第36回 2資産の分散投資効果 ― 相関が生むただ飯の正体

位置: 第4部 第36回 / 前提: 第29回、第35回 / 数学編: M8 / この回でできるようになること: 2資産の保有比率と相関からポートフォリオの分散を計算し、分散が最小になる比率を求めることができる
0. 物語 ― 相関が高いと分散投資が効かない
2つの資産を半分ずつ持てば、リスクは必ず下がるでしょうか。
リスクが20の資産と、リスクが30の資産があるとします。まずは空売りをせず、両方を買って持つ場合を考えます。半分ずつ組み合わせたとき、直感では20と30の間、たとえば25くらいになりそうです。実際に計算すると、2つの値動きが完全に連動している場合、リスクはちょうど25になります。20よりも大きいままです。「両方持っているから安心」とは言えません。
ところが、値動きの連動の度合いが十分に弱ければ、話は変わります。同じ2つの資産でも、連動が半分程度なら、最もリスクの小さい配分で約19.6まで下がります。片方だけ持つよりも低い数字です。ただし、買って持つだけで片方だけ持つより低くできるのは、この例では連動の度合いが3分の2を下回るときに限ります。連動が完全に近いと、組み合わせたリスクは20と30の間に収まるだけです。期待できるもうけは据え置きのまま、リスクだけが減っています。これが「ただ飯」と呼ばれる現象です。
では、ただ飯はどんなときでも食べられるのでしょうか。答えは「いいえ」です。値動きが完全に連動しているとき、つまり一方が上がれば他方も必ず同じ割合で上がり、下がるときも一緒に下がる状況では、買って持つ組み合わせのリスクは20と30をつなぐ平均にしかならず、分散によってリスクが減る効果は一切ありません。なお、片方を空売りする取引まで許せば、完全に連動していても理屈の上ではリスクをゼロにできます。しかしこの例では、そのときの期待できるもうけはマイナスになってしまいます。そして厄介なことに、普段は連動が弱い2つの資産でも、市場の急落時には急に連動を強めることがあります。平常時の連動の度合いで計算すると最小リスクは約18.7ですが、下落時に連動が強まると同じ配分のまま約21.4に悪化します。リスクを抑えたいまさにそのときに、分散投資の効果が薄れてしまうのです。
この回では、2つの資産の組み合わせでリスクがどう決まるかの公式を導き、連動の度合いと曲線の形の関係を証明します。
1. 動機 ― 組み合わせるとなぜリスクが減るのか
この回を読み終えると、2資産の保有比率と相関からポートフォリオの分散を計算し、分散が最小になる比率を求めることができます。
「どれだけ減るのか」「必ず減るのか」「減らない場合はあるのか」を答えるには、分散の計算を1行ずつ追う必要があります。今回はポートフォリオの分散の公式を導出し、最小分散の保有比率を閉じた式で求め、相関係数が曲線の形をどう変えるかを証明します。この3つだけで「ただ飯」の正体が見えます。ただ飯とは、期待収益率を下げずにリスクだけを下げられる現象のことです。相関が1未満であれば必ず起きます。
この記事で証明すること
- THM-DV-1 2資産ポートフォリオの分散は、各分散の加重2乗和に相関項を加えた形で書けます。
- THM-DV-2 分散を最小にする保有比率は、分散と共分散から閉じた式で求まります。
- THM-DV-3 相関が1のとき組み合わせの集合は直線になり、1未満のとき左に膨らむ曲線になります。相関が
のときは分散を0にできます。
2. 設定と仮定 ― 2資産と相関
以下の仮定を置きます。
- 2つの資産の期待収益率を
、標準偏差を (いずれも正)、相関係数を ( )とする。 - 資産1の保有比率を
、資産2の保有比率を とする。 。空売りも許すので は任意の実数を取りうる。 - 1期間だけを考える。
- 数値に単位は付けない。
ポートフォリオの収益率を
分散が線形に混ざるかどうかが、分散投資の本質です。
この節のまとめ:ポートフォリオの期待収益率は保有比率の1次関数ですが、分散はそうとは限りません。
3. 主張 ― 相関が1未満なら必ず膨らむ
定理 THM-DV-1(2資産の分散) ポートフォリオの分散は
である。
定理 THM-DV-2(最小分散の保有比率)
または のとき(すなわち分母が0でないとき)、 を最小にする保有比率は である。
定理 THM-DV-3(相関と曲線の形) 横軸を
、縦軸を とした平面において、 (a)
のとき、 のポートフォリオの集合は2点を結ぶ直線になる。 (b)
のとき、 のポートフォリオの集合は、(a) の直線の左側に膨らむ曲線になる。 (c)
のとき、 となる が存在し、リスクを完全に消せる。
証明を読む(読まなくても記事は完結します)
4. 証明 ― 分散を保有比率で微分する
この節は読まなくても記事は完結します。
この証明を追いたい人は、数学編 第8回「二次形式と正定値性」へ。
THM-DV-1 の証明
