第40回 シャープレシオ ― 1単位のリスクあたりいくら稼いだか

第40回 シャープレシオ ― 1単位のリスクあたりいくら稼いだか

位置: 第4部 第40回 / 前提: 第32回、第38回 / 数学編: なし / この回でできるようになること: 運用成績のシャープレシオを計算し、その数字だけで運用を比べると誤る場面を見分けることができる

目次

0. 物語 ― シャープレシオが高いのに大損する戦略

前回まで、リスクとリターンの関係を効率的フロンティアという形で整理しました。この結果は、別の面からも見ることができます。「リスク1単位あたり、どれだけ余分に稼いだか」という1つの数字に凝縮するのです。この数字がシャープレシオです。

ある運用担当者が、10年分の成績表を持ってきたとします。毎日コツコツと小さな利益を積み上げ、年率に換算したシャープレシオは1.77です。一般に0.5を超えれば優秀とされるこの指標で1.77は、驚くほど高い数字です。上司はこの担当者を「うちのエース」と評価しました。

ところが成績表をよく見ると、10年のあいだに4回だけ、1日で15パーセントを失う急落が起きていました。平常時だけを切り取れば確かに優秀ですが、急落を含めた10年間の通算で計算し直すと、シャープレシオは0.27にまで落ちます。平常時の6分の1以下です。

なぜこんなことが起きるのでしょうか。シャープレシオは超過収益の平均をばらつきの大きさで割った数字です。ばらつきの大きさは、毎日の成績が平均からどれだけ離れているかの平均的な幅で測ります。10年で4回の急落は、2500日あまりのデータの中ではごく少数派です。それでも1回の損失が桁違いに大きいので、急落を含めるとばらつきの大きさは平常時の約2倍に広がり、1日あたりの平均の収益は約3分の1に縮みます。分母が増えて分子が減るので、数字は大きく下がります。逆に、急落が1回も起きていない期間だけの成績表では、この危険はばらつきにまったく現れません。数年に一度しか起きない損失は、たまたまその期間に起きていなければ見えないので、数字は高いままです。

この回では、シャープレシオの定義と基本的な性質を証明したうえで、この指標だけで運用の良し悪しを判断すると見落とす場面を、数値で確かめます。

1. 動機 ― 運用成績をどう比べるか

この回を読み終えると、運用成績のシャープレシオを計算し、その数字だけで運用を比べると誤る場面を見分けることができます。

リターンが高い運用と低い運用があるとき、高いほうが優れているとは限りません。大きなリスクを取った結果の高リターンと、小さなリスクで得た低リターンを、数字だけで並べても比較になりません。

必要なのは「リスク1単位あたりにどれだけ超過収益を得たか」という尺度です。これがシャープレシオです。

定義は驚くほど単純で、超過収益の平均を標準偏差で割るだけです。しかしこの単純な比には、無リスク資産との配分を変えても値が変わらないという重要な性質があります。これは資本市場線の傾きと直結しています。今回はこの性質を証明し、さらに指標としての限界も数値で確認します。

この記事で証明すること

  • THM-SR-1 接点ポートフォリオのシャープレシオは、無リスク資産を含むすべての組み合わせの中で最大です。
  • THM-SR-2 無リスク資産とリスク資産の配分比率を変えても、シャープレシオは変わりません。
  • THM-SR-3 リターンが独立同分布なら、シャープレシオは期間の平方根に比例して大きくなります。

2. 設定と仮定 ― 超過収益を標準偏差で割る

以下の仮定を置きます。

  • リターンは独立同分布で、平均と分散は有限
  • 無リスク金利 は確定
  • 年率換算には営業日数 252 を使う
  • 数値に単位は付けない

リスク資産の期待収益率を 、収益率の標準偏差を とします。シャープレシオ は次で定義されます。

分子 は無リスク金利を超えた部分、すなわち超過収益です。分母 はリスクの大きさです。比を取ることで、リスクの量が違う運用を同じ土俵に載せます。

ここで、無リスク資産とリスク資産を混ぜたポートフォリオを考えます。リスク資産の比率を ()、無リスク資産の比率を とすると、ポートフォリオの期待収益率と標準偏差は

