第7回 割引係数という一枚の表 ― 金利ではなく係数で考えると計算が消える

第7回 割引係数という一枚の表 ― 金利ではなく係数で考えると計算が消える

位置: 第2部 第7回 / 前提: 第4回、第5回 / 数学編: なし / この回でできるようになること: 割引係数の表から、確定したキャッシュフローの今日の価値を掛け算と足し算だけで計算できる

目次

0. 物語 ― 平均金利1つで置き換えると値がずれる

「先輩、この債券の現在価値を出したいんですけど、金利が毎年違うのが面倒で。3年分の金利を足して3で割った平均を使えばいいですよね」

「やってみな」

新人は言われた通りに計算します。1年目の金利が1パーセント、2年目が5パーセント、3年目が9パーセント。足して3で割れば平均は5パーセントです。3年後に届く100万円を、毎年5パーセントで3回割り引くと、今の値打ちは約86万3800円になりました。

「できました。86万3800円です」

先輩は電卓を叩いて、別の数字を出します。1年目は1パーセントで割り、2年目は5パーセントで割り、3年目は9パーセントで割る。年ごとにきちんと分けた結果は約86万5100円でした。

「1300円ずれてるだろう。平均の金利で丸めると、必ず安い側に偏る。額面が1億円なら13万円の差だぞ」

新人は首をかしげます。平均は同じ5パーセントなのに、なぜ答えが変わるのか。理由は、割引という計算が掛け算の繰り返しだからです。掛け算の世界では、足し算の平均をとっても正しい代表値にはなりません。年ごとの金利がばらつくほど、この食い違いは大きくなります。

先輩が続けます。「だから実務では、金利を何度も掛け直すんじゃなくて、あらかじめ1つの係数にまとめた表を持っておく。この表があれば、どんな入金の並びでも、係数を掛けて足すだけで今の値打ちが出る」

この「あらかじめまとめた係数の表」が、今回の主役です。表の各項目は、裁定が存在しない限りただ一つに定まります。表を正しく作れば、金利が毎年変わっても、掛け算と足し算だけで確定した将来の入金の今日の価値が求まります。

1. 動機 ― 金利を何度も掛けるのをやめて係数の表にする

この回を読み終えると、割引係数の表から、確定したキャッシュフローの今日の価値を掛け算と足し算だけで計算できます。

キャッシュフローの現在価値を求めるとき、毎回 で割る計算を繰り返すのは面倒です。金利が期ごとに違えばなおさらです。しかし、割り算の結果をあらかじめ1つの数にまとめてしまえば、現在価値の計算は「キャッシュフローにその数を掛けて足す」だけになります。

この「あらかじめまとめた数」を割引係数 と呼びます。割引係数を並べた表を1枚持っておけば、どんな確定キャッシュフローの現在価値も内積ひとつで出ます。金利の掛け算を何度もやり直す必要がなくなります。

今回は、割引係数が無裁定のもとで一意に決まること、正値性と単調性の条件、そして長い期間の割引が短い期間の積み重ねで書けることを証明します。

この記事で証明すること

  • THM-DF-1 無裁定市場では、時点 に1単位を確定して払う商品の現在価格 はただ一つに定まります。任意の確定キャッシュフローの現在価値は、この係数との内積で書けます。
  • THM-DF-2 各期の金利がすべて より大きいとき は正です。さらに金利が非負であれば は について広義単調減少します。
  • THM-DF-3 は各期の1期間割引係数の積に等しく、長い期間の割引は短い期間の割引の積み重ねで表せます。

2. 設定と仮定 ― 各期の金利が決まった世界

以下の仮定を置きます。どの仮定がどの定理で効くかを見るために、すべて書き出します。

  • 金利は確定的: 各期の金利 は確定していて、時点だけの関数です。状態には依存しません。
  • 貸借の対称性: 同一の金利で貸すことも借りることもできます。
  • キャッシュフローは確定的: キャッシュフロー は確定していて、状態に依存しません。
  • 摩擦なし: 取引コスト、税、信用リスクはありません。
  • 複利は年1回: 時点 から にかけて1単位を預けると になります。

1期間割引係数を と定義します。これは「時点 の1単位を時点 の価値に換算する係数」です。

累積割引係数(以下、単に割引係数)を次のように定義します。

と約束します。以上が全ての準備です。

3. 主張 ― 割引係数は一意に決まり、掛け算で伸びる

3つの定理を述べます。

定理 THM-DF-1(割引係数の一意性) 無裁定市場では、時点 に1単位を確定して払う商品の現在の価格 はただ一つに定まる。任意の確定キャッシュフロー の現在価値は

である。

(2.1) はキャッシュフローのベクトル と割引係数のベクトル の内積です。

定理 THM-DF-2(単調性と正値性) 各期の金利がすべて より大きい( for all )とき、 である。 さらに各期の金利が非負( for all )であるとき、 は について広義単調減少する。すなわち が成り立つ。

定理 THM-DF-3(乗法的な分解) は各期の1期間割引係数の積に等しい。

したがって、長い期間の割引は短い期間の割引の積み重ねで表せる。

ただし である。

(2.3) は「0から まで一気に割り引いても、途中の で切って2段階で割り引いても同じ」という意味です。これは掛け算の結合法則そのものです。

証明を読む(読まなくても記事は完結します)

