第39回 CAPM とベータ ― 期待収益率を一本の直線に載せる

第39回 CAPM とベータ ― 期待収益率を一本の直線に載せる

位置: 第4部 第39回 / 前提: 第33回、第38回 / 数学編: M7 / この回でできるようになること: 資産のベータを計算し、CAPM が期待リターンについて何を主張し何を主張していないかを説明できる

目次

0. 物語 ― ベータが高いのに収益率が低い

ここまでの道のりを振り返ってみましょう。第33回でリスクとリターンの関係を整理し、第38回では複数の資産を組み合わせたときに描ける効率的フロンティアと、無リスク金利から引ける最も傾きの大きな直線を求めました。ポートフォリオ全体で見れば、リスクが大きいほどリターンが高いという関係がきれいに成り立ちます。

では個別の資産ではどうでしょうか。ある資産のリスクが大きいとき、それだけで高い期待収益率が約束されるのでしょうか。

2つの資産を比べてみます。どちらも市場全体と連動する度合いは同じです。ただし、市場と無関係に上下する固有の振れ幅が異なります。片方は小さく、もう片方はその5倍です。全体のリスクを標準偏差で測ると、片方が約20%、もう片方が約31%です。リスクが6割も大きい資産のほうが、高い期待収益率を持つのでしょうか。

答えは「いいえ」です。どちらの期待収益率も約12.4%で、まったく同じになります。市場と無関係な振れ幅をいくら積み増しても、その分の報酬は一切付きません。分散投資で消せるリスクには、市場は対価を払わないからです。

この回では、期待収益率を決めるのは「市場全体との連動の度合い」というたった一つの数値だけであること、そして固有の変動がどれだけ大きくても期待収益率には影響しないことを証明します。

1. 動機 ― 期待収益率を決める要因は何か

この回を読み終えると、資産のベータを計算し、CAPM が期待リターンについて何を主張し何を主張していないかを説明できます。

ある資産の期待収益率が高い理由は何でしょうか。直感的には「リスクが大きいから」と答えたくなります。しかし第38回で見たように、投資家は個別の資産ではなくポートフォリオ全体のリスクと期待収益率を見て意思決定をします。ポートフォリオに組み入れたとき、ある資産がリスクをどれだけ増やすかは、その資産単体の分散ではなく、他の資産との共分散で決まります。

では、ポートフォリオのリスクへの寄与だけが期待収益率を説明するのでしょうか。全員が同じ推定値を使い、無リスク金利で自由に貸し借りできる市場では、その答えは「はい」です。しかも寄与の度合いはたった一つの数値 ― ベータで測れます。

今回の目標は、ベータの定義と、期待収益率がベータだけの1次関数になること(証券市場線)を証明することです。

この記事で証明すること

  • THM-CAPM-1 市場が均衡しているとき、任意の資産の期待超過収益率は、ベータに市場の期待超過収益率を掛けたものに等しいです(証券市場線)。
  • THM-CAPM-2 ベータは資産と市場の共分散を市場の分散で割った量であり、市場ポートフォリオの分散に対するその資産の限界寄与を測ります。
  • THM-CAPM-3 資産の分散のうち市場と無相関な部分(固有リスク)は、期待収益率に一切寄与しません。

2. 設定と仮定 ― 全員が同じ情報を持つ市場

証券市場線を導くために、次の仮定を置きます。

  • 同質的期待: 全員が同じ期待収益率ベクトルと共分散行列を推定します。
  • 無リスク金利での自由な貸借: 誰でも金利 で自由に貸し借りできます。
  • 摩擦なし: 取引コストと税はありません。1期間だけを考えます。
  • 市場ポートフォリオ: 全資産を時価総額比で持ったポートフォリオを と書きます。

同質的期待のもとでは、全員が同じ効率的フロンティアを見ます。第38回で示したように、無リスク金利で貸し借りできるとき、効率的フロンティア上で最も傾きが大きい点 ― 接点ポートフォリオ ― を全員が選びます。

全員が同じ接点ポートフォリオを持つなら、市場全体を合算したポートフォリオもその接点ポートフォリオと同じ構成になります。したがって市場ポートフォリオ は接点ポートフォリオそのものです。これが均衡の意味です。

