第38回 無リスク資産と資本市場線 ― 全員が同じ株式ポートフォリオを持つ

第38回 無リスク資産と資本市場線 ― 全員が同じ株式ポートフォリオを持つ

位置: 第4部 第38回 / 前提: 第37回 / 数学編: なし / この回でできるようになること: 無リスク資産を加えたときの資本市場線と接点ポートフォリオを計算できる

目次

0. 物語 ― 借りる金利が高いと直線が折れる

スーパーで買い物をするとき、品物の組み合わせが決まっていれば、あとは「いくら分買うか」を決めるだけです。手持ちが多い人はたくさん買い、少ない人は少しだけ買う。品物の中身は同じです。

株の投資でも同じことが起きます。安全に預けられる預金と、値動きのある3つの株があるとしましょう。預金の金利が年2パーセントだとすると、3つの株をどんな比率で持つのが一番お得かは、計算で1つに決まります。堅実な人は資金の大半を預金に回し、株は少しだけ持つ。積極的な人は預金を取り崩して株を多めに持つ。でも、株の中身――1番目を約46パーセント、2番目を約28パーセント、3番目を約26パーセント――は全員同じです。違うのは、預金と株の配分だけです。

ところが、現実の銀行は預金の金利より借入の金利のほうが高いものです。借入金利が年4パーセントだとすると、話が変わります。お金を預ける人が見る最適な株の中身と、お金を借りて株を買う人が見る最適な中身が食い違うのです。借りる側で計算し直すと、1番目の株は約8パーセントに減り、2番目と3番目が約46パーセントずつに入れ替わります。

預ける金利と借りる金利が同じなら、株の組み合わせは全員共通です。この「全員同じ」という結論がどこから来るのか、そしてどの仮定を崩すと壊れるのかを、この回で確かめます。

1. 動機 ― 安全資産を混ぜると選択肢はどう変わるか

この回を読み終えると、無リスク資産を加えたときの資本市場線と接点ポートフォリオを計算できます。

第37回では、リスク資産だけで作れる組み合わせの境界線――効率的フロンティア――を描きました。フロンティアの形は双曲線の右半分で、投資家はその上から自分のリスク許容度に合った点を選ぶことになります。

しかし現実には、銀行預金や国債のように「確定した利回り」を持つ安全資産が存在します。安全資産を使えば、リスク資産を一部だけ持ち、残りを安全資産に置く、という選択が可能になります。このとき、期待収益率と標準偏差の平面で選べる領域はフロンティアの曲線からどう変わるのでしょうか。

結論を先に述べます。安全資産を混ぜた組み合わせは直線になり、その直線のうちフロンティアに接するものが最も有利です。しかも、リスク回避度がまるで違う投資家でも、保有するリスク資産の中身は全員同じです。違いは「安全資産とどれだけ混ぜるか」だけに現れます。これが分離定理です。

この節のまとめ: 安全資産を加えると、選べる領域が曲線から直線に変わり、投資家全員が同じリスク資産の組み合わせを持つことになります。

この記事で証明すること

  • THM-CML-1 安全資産と任意のリスク資産ポートフォリオを混ぜた組み合わせは、期待収益率・標準偏差の平面で直線になります。
  • THM-CML-2 安全資産から引いた直線のうち傾きが最大のものは、効率的フロンティアと1点で接します。その接点が最適なリスク資産の組み合わせです。
  • THM-CML-3 リスク回避度がどうであっても、保有するリスク資産の組み合わせは接点ポートフォリオで共通です。違いは安全資産との配分比率だけに現れます。

2. 設定と仮定 ― 無リスク資産を1つ加える

第37回の設定に安全資産を1つ加えます。仮定を書き出します。

  • 安全資産: 無リスク金利 で自由に貸し借りできます。安全資産に を置くと、1期間後に確実に になります。
  • 期待収益率ベクトルと共分散行列は既知: リスク資産 個の期待収益率ベクトル と共分散行列 (正定値)が与えられています。
  • 空売りと借入は制限なく可能: リスク資産の空売りも、安全資産のマイナス保有(借入)も許します。
  • 全員が同じ推定値を持つ: すべての投資家が同じ と を使います。異なる場合は第39回で触れます。

投資家は、リスク資産に保有比率 (合計 は1でなくてよい)を配分し、残りの を安全資産に置きます。このとき、ポートフォリオ全体の期待収益率と分散は

です。安全資産の分散はゼロなので、分散にはリスク資産の部分だけが寄与します。

この節のまとめ: 安全資産を加えたモデルでは、ポートフォリオの期待収益率に が基準として現れ、分散はリスク資産部分だけで決まります。

3. 主張 ― 組み合わせは直線になり、接点が1つ選ばれる

3つの定理を正確に述べます。

定理 THM-CML-1(直線になること) 期待収益率 、標準偏差 のリスク資産ポートフォリオ と安全資産を、比率 で組み合わせる。 のとき、組み合わせの期待収益率と標準偏差は