両辺を2乗して期待値を取ります。2乗の展開で3つの項が出ます。
第1項は
これが (2.1) です。 ∎
THM-DV-2 の証明
(2.1) を
各項の由来を説明します。第1項は
(3.1) を0と置いて
分母
2階微分を確認します。
上で示したように分母は正なので、2階微分は正です。よって
THM-DV-3 の証明
(a)
(2.1) に
因数分解できました。
(b)
ただしこの不等式は
(c)
(2.1) に
5. 反例 ― 相関が1なら効果は無い
CEX-DV-1: 相関が1のとき分散低減は起きない
これは標準偏差の加重平均そのものです。2つの資産の標準偏差は 0.2 と 0.3 ですから、0.25 はその間にあるだけで、どちらか一方よりも小さくなっていません。リスクが「節約」されていないのです。
相関が1ということは、2つの資産が完全に連動するということです。上がるときは両方上がり、下がるときは両方下がります。組み合わせても、片方だけ下がって相殺してくれる状態が起きないので、分散は低減しません。
ただし、これは
CEX-DV-2: 最小分散ポートフォリオが最良とは限らない
- 期待収益率
- 標準偏差
一方、資産2を100%保有すると
- 期待収益率
- 標準偏差
最小分散ポートフォリオはリスクが最も低い(0.1964 対 0.30)ですが、期待収益率は 0.0657 にとどまり、資産2の 0.10 を大きく下回ります。「リスクが一番小さい」ことと「一番良い」ことは違います。目的に応じて、最小分散より右側(リスクは高いが収益率も高い)の組み合わせを選ぶことがあります。
CEX-DV-3: 相関は安定していない
平常時の相関が
ところが市場が下落し、相関が
分散投資の効果は、相関が低いという前提に依存しています。その前提が壊れるのは、まさにリスクを抑えたい下落局面であることが多い、という点が実務上の課題です。
この節のまとめ:相関が1なら分散低減は起きず、最小分散は収益率で劣り、相関自体が不安定であることが分散投資の限界です。
6. 数値例 ― 相関を変えながら曲線を描く
| 0.0 | 0.1000 | 0.3000 |
| 0.2 | 0.0920 | 0.2800 |
| 0.4 | 0.0840 | 0.2600 |
| 0.6 | 0.0760 | 0.2400 |
| 0.8 | 0.0680 | 0.2200 |
| 1.0 | 0.0600 | 0.2000 |
| 0.0 | 0.1000 | 0.3000 |
| 0.2 | 0.0920 | 0.2623 |
| 0.4 | 0.0840 | 0.2307 |
| 0.6 | 0.0760 | 0.2078 |
| 0.8 | 0.0680 | 0.1970 |
| 1.0 | 0.0600 | 0.2000 |
最小分散ポートフォリオ:
| 0.0 | 0.1000 | 0.3000 |
| 0.2 | 0.0920 | 0.2433 |
| 0.4 | 0.0840 | 0.1970 |
| 0.6 | 0.0760 | 0.1697 |
| 0.8 | 0.0680 | 0.1709 |
| 1.0 | 0.0600 | 0.2000 |
最小分散は
| 0.0 | 0.1000 | 0.3000 |
| 0.2 | 0.0920 | 0.2000 |
| 0.4 | 0.0840 | 0.1000 |
| 0.6 | 0.0760 | 0.0000 |
| 0.8 | 0.0680 | 0.1000 |
| 1.0 | 0.0600 | 0.2000 |
相関の変化と最小標準偏差の悪化
相関が
この節のまとめ:相関が1未満であれば曲線は必ず直線の左に膨らみ、低いほど分散低減効果は大きくなります。
7. 次回へ ― 資産数を増やして一般化する
今回は2資産に限定して、分散の公式・最小分散の保有比率・相関と曲線の形の3つを証明しました。次回(第37回)では資産数を
次のマイルストーンまであと 6 本です。
よくある質問
ただ飯とはどういう意味ですか
期待収益率を下げずにリスクだけ下げられる、という意味です。相関が1未満なら必ず起きます。
相関がマイナスの資産を探せばいいのですか
理論上はそうですが、安定してマイナスの相関を保つ組み合わせはほとんどありません。
最小分散が一番良い組み合わせですか
リスクだけを見ればそうですが、期待収益率が低くなることが多いので、目的次第です。
参考文献
- Markowitz H.、Portfolio Selection、The Journal of Finance、1952年、DOI 10.2307/2975974
- Luenberger D. G.、Investment Science、第2版、Oxford University Press、2013年
数値例は compute.py により有理数演算で検算済み。本文中の小数は4桁で丸めている。

