第18回 確率変数と分布関数 ― 起こりうる世界に数字を貼る

第18回 確率変数と分布関数 ― 起こりうる世界に数字を貼る

位置: 第3部 第18回 / 前提: 第17回 / 数学編: M12, M13 / この回でできるようになること: 損益を確率変数として書き、分布関数からその損益がある値以下になる確率を読むことができる

目次

0. 物語 ― 分布が同じでも別の賭け

お祭りのくじ引きを思い浮かべてください。2つの箱があり、どちらも「当たり」と「はずれ」が1枚ずつ入っています。当たりを引けば1点、はずれなら0点です。どちらの箱も、当たる確率は2分の1、もらえる点数も同じです。見た目はまったく同じくじです。

ところが、この2つの箱を「一緒に引く」と、結果が大きく変わることがあります。

たとえば、箱Aと箱Bの中身が連動しているとします。箱Aで当たりを引く世界では箱Bも必ず当たりで、箱Aがはずれの世界では箱Bもはずれです。合計点は、当たりの世界で2点、はずれの世界で0点。0点か2点か、極端な結果にしかなりません。

もうひとつの箱Cは、箱Aと逆に動きます。箱Aが当たりの世界では箱Cがはずれ、箱Aがはずれの世界では箱Cが当たりです。合計点はどちらの世界でもぴったり1点になります。

箱Bも箱Cも、1箱だけ見れば同じくじです。当たる確率は2分の1、もらえる点数も0か1かで変わりません。それなのに、箱Aと合わせたときの合計点の散らばり方はまるで違います。一方は0か2に割れ、もう一方は確実に1です。

1枚のくじを単独で眺めているだけでは、この違いは見えません。違いが現れるのは、2つ以上のくじを組み合わせたときです。「どの世界でどう連動するか」という情報は、1枚ずつの当たりやすさだけでは捉えられないのです。

この回では、くじ引きの結果に数字を割り当てる仕組みを「確率変数」として定義し、当たりやすさのパターンを「分布関数」としてまとめます。そして、分布関数だけで決まるものと、分布関数だけでは決まらないものの境界を、数値で確かめます。

1. 動機 ― 起こりうる世界に数字を貼ると何ができるか

この回を読み終えると、損益を確率変数として書き、分布関数からその損益がある値以下になる確率を読むことができます。

第17回で、標本空間 とσ加法族 と確率測度 の三つ組を確率空間と呼ぶことを定義しました。しかし「上昇した世界 」や「下落した世界 」のままでは、足し算も引き算もできません。ペイオフを計算するには、各世界に数字を貼る仕組みが必要です。

その仕組みが確率変数です。確率変数を定義すると、「株価がいくらになるか」「コールのペイオフがいくらか」を の上の関数として扱えます。さらに分布関数を導入すると、確率変数がどんな値をどの程度取りやすいかを、ひとつの関数にまとめられます。

この回では、確率変数と分布関数の定義を述べ、分布関数の基本的な性質を証明し、単調変換のもとで分布関数がどう変わるかを示します。

この記事で証明すること

  • THM-RV-1 分布関数 は広義単調増加で右連続であり、 で 、 で に収束します。
  • THM-RV-2 確率変数の分布が同じなら、分布関数だけから定まる量(たとえば )は一致します。標本空間の取り方には依存しません。
  • THM-RV-3 が狭義単調増加で連続なとき、 の分布関数は で与えられます。

2. 設定と仮定 ― 確率変数と分布関数の定義

仮定を全て書き出します。

  • 確率空間: が与えられている。
  • 確率変数: は、各 に実数 を対応させる関数です。任意の に対して を満たす(-可測)。
  • この回で扱う確率変数は有限個の値しか取らない。これにより、可測性の条件は自動的に満たされます。
  • 分布関数: を確率変数 の分布関数と呼ぶ。右連続の定義を採用する。
  • 記法: 確率変数は大文字のイタリック()、実現値は小文字()で書く。

確率変数は「変数」という名前ですが、定義は関数です。標本空間の各要素 を入れると、数字 が返ってきます。

分布関数の直感的な意味は「 の値が 以下に収まる確率を、 を動かしながらプロットしたもの」です。

3. 主張 ― 分布だけで決まるものと決まらないもの

3つの定理を述べます。

定理 THM-RV-1(分布関数の性質) を確率変数、 をその分布関数とする。このとき

(a) は広義単調増加である。すなわち ならば 。

(b) は右連続である。すなわち 。

(c) 、。

定理 THM-RV