を満たす。これは 平面で と を通る直線である。

定理 THM-CML-2(接点ポートフォリオ) 無リスク金利 が大域的最小分散ポートフォリオの期待収益率 より小さいとする。安全資産から引ける直線のうち、傾き

を最大にするポートフォリオ は一意に存在し、効率的フロンティアと1点で接する。 の保有比率は

で与えられる。この直線を資本市場線(Capital Market Line)と呼ぶ。

定理 THM-CML-3(分離定理) リスク回避度がどうであっても、保有するリスク資産の組み合わせは で共通である。違いは安全資産との配分比率 だけに現れる。

分離定理の名前は、「どのリスク資産を持つか」と「どれだけリスクを取るか」が2つの独立な問題に分離することに由来します。

この節のまとめ: 安全資産とリスク資産の組み合わせは直線を描き、傾きが最大の直線がフロンティアに接する接点ポートフォリオを定め、全投資家がそれを共有します。

証明を読む(読まなくても記事は完結します)

4. 証明 ― 傾きを最大化する点を求める

この節は読まなくても記事は完結します。

THM-CML-1 の証明

リスク資産ポートフォリオ に比率 を、安全資産に を配分します。ポートフォリオ全体の期待収益率は、各部分の加重平均として

分散はリスク資産部分だけで決まるので、安全資産の分散ゼロを使って

のとき です。 を消去するため、(4.2) から を得ます。これを (4.1) に代入すると

これは傾き 、切片 の直線です。 平面で と を通ることは、 と を代入すれば確かめられます。 ∎

(4.3) の傾きが大きいほど、同じ に対してより高い が得られます。したがって、投資家にとって最も有利な直線は傾きが最大のものです。

THM-CML-2 の証明

傾きを最大化する問題を定式化します。リスク資産の保有比率 ()に対し、ポートフォリオ の期待収益率は 、標準偏差は です。最大化すべき傾きは

比が のスケールに依存しないことを利用します。 (4.4) は を ()に置き換えても値が変わりません。分子・分母がともに に比例するからです。そこで という制約を一旦外し、代わりに分子を定数に固定して分母を最小化する問題に置き換えます。

(4.5)

ラグランジュ未定乗数法を適用します。ラグランジアンは

で微分してゼロと置きます。 が対称なので

整理すると

は正定値なので逆行列が存在します。(4.6) は がベクトル の正のスカラー倍であることを示しています。方向が一意に定まります。

に正規化するために、 と置き

正規化には が必要です。これを定理の仮定 から確かめます。 であり、 が正定値なので です。両辺をこれで割ると は と同値になります。また (4.6) の が正であることも、 を制約 (4.5) に代入すると となることからわかります。

この仮定は外せません。 となるポートフォリオが存在するだけでは足りず、 だと になり、(3) で正規化した点は傾きを最大ではなく最小にする点(フロンティアの下半分の接点)になります。このとき傾きの上限はフロンティアの漸近線の傾きで、どのポートフォリオでも達成されません。

接点であること。 が効率的フロンティアと資本市場線の接点であることを確認します。フロンティア上の任意の点 に対し、 と を結ぶ直線の傾きは です。 はこの傾きを最大にする点なので、資本市場線はフロンティアの上に出ません。一方、 自身はフロンティア上の点(保有比率の合計が1のリスク資産ポートフォリオ)なので、フロンティアと直線が で交わります。直線がフロンティアの上に出ずに1点で触れるのですから、これは接点です。 ∎

THM-CML-3 の証明(分離定理)

資本市場線上の任意の点は、パラメータ により

と書けます(THM-CML-1 で示した通りです)。 はリスク資産への投資比率で、 なら全額安全資産、 なら全額接点ポートフォリオ、 なら安全資産を借り入れてリスク資産を超過保有します。

投資家の効用関数を とします。ただし は について増加、 について減少とします(リスクを嫌い、リターンを好む投資家です)。

資本市場線はフロンティア上の全ての点を上回るか等しい(傾き最大の直線だから)ので、投資家は資本市場線上で最も好む点を選びます。その選択は を決めることに帰着します。

具体例として、平均分散効用 ( はリスク回避度)を使います。(4.8) を代入すると

で微分して最大化条件を求めます。

したがって

は に依存しますが、保有するリスク資産の組み合わせ は に一切依存しません。 が変わるのは だけです。

リスク回避度が低い( が小さい)投資家は が大きくなり、安全資産を借り入れてでもリスク資産を多く持ちます。リスク回避度が高い投資家は が小さくなり、リスク資産の比率を下げます。しかしどちらも、リスク資産の中身は のままです。