以下では 個のリスク資産の期待収益率ベクトルを 、共分散行列を 、市場ポートフォリオのウエイトベクトルを と書きます。市場の期待収益率は 、分散は です。

この節のまとめ: 全員が同じ推定値を持ち、無リスク金利で自由に貸し借りできるとき、市場ポートフォリオは接点ポートフォリオと一致します。

3. 主張 ― 期待収益率はベータだけで決まる

定理 THM-CAPM-2(ベータの定義と意味) 資産 のベータを

と定義する。 は、市場ポートフォリオのウエイト を微小に増やしたとき、市場ポートフォリオの分散がどれだけ増えるかの限界寄与を測る量である。

定理 THM-CAPM-1(証券市場線) 市場が均衡しているとき、任意の資産 について

が成り立つ。すなわち、期待超過収益率はベータと市場の期待超過収益率の積に等しい。

定理 THM-CAPM-3(分散可能な部分は報われない) 資産 の収益率を

と分解する。 は市場と無相関な固有変動であり、 である。すなわち、 の分散は期待収益率に一切寄与しない。

(3.2) は証券市場線 (Security Market Line, SML) と呼ばれます。横軸に 、縦軸に をとると、全ての資産がひとつの直線の上に載ります。切片は 、傾きは です。

この節のまとめ: 期待超過収益率はベータだけの1次関数です。資産固有の変動は期待収益率に影響しません。

証明を読む(読まなくても記事は完結します)

4. 証明 ― 接点ポートフォリオの条件から導く

この節は読まなくても記事は完結します。

この証明を追いたい人は、数学編 第7回「ベクトル、行列、内積」へ。

THM-CAPM-2 の証明(ベータは限界寄与)

市場ポートフォリオのウエイトを とします。市場の分散は

ここで は の 成分です。 で偏微分すると、(共分散行列の対称性)を使って

なぜなら、 だからです。

したがって、ウエイト を微小に増やしたときの分散の変化率は であり、 で正規化すると

は市場ポートフォリオの分散に対する資産 の限界寄与を測る量です。 ∎

THM-CAPM-1 の証明(証券市場線)

市場ポートフォリオが接点ポートフォリオであることを使います。第38回で導いたように、接点ポートフォリオ は次のラグランジュ条件を満たします。

ここで はラグランジュ乗数、 は全成分が1のベクトルです。(4.2) の意味は、接点ポートフォリオでは各資産の限界リスク寄与が期待超過収益率に比例する、ということです。

(4.2) の 行目を書き下すと

左辺は そのものです。したがって

を消すために、(4.2) の両辺に を左から掛けます。

左辺は 、右辺の は ( なので)です。したがって

(接点ポートフォリオの期待収益率は無リスク金利より高い)ので が確認でき、

(4.4)

両辺を で割ると

左辺は の定義 (3.1) そのものです。したがって

これが証券市場線 (3.2) です。 ∎

THM-CAPM-3 の証明(固有リスクは報われない)

(3.3) の分解を構成します。 を

で定義します。期待値を取ると、証券市場線 (3.2) から

との共分散を計算します。共分散の線形性により

を代入すると

は市場収益率と無相関です。

この分解から、資産 の全分散は

と書けます。第1項は市場リスク(体系的リスク)、第2項は**固有リスク(非体系的リスク)**です。証券市場線 (3.2) は だけに依存するので、 がどれだけ大きくても期待収益率には影響しません。 ∎

この節のまとめ: 接点ポートフォリオの最適性条件から証券市場線を導きました。固有リスクは分散投資で消せるため、均衡では報酬が付きません。

5. 反例 ― 固有の変動は報われない

CEX-CAPM-1: ベータが同じでも固有変動は異なりうる

ベータが同じ2つの資産 A、B を考えます。ともに ですが、固有変動の標準偏差が異なります。

  • 資産 A: 、固有標準偏差
  • 資産 B: 、固有標準偏差

証券市場線から、両者の期待収益率を計算します。市場の期待超過収益率は 6.9634% ですので

期待収益率は同じです。しかし全分散は大きく異なります。(4.7) を使うと

資産 B は A の約1.6倍のリスク(標準偏差)を負っていますが、追加のリスクは全て固有変動であり、分散投資で消せます。したがって均衡では、追加のリスクに報酬は付きません。

実現収益率は大きくばらつきます。資産 B の実現収益率のブレ幅は A よりはるかに大きくなります。しかし期待収益率は同じです。これが「固有リスクは報われない」という主張の具体的な意味です。

