第8回 毎年同じ額を受け取る権利はいくらか ― 等比数列の和が公式になる

位置: 第2部 第8回 / 前提: 第4回、第7回 / 数学編: なし / この回でできるようになること: ローンの毎回の返済額や年金の現在価値を、等比数列の和の公式で計算できる
0. 物語 ― 支払額が一定でないと公式が使えない
手元に退職金があって、これから10年間、毎年同じ額を受け取れる年金を買おうとしています。金利が年5%だとすると、毎年1万円ずつ受け取る権利の値段はいくらでしょうか。1年目の1万円は今より少し安い、2年目はもっと安い、3年目はさらに安い。それを10回分、全部足し合わせればよいのですが、受け取る額が毎回同じなら、実は足し算をしなくても一発で答えが出ます。約7.72万円です。
ところが、友人がこう言いました。「物価が毎年2%ずつ上がるから、受け取る額も毎年2%ずつ増える年金にした」。友人の年金は1年目が1万円、2年目は1万200円、3年目は1万404円と、少しずつ膨らんでいきます。友人は「だいたい同じだろう」と思い、さっきの7.72万円という数字をそのまま使いました。
これが落とし穴です。受け取る額が毎年増えているのに、毎回同じ額だと思って計算した値段は安すぎます。正しく計算すると約8.39万円で、友人の見積もりとの差は約6700円。誤差率にして約8%です。10年でこれですから、20年、30年と期間が延びれば差はもっと広がります。30年では正しい値段が約19.4万円なのに、誤った計算では約15.4万円。4万円も安く見積もってしまいます。
毎回同じ額を受け取る年金には、割引の足し算を一つの式にまとめる便利な公式があります。しかしその公式は「支払額が一定」という条件の上に成り立っています。条件が崩れたまま公式を使うと、年金の値段を実態より安く見誤ります。この回では、公式がなぜ成り立つのか、そしてどこまで使えるのかを、証明と反例の両面から確かめます。
1. 動機 ― 同じ額を何度も割り引くのは面倒くさい
この回を読み終えると、ローンの毎回の返済額や年金の現在価値を、等比数列の和の公式で計算できます。
第7回までに、将来の1回限りのキャッシュフローを現在価値に直す方法を身につけました。割引係数
ところが現実には、「毎年同じ金額を受け取る」という約束がたくさん出てきます。ローンの返済、年金の受給、利息の支払い。これらは1回ではなく
1回ごとに割り引いて足すのはもちろん正しいのですが、
今回の話は純粋に代数です。等比数列の和の公式を1回使うだけで、
この記事で証明すること
- THM-AN-1 金利
が一定のとき、毎期末に 1 を 期にわたって受け取る権利の現在価値は です。 - THM-AN-2
のとき、 を無限大にした永久年金の現在価値は に収束します。 - THM-AN-3 期首払いの年金の現在価値は、期末払いの年金の現在価値を
倍したものです。
2. 設定と仮定 ― 一定額を一定期間もらう権利
以下の仮定を全て置きます。
- 金利
は一定で、 。 - 支払いは各期末に1回、金額は一定。特に断りがなければ金額を 1 とします。
- 期間
は有限の整数。永久年金は極限として扱います。 - 税、手数料、信用リスクはありません。
このような「毎期末に一定額を
年金のキャッシュフローは時点
です。これを全部足したものが年金の現在価値です。
この和を閉じた形にするのが、次の節の仕事です。
まとめると、年金の現在価値は
3. 主張 ― 等比数列の和が閉じた式になる
3つの定理を述べます。全て (2.1) の和を整理するだけで出てきます。
定理 THM-AN-1(年金の現在価値) 金利
が一定( )のとき、毎期末に 1 を 期にわたって払う権利の現在価値は に等しい。
定理 THM-AN-2(永久年金)
のとき、 とした永久年金の現在価値は に収束する。
定理 THM-AN-3(期首払いとの関係) 期首払いの年金(時点
に受け取る)の現在価値を とすると、 が成り立つ。ここで
は期末払いの年金の現在価値(THM-AN-1)である。
証明を読む(読まなくても記事は完結します)
4. 証明 ― 初項と公比を取り出して足す
この節は読まなくても記事は完結します。
THM-AN-1 の証明
(2.1) を書き直します。
です。これは初項
(4.1) の両辺に公比
左辺を
ここから
分子の
が得られます。 ∎
(4.4) の構造を確認しておきます。
THM-AN-2 の証明
は
です。THM-AN-1 の結果 (4.4) で
分子の極限と分母は
THM-AN-3 の証明
期首払い年金のキャッシュフローは時点
です。一方、期末払いの現在価値は
でした。(4.8) の各項は (4.7) の各項を
です。 ∎
(4.9) の直観は明快です。期首払いは期末払いより全てのキャッシュフローが1期分早く届きます。早く届く分だけ割引が1期分少ないので、現在価値は
まとめると、年金の現在価値公式は等比数列の和から出てきます。永久年金は公比が 1 未満のときの無限級数の極限であり、期首払いは期末払いを1期分前倒しにしたものです。
5. 反例 ― 金利0と成長する年金では公式が使えない
反例 CEX-AN-1: 金利ゼロで永久年金が発散する
THM-AN-2 は
| 年金の現在価値( |
|
|---|---|
| 10 | 10 |
| 100 | 100 |
| 1,000 | 1,000 |
| 10,000 | 10,000 |
THM-AN-1 の公式
| 永久年金 |
|
|---|---|
| 1.0 | 1 |
| 0.1 | 10 |
| 0.01 | 100 |
| 0.001 | 1,000 |
金利が低いほど年金の価値が高くなり、金利ゼロでは無限大に吹き上がります。
まとめると、THM-AN-2 の
反例 CEX-AN-2: 成長する年金に一定額の公式を当てる
THM-AN-1 は「支払額が一定」を仮定しています。毎期
正しい現在価値は
です。一方、「金額は一定だ」と思い込んで THM-AN-1 の公式を使うと
になります。
| 正しい PV | 誤った PV | 誤差 | |
|---|---|---|---|
| 5 | 4.497460 | 4.329477 | 0.167983 |
| 10 | 8.388106 | 7.721735 | 0.666371 |
| 20 | 14.665402 | 12.462210 | 2.203191 |
| 30 | 19.363059 | 15.372451 | 3.990608 |
まとめると、一定額の公式は支払額が一定である場合にのみ正しく、成長する年金には成長率
6. 数値例 ― 10年分を1つの数に潰す
まず1期ずつ割り引いて足し上げます。
| 期 |
割引係数 |
現在価値 |
|---|---|---|
| 1 | 0.95238095 | 0.95238095 |
| 2 | 0.90702948 | 0.90702948 |
| 3 | 0.86383760 | 0.86383760 |
| 4 | 0.82270247 | 0.82270247 |
| 5 | 0.78352617 | 0.78352617 |
| 6 | 0.74621540 | 0.74621540 |
| 7 | 0.71068133 | 0.71068133 |
| 8 | 0.67683936 | 0.67683936 |
| 9 | 0.64460892 | 0.64460892 |
| 10 | 0.61391325 | 0.61391325 |
| 合計 | 7.721735 |
公式で一発で出します。
足し上げた値と一致します。10個の割引が1つの数に潰れました。
永久年金への収束を確認します。
| 年金の PV | ||
|---|---|---|
| 10 | 7.721735 | 12.278265 |
| 50 | 18.2559 | 1.7441 |
| 100 | 19.8479 | 0.1521 |
| 1,000 |
期首払いと期末払いの比を確認します。
比は
まとめると、公式と足し上げは完全に一致し、永久年金は有限年金の自然な極限です。期首払いは期末払いの
7. 次回へ ― 債券価格は年金と割引債の和
年金の現在価値公式は、同じ額を繰り返し受け取るキャッシュフローを1つの数に圧縮する道具です。
次回(第9回)では、この年金にゼロクーポン債を1つ足すだけで、もっと広い種類の金融商品の価格が作れることを見ます。
次のマイルストーンまであと 8 本です。
よくある質問
なぜ公式を覚える必要があるのですか
覚えなくても足し算で出ます。ただし公式にすると、期間や金利を変えたときの動きが見えるようになります。
永久年金は現実にありますか
過去に発行された永久債があります。理論では、株式の配当を単純化するときにも使います。
金利が0のときはどうなりますか
公式の分母が0になるので使えません。単純に期間の数だけ足すことになります。
参考文献
- Luenberger D. G.、Investment Science、第2版、Oxford University Press、2013年
- Fabozzi F. J.、Bond Markets Analysis and Strategies、第9版、Pearson、2015年
数値例は compute.py により有理数演算で検算済み。本文中の小数は4〜8桁で丸めている。