4. 証明 ― 係数がずれたら裁定になることを見る

この節は読まなくても記事は完結します。

THM-DF-1 の証明

時点 に確定的に1単位を受け取る商品を考えます。この商品の時刻0での価格を とします。 が (1.1) の と異なるとき、裁定が生じることを示します。

の場合。

この商品を1単位売り、得た を金利 で1期間運用します。さらに各期末に元利合計を次の期の金利で運用し続けます。

  • 時刻0: 商品を売って を受け取り、コストは0です。手元に が残ります。
  • 時刻 : 運用の結果、手元には があります。商品の支払い義務は1単位です。

利益は次のようになります。

という仮定から なので、利益は正です。元手ゼロで確定利益を得ており、裁定です。

の場合。

逆に、この商品を1単位買います。購入資金 は借り入れます。

  • 時刻0: を借りて商品を購入します。手出しは0です。
  • 時刻 : 商品から1単位を受け取ります。借入の返済額は です。

利益は次のようになります。

から正です。再び裁定です。

したがって無裁定のもとでは しかあり得ません。価格は一意に定まります。

現在価値の内積表現。

確定キャッシュフロー は、「時点 に 単位を受け取る商品を 単位持つ」ことと同じです。各時点の商品の価格が で一意に決まるので、線形性(値段は数量に比例し、独立な商品の値段は足し算できる)から

となります。これが (2.1) です。 ∎

THM-DF-2 の証明

正値性。

のとき です。正の数の逆数は正なので が各 について成り立ちます。正の数の有限個の積は正ですから

が得られます。

単調性。

のとき なので です。これを使って と の関係を見ます。

正値性の部分で示した通り です。また ですから

が成り立ちます。すなわち は について広義単調減少です。 ∎

THM-DF-3 の証明

(2.2) は の定義 (1.1) そのものです。定義を改めて書き下すと

であり、これは1期間割引係数の積です。

(2.3) を示します。右辺を展開すると

となります。掛け算の結合法則より、2つの積をまとめて

が得られます。「0から まで一気に」でも「0から まで、次に から まで」でも同じ結果になるのは、掛け算を分割してもまとめても値が変わらないからです。 ∎

5. 反例 ― 平均金利で代用すると答えがずれる

CEX-DF-1: 負の金利で割引係数が増加する

THM-DF-2 は「金利が非負なら は単調減少」と述べています。この「非負」の条件を外したらどうなるかを見ます。

各期の金利を , , とします。割引係数を計算すると

です。時点1から時点2にかけて割引係数が増加しています。

これは第2期の金利が であるため、 となり、「将来の1単位のほうが今の1単位より価値が高い」という状況が生じるからです。THM-DF-2 の単調性は金利の非負性に本質的に依存しており、負の金利が1期でもあれば崩れます。

CEX-DF-3: 平均金利で3年分をまとめると誤差が出る

「金利が毎期変わるなら平均を取って一定と見なせばよい」という近似を検証します。

各期の金利が , , のとき、平均は です。

真の割引係数は

です。平均金利 で計算すると

となります。3年後に100を受け取るキャッシュフローの現在価値を比べると

差は です。平均金利で代用すると、約0.13だけ現在価値を過小評価します。

これは相加平均と相乗平均の違いに由来します。掛け算の構造を持つ割引係数に対して足し算の平均を取る操作は正確ではありません。金利の散らばりが大きいほど、この誤差は拡大します。

6. 数値例 ― 3年分の係数を作って現在価値を出す

各期の金利が , , のとき、割引係数を計算します。

3つの割引係数はすべて正であり、 と単調減少しています。金利が非負なので THM-DF-2 の通りです。

乗法的な分解の検算。

を確認します。 なので

THM-DF-3 の (2.3) が成り立っています。

キャッシュフローの現在価値。

キャッシュフロー の現在価値を内積で計算します。

厳密値は です。

平均金利との比較。

平均金利は です。 一定で計算すると

平均金利による現在価値は

差は です。平均金利で代用すると現在価値を約0.19だけ過小評価します。金利が期ごとに異なるときは、割引係数を各期の金利から正しく組み立てる必要があります。

7. 次回へ ― 毎年同じ額を受け取る権利

今回の結論は「確定キャッシュフローの現在価値は割引係数との内積で書ける」でした。割引係数の表さえ持っていれば、どんなキャッシュフローでも掛けて足すだけです。

次回は、この内積が特に簡単になるケースを扱います。毎年同じ額を受け取る権利(年金)の現在価値です。キャッシュフローがすべて同じ値なら、等比数列の和の公式がそのまま閉じた式を与えます。

次のマイルストーンまであと 9 本です。

よくある質問

割引係数と金利はどう違うのですか

同じ情報を別の形で書いたものです。係数のほうが掛け算だけで済むので、計算では係数を使います。

係数が1を超えることはありますか

あります。その期の金利が負のときです。将来のお金のほうが価値が高い、という意味になります。

なぜ内積で書けるのですか

キャッシュフローを並べたものと係数を並べたものを掛けて足すからです。並びの掛け算という意味で内積と呼びます。

参考文献

  1. Luenberger D. G.、Investment Science、第2版、Oxford University Press、2013年
  2. Fabozzi F. J.、Bond Markets Analysis and Strategies、第9版、Pearson、2015年

数値例は compute.py により有理数演算で検算済み。本文中の小数は4桁で丸めている。

目次