CEX-CAPM-2: 推定値が分かれると証券市場線は1本にならない

THM-CAPM-1 の前提は「全員が同じ期待収益率と共分散行列を推定する」ことでした。この仮定が崩れるとどうなるかを見ます。

投資家 X と Y が同じ3資産を見ていますが、期待収益率の推定が異なります。

資産1 資産2 資産3
X の推定 5% 10% 15%
Y の推定 8% 6% 14%

共分散行列は同じとします。各自が自分の推定値で接点ポートフォリオを計算すると

資産1 資産2 資産3
X の接点ウエイト 46.34% 28.05% 25.61%
Y の接点ウエイト 86.06% % 17.78%

接点ポートフォリオが異なるので、「市場ポートフォリオ」も人によって異なります。各自のベータも変わります。

資産1 資産2 資産3
X のベータ 0.4308 1.1489 1.8669
Y のベータ 0.8399 0.5599 1.6797

X の世界では資産2のベータが1を超えますが、Y の世界では1を下回ります。証券市場線が1本に定まらないため、「正しい」期待収益率が一意に決まりません。同質的期待の仮定が CAPM の成立に不可欠であることが、数値で確認できます。

CEX-CAPM-3: 市場の代理を変えるとベータが変わる

真の市場ポートフォリオは、不動産、人的資本、未上場株式など全ての資産を含みます。現実にはこれを観測できないので、株価指数で代用します。代用(プロキシ)を変えるとベータが変わることを確認します。

  • 真の市場: 3資産をウエイト で保有
  • 代理ポートフォリオ: 資産1と2を等ウエイト で保有
資産1 資産2 資産3
真のベータ 0.4308 1.1489 1.8669
代理のベータ 0.5000 1.5000 0.7000

資産3は真の市場に対してはベータ 1.8669 ですが、代理に対しては 0.7000 です。代理に含まれていない資産3は、代理との共分散が小さくなるため、ベータが大きく下がります。証券市場線を代理で引くと、真の関係からずれます。これは「ロールの批判」として知られる問題です。

この節のまとめ: 同質的期待・無リスク金利での自由な貸借・市場ポートフォリオの観測可能性のいずれが崩れても、証券市場線は成り立たなくなります。

6. 数値例 ― 3資産のベータと期待収益率を出す

第38回と同じ3資産を使います。

資産1 資産2 資産3
期待収益率 5% 10% 15%
標準偏差 10% 20% 30%

相関は 、、。無リスク金利 。

市場ポートフォリオ(第38回の接点ポートフォリオ)は

市場の期待収益率は 、標準偏差は です。

各資産のベータを (3.1) で計算します。 を求めてから で割ります。

資産 SML から出る
1 0.006805 0.4308 5.0%
2 0.018146 1.1489 10.0%
3 0.029488 1.8669 15.0%

SML からの期待収益率は です。4列目の値は、最初に与えた期待収益率と一致します。均衡のもとでは、SML は恒等的に成り立つことの確認です。

ベータが0の資産: を (3.2) に代入すると です。市場と無相関な資産の期待収益率は無リスク金利に一致します。

市場ポートフォリオ自身のベータ: です。ウエイトで加重した も確認できます。

この節のまとめ: 3資産のベータを計算し、証券市場線の成立と、ベータ0の資産の期待収益率が無リスク金利に一致することを数値で確認しました。

7. 次回へ ― 運用成績の測り方

今回の結論は「期待収益率を決めるのはベータだけ」でした。言い換えると、高い期待収益率を得るには高いベータ(市場リスクへの曝露)を引き受けるしかありません。

ではファンドマネージャーの腕をどう測ればよいでしょうか。単純に収益率を比べると、単にベータが高いファンドが上位に来ます。市場リスクへの曝露の分を差し引いて、正味の運用能力を測る指標が必要です。次回(第40回)では、そのための道具を導入します。

次のマイルストーンまであと 3 本です。

よくある質問

ベータが高い株を買えば儲かりますか

期待収益率は高くなりますが、その分だけ下落も大きくなります。ただ乗りではありません。

CAPM は現実に当てはまりますか

実証的には説明力が限られています。それでも考え方の基準として広く使われています。

市場ポートフォリオとは何ですか

すべての資産を時価総額比で持ったものです。現実には観測できないので、指数で代用します。

参考文献

  1. Sharpe W. F.、Capital Asset Prices ― A Theory of Market Equilibrium under Conditions of Risk、The Journal of Finance、1964年、DOI 10.2307/2977928
  2. Luenberger D. G.、Investment Science、第2版、Oxford University Press、2013年

数値例は compute.py により有理数演算で検算済み。本文中の小数は4桁で丸めている。

目次