です。 は、無リスク資産の標準偏差がゼロであり、リスク資産との共分散もゼロだから成り立ちます。

このポートフォリオを 平面に描くと、 と を結ぶ直線になります。この直線が資本市場線です。(2) から を消去すると

となり、資本市場線の傾きがシャープレシオそのものであることがわかります。

この節のまとめです。シャープレシオは超過収益を標準偏差で割った比であり、資本市場線の傾きに一致します。

3. 主張 ― 配分を変えても変わらない

定理 THM-SR-1(資本市場線の傾き) 接点ポートフォリオのシャープレシオは、無リスク資産を含むすべての組み合わせの中で最大である。

資本市場線は、無リスク資産の点 から効率的フロンティアへの接線です。接点ポートフォリオとは、この接線がフロンティアに触れる点のポートフォリオです。資本市場線上の任意の点は、接点ポートフォリオと無リスク資産の混合で表されます。(3) が示す通り、この直線の傾きは接点ポートフォリオのシャープレシオです。

効率的フロンティア上の他の任意のリスク資産ポートフォリオについて、 からそのポートフォリオへ引いた直線の傾きは、接線である資本市場線の傾き以下です。したがって接点ポートフォリオのシャープレシオが最大です。

定理 THM-SR-2(無リスク資産との配分で不変) 無リスク資産とリスク資産の配分比率を変えても、シャープレシオは変わらない。

定理 THM-SR-3(期間換算) リターンが独立同分布なら、シャープレシオは期間の平方根に比例して大きくなる。

この節のまとめです。3つの定理は、シャープレシオが配分比率によらない頑健な指標であること、そして期間をまたいだ比較には平方根換算が必要であることを述べています。

証明を読む(読まなくても記事は完結します)

4. 証明 ― 比の定義から出す

この節は読まなくても記事は完結します。

THM-SR-1 の証明

効率的フロンティア上の任意のポートフォリオを とします。 からこの点へ引いた直線の傾きは

です。接点ポートフォリオ は、 からフロンティアへの接線の接点です。凹型のフロンティア曲線に対して原点 から引いた接線の傾きは、原点とフロンティア上の点を結ぶ直線の傾きの中で最大になります。フロンティアは 平面で上に凸な曲線であり、接線はこの曲線の上側に位置するためです。

したがって任意の に対して

が成り立ちます。右辺が接点ポートフォリオのシャープレシオですから、これが最大です。 ∎

THM-SR-2 の証明

リスク資産の比率を とします。(2) より、混合ポートフォリオのシャープレシオは

です。分子に (2) の第1式を代入します。配分の定義から なので

分母は (2) の第2式そのもので です。したがって

を仮定しているので の約分は正当です。配分比率 が消えたので、シャープレシオは配分によりません。 ∎

THM-SR-3 の証明

1期間のリターンを ()とし、各 は独立同分布で 、 とします。 期間の合計リターンは です。

独立性より、 期間の期待値と分散は

期待値の加法性は独立性がなくても成り立ちますが、分散の加法性には独立性(より正確には無相関性)が必要です。共分散がゼロであることを使っています。

期間の無リスク収益も に比例するので、 期間のシャープレシオは

分子は に比例し、分母は に比例するので、全体として に比例します。 ∎

5. 反例 ― 稀な大損は指標に現れない

反例 CEX-SR-1: 平常時のシャープレシオは高く見える

シャープレシオが高いからといって、良い運用であるとは限りません。稀に大損失が起きる戦略を考えます。

2520 日(約10年分)の日次リターンを生成します。平常時は年率約 10% の小さな正のリターンが毎日発生しますが、確率 (年に約1回)で の急落が起きます。シミュレーションでは 4 回のクラッシュが発生しました。

平常時(クラッシュを除く)の日次シャープレシオを年率換算すると 1.7652 です。これは極めて優秀な値に見えます。しかしクラッシュを含めた全期間の年率シャープレシオは 0.2717 に落ちます。

クラッシュは 2520 日のうち 4 日しかありませんが、1回の損失が大きいため、含めると日次標準偏差は 0.003190 から 0.006782 へ約2倍になり、日次平均リターンは 0.000355 から 0.000116 へ約3分の1に下がります(「6. 数値例」の表)。つまり大きな損失は、標本に入りさえすれば標準偏差にもはっきり現れます。問題は、稀にしか起きないために、観測した期間にクラッシュが1回も含まれないことがありうる点です。その期間のデータだけから計算したシャープレシオは平常時の値に近く、高く見えます。クラッシュを含めて初めて実態が数字に出ます。