これが分離定理です。「どの株をどの比率で持つか」は全員同じ。「株と安全資産をどう配分するか」だけが個人の好みで変わります。 ∎

5. 反例 ― 借入金利が違うと直線は折れる

CEX-CML-1: 借入と貸出が同一金利という仮定を壊す

定理の前提では、安全資産の貸出金利と借入金利が同じ でした。現実には借入金利のほうが高いのが普通です。貸出金利を 、借入金利を として、何が起きるかを見ます。

(安全資産を貸す側)のとき、直線の起点は で傾きは貸出金利から引いた最大傾きです。(安全資産を借りる側)のとき、起点は で傾きは借入金利から引いた最大傾きです。

2本の直線に対応する接点ポートフォリオは異なります。数値例の設定(第6節と同じ3資産)で計算すると

  • 貸出側の接点: 保有比率 、、、傾き
  • 借入側の接点: 保有比率 、、、傾き

借入側の傾きは貸出側より小さくなります。直線は貸出側の接点と借入側の接点の間で折れ曲がり、その区間はフロンティアの曲線そのものをたどります。接点ポートフォリオが2つに分裂し、分離定理が崩れます。投資家のリスク回避度によって、貸出側の接点を選ぶか、借入側の接点を選ぶか、あるいはその間のフロンティア上の点を選ぶかが変わるからです。

この節のまとめ: 借入金利が貸出金利より高いと直線が折れ曲がり、接点ポートフォリオが1つに定まらなくなります。

CEX-CML-2: 全員が同じ推定値を持つという仮定を壊す

2人の投資家 A と B が同じ共分散行列を使うものの、期待収益率の推定が異なるとします。

  • A:
  • B:

接点ポートフォリオを計算すると

  • A の接点:
  • B の接点:

保有比率がまるで違います。B は資産2を空売りしています。分離定理は「全員が同じ推定値を持つ」という仮定に強く依存しており、推定値が少しでもずれれば全員同じ組み合わせにはなりません。

CEX-CML-3: 安全資産が存在しないと分離定理は成り立たない

安全資産がなければ、投資家は効率的フロンティアの曲線上から直接選ぶしかありません。大域的最小分散ポートフォリオの保有比率は 、、 です。

リスク回避度 を変えてフロンティア上の最適点を計算します。

最適 最適 保有比率
2
10

と で保有比率がまったく異なります。安全資産がないと、リスク回避度によって最適なリスク資産の組み合わせ自体が変わってしまいます。分離定理は安全資産の存在に本質的に依存しています。

この節のまとめ: 借入金利の差異、推定値の不一致、安全資産の不在のいずれかがあると、分離定理は崩れます。

6. 数値例 ― 接点ポートフォリオを計算する

3資産と安全資産の数値例を示します。

設定:

  • 期待収益率:
  • 標準偏差:
  • 相関:
  • 安全資産の金利:

接点ポートフォリオ:

(3) に従い を計算し、 で正規化します。

小数では約 です。

接点ポートフォリオの期待収益率と標準偏差は

です。

資本市場線の傾き:

リスク回避度別の配分:

(4.9) を使って を計算します。

安全資産の比率
2
5
10

の投資家は安全資産を借り入れ()、リスク資産を2倍以上持ちます。 の投資家は資金の半分以上を安全資産に置きます。しかしリスク資産の中身はどちらも同じ です。これが分離定理の数値的な確認です。

借入金利を4パーセントにしたときの折れ曲がり:

借入金利 の接点は 、 にあり、貸出側の接点 、 と異なります。この2点の間で資本市場線が折れ曲がり、フロンティアの曲線をたどります。

この節のまとめ: 3資産の数値例で接点ポートフォリオの保有比率と資本市場線の傾きを確認し、リスク回避度が変わっても中身が同じであることを数値で検証しました。

7. 次回へ ― 接点を市場全体だと考える

接点ポートフォリオは、全員が同じ推定値を使う限り全員共通です。では、全員が同じものを持つなら、市場に存在する株式全体の比率と接点ポートフォリオの比率は一致するはずです。

この観察から何が出てくるか。それが第39回の主題です。接点ポートフォリオを「市場ポートフォリオ」と読み替えたとき、個別の資産の期待収益率がリスクとどう結びつくかを導きます。

次のマイルストーンまであと 4 本です。

よくある質問

全員が同じ組み合わせを持つというのは現実的ですか

推定値が全員同じ、という強い仮定の下での結論です。現実には一致しません。

リスクを取りたくない人はどうするのですか

同じ株式の組み合わせを少しだけ持ち、残りを安全資産に置きます。中身は変えません。

借入ができないとどうなりますか

直線が途中で止まります。積極的に取りたい人は接点より右に行けなくなります。

参考文献

  1. Tobin J.、Liquidity Preference as Behavior Towards Risk、The Review of Economic Studies、1958年、DOI 10.2307/2296205
  2. Luenberger D. G.、Investment Science、第2版、Oxford University Press、2013年

数値例は compute.py により有理数演算で検算済み。本文中の小数は4桁で丸めている。

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