ってしまったことになります。
なぜ額面どおりの値段にならないのでしょうか。この債券は毎年3の利息を支払い、5年後に元本100を返すという約束でした。一方、そのときの市場金利は5パーセントです。市場で運用すれば5パーセントの利回りが得られるのに、この債券からもらえる利息は額面に対して3パーセントしかありません。利息が市場の水準に届かない分だけ、値段が額面から差し引かれるのです。
では、利息の割合と市場金利がぴったり同じなら、どうなるでしょうか。たとえば毎年5の利息を支払う債券であれば、市場金利5パーセントのもとで値段はちょうど100になります。利息と金利が釣り合っているので、割り引く理由がないのです。
この関係を逆に見ると、金利が上がれば債券の値段は下がり、金利が下がれば値段は上がります。債券を持っている人にとって、金利の上昇は値下がりを意味します。しかも、この値下がりには少しだけ有利な性質があります。金利が同じ幅だけ上下したとき、上がったときの値下がり幅よりも、下がったときの値上がり幅のほうが大きいのです。
今回の記事では、債券の値段がどのように決まるのかを、将来受け取るお金を割り引いて足すという計算だけで示します。額面と値段が一致する条件、そして金利と値段の関係も、すべてこの足し算から導きます。
1. 動機 ― 債券の値段は何でできているのか
この回を読み終えると、債券の価格をクーポンと元本の割引の和に分解し、金利が上がると価格が下がる理由を説明できます。
答えは単純です。債券が将来支払うキャッシュフローを、ひとつずつ割り引いて足す。それだけです。第7回で扱った割引の考え方と、第8回で扱った年金の現在価値を組み合わせれば、債券の価格は完全に決まります。
今回は3つのことを示します。価格がクーポン部分(年金)と額面部分(割引債)の和に分解できること、クーポン率と金利が一致すれば価格が額面に戻ること、そして価格が金利に対して単調に減少し凸であることです。
この記事で証明すること
- THM-BP-1 確定クーポン債の価格は、クーポンの年金現在価値と額面の割引現在価値の和に分解できます。
- THM-BP-2 金利が一定のとき、価格が額面に一致することとクーポン率が金利に一致することは同値です。
- THM-BP-3 クーポンがすべて非負のとき、価格は金利について狭義単調減少し、かつ下に凸です。
2. 設定と仮定 ― 確定したクーポンと額面
以下の仮定を置きます。どれが後で壊れるかを見るために、すべて書き出します。
- キャッシュフローの確定: クーポン額
と額面 は確定した値で、支払時点 も確定しています。 - 金利は一定: 割引に使う金利
は期間によりません。 - 信用リスクなし: 発行体が約束を破る可能性はないとします。途中償還やオプション性もありません。
- 経過利子を含む: 価格は経過利子を含めた形(ダーティプライス)で扱います。
- 複利は年1回: 割引係数は
です。
もっとも単純な形として、固定クーポン債を考えます。毎期同じクーポン
です。ここで
債券の価格
仮定をまとめると、キャッシュフロー・金利・支払時点のすべてが確定した状態で、価格は
3. 主張 ― 価格は年金と割引債の和になる
3つの定理を正確に述べます。
定理 THM-BP-1(債券価格の分解) 確定クーポン債の価格は、クーポンを払う年金の現在価値と、額面を払う割引債の現在価値の和に等しい。すなわち
定理 THM-BP-2(パー債の条件) 金利が一定のとき、
であることと (すなわちクーポン率が に等しいこと)は同値である。
定理 THM-BP-3(価格と金利の単調関係) クーポン
がすべて非負(少なくとも1つは正)のとき、 は について狭義単調減少し、かつ下に凸である。
証明を読む(読まなくても記事は完結します)
4. 証明 ― キャッシュフローを2つに分けて足す
この節は読まなくても記事は完結します。
THM-BP-1 の証明
最後の項を分割するために、
第1項は毎期
第8回の年金現在価値の公式を使えば、第1項は閉じた形に書けます。
したがって
この形は計算に便利ですが、本質は