反例 CEX-SR-2: 自己相関があると平方根換算がずれる

THM-SR-3 は独立同分布を仮定しています。日次の超過収益率が平均 のまわりで自己相関 を持つ系列を、252日の年を 20000 年分生成します。平均をゼロにするとシャープレシオ自体がゼロになり、換算のずれが見えなくなるので、正の平均を置いています。

日次シャープレシオは で、平方根換算した年率値は です。しかし実際に252日ブロックで年率シャープレシオを計算すると となり、平方根換算の値を大きく下回ります。自己相関を入れた分散の公式から出る理論値も、平方根換算が 、実際の年率が で、同じ向きにずれます。

正の自己相関があると、日次リターンの累積が単純な 倍よりも大きく振れるため、年率の標準偏差が 倍では過小評価されます。独立性の仮定が崩れると、(5) の換算式は成り立ちません。

反例 CEX-SR-3: 同じシャープレシオでも損失の分布が違う

平均と標準偏差が同じになるように調整した2つの戦略を比べます。

  • 戦略 A: 正規分布に従うリターン。歪度は (ほぼ対称)。
  • 戦略 B: 負に歪んだ分布のリターン。歪度は 。

両者のシャープレシオはともに 0.0307 で一致します。しかし損失の分布は大きく異なります。下位5パーセンタイルは戦略 A が 、戦略 B が です。最大損失は戦略 A が に対し、戦略 B は と2倍以上の深さです。

シャープレシオは平均と標準偏差だけで計算されるため、分布の形(歪み)を区別しません。同じシャープレシオでも、テールリスクの大きさは全く異なり得ます。

この節のまとめです。シャープレシオは万能の指標ではなく、稀な大損失、自己相関、分布の歪みという3つの場面で指標としての限界が現れます。

6. 数値例 ― 年率シャープレシオを計算する

年率期待収益率 、年率標準偏差 、無リスク金利 のリスク資産を考えます。

厳密値は です。

配分を変えても不変であることの確認

リスク資産の比率 ポートフォリオ ポートフォリオ シャープレシオ
0.25 0.035 0.0375 0.4
0.5 0.05 0.075 0.4
0.75 0.065 0.1125 0.4
1.0 0.08 0.15 0.4

どの配分でもシャープレシオは 0.4 のまま変わりません。

日次シャープレシオの年率換算

年率シャープレシオ 0.4 を日次に直すと

です。逆に日次値から年率に戻すと となり、元に戻ります。

稀に大損する戦略の二面性

平常時のみ 全期間(クラッシュ含む)
日次平均リターン 0.000355 0.000116
日次標準偏差 0.003190 0.006782
年率シャープレシオ 1.7652 0.2717

平常時だけを見ると優秀に見える戦略が、クラッシュを含めると大幅に低下します。

この節のまとめです。数値例により、シャープレシオの配分不変性、期間換算、そして稀な大損が指標に与える影響を確認しました。

7. 次回へ ― ベータ1本では足りない

今回のシャープレシオは、リスクを標準偏差という1つの数字で測りました。ポートフォリオのリスクが市場全体の動きにどれだけ連動しているかを分解するのが、次回のテーマです。

第41回では、市場ポートフォリオとの共分散(ベータ)1本で説明しきれないリターンの部分に注目し、複数のリスク要因で分解するマルチファクターモデルを扱います。

次のマイルストーンまであと 2 本です。

よくある質問

シャープレシオはいくつあれば良いのですか

目安はありますが、比べる相手と期間をそろえないと意味を持ちません。

なぜ標準偏差で割るのですか

同じリスク量あたりの成果に揃えるためです。ただし標準偏差は損失の形を区別しません。

高いほど安全ですか

違います。稀な大損失は、それが起きていない期間のデータには現れないので、その期間だけで計算すると高く見えることがあります。

参考文献

  1. Sharpe W. F.、The Sharpe Ratio、The Journal of Portfolio Management、1994年、DOI 10.3905/jpm.1994.409501
  2. Luenberger D. G.、Investment Science、第2版、Oxford University Press、2013年

数値例は compute.py により検算済み。シミュレーション部分は乱数シード固定で再現可能。

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