THM-BP-2 の証明
(⇒)
右辺の
左辺を整理するために
すなわち
(⇐)
第2項と第3項が打ち消し合い、
この定理は直観とも合います。市場の金利がちょうどクーポン率と同じなら、「この債券が約束するリターンと、市場で得られるリターンが同じ」なので、額面通りの値段で取引されます。
THM-BP-3 の証明
一般のキャッシュフロー
とおきます。
狭義単調減少の証明。
下に凸であることの証明。
単調減少の直観は明快です。金利が上がれば割引が強くなり、将来のキャッシュフローの現在価値が下がります。凸性は「金利が上がるときの価格の下げ幅は、金利が下がるときの価格の上げ幅より小さい」ことを意味します。これは債券の保有者にとって有利な性質です。
5. 反例 ― 額面で買えると思うと損をする
CEX-BP-1: 価格と額面を混同する誤り
額面 100、クーポン率 3%、残存 5 年の債券を考えます。市場金利が 5% のとき、この債券の価格は
なぜ額面より安いのかというと、クーポン率 3% が市場金利 5% を下回っているからです。この債券を持っていても、市場で得られる 5% のリターンに届きません。その不足分を埋め合わせるために、価格が額面から割り引かれています。THM-BP-2 が示す通り、価格が額面に一致するのはクーポン率と金利が等しい場合だけです。
CEX-BP-2: 負のキャッシュフローで単調性が壊れる
THM-BP-3 の仮定はクーポンがすべて非負であることでした。途中に負のキャッシュフローを含む商品を作ると、価格と金利の関係が壊れます。
時点1に
金利ごとに現在価値を計算すると、次のようになります。
| 金利 | 現在価値 |
|---|---|
| 20% | |
| 30% | |
| 40% |
金利が 20% から 30% に上がると価格は
CEX-BP-3: 金利が一定という仮定を外す
各期の金利が異なる場合、単一の金利で割り引いた価格は正しい価格と一致しません。額面 100、クーポン 3 の 3 年債で確かめます。
各期のスポットレートが 3%、5%、7% のとき、正しい割引計算は
で、この値は
一方、単一の金利 5% で割り引くと
となり、差は
各期の金利が異なる場合の正しい扱いは、第11回と第12回で扱います。
6. 数値例 ― クーポン3パーセントの5年債に値段を付ける
額面
キャッシュフローと割引
| 時点 | キャッシュフロー | 割引係数 | 現在価値 |
|---|---|---|---|
| 1 | |||
| 2 | |||
| 3 | |||
| 4 | |||
| 5 |
年金・割引債への分解(THM-BP-1)
キャッシュフロー表の現在価値をすべて足し上げた値と一致します。
パー債の確認(THM-BP-2)
クーポン率を 5%(
単調減少と凸性の確認(THM-BP-3)
| 金利 | 価格 |
|---|---|
| 3% | |
| 5% | |
| 7% |
金利が 2% ずつ上がるたびに価格が下がるので、単調減少です。凸性は次のように確認できます。
両端の平均
7. 次回へ ― 価格から逆算される利回り
今回は、金利
次のマイルストーンまであと 7 本です。
よくある質問
なぜ額面と価格が違うのですか
クーポン率と市場の金利がずれているからです。一致していれば価格は額面になります。
金利が上がると債券は必ず下がりますか
クーポンがすべて非負なら必ず下がります。負のキャッシュフローが混じると保証できません。
経過利子とは何ですか
前回の利払いから今日までに溜まった利息です。売買のときは価格に上乗せして受け渡します。
参考文献
- Fabozzi F. J.、Bond Markets Analysis and Strategies、第9版、Pearson、2015年
- Luenberger D. G.、Investment Science、第2版、Oxford University Press、2013年
数値例は compute.py により有理数演算で検算済み。本文中の小数は4桁で丸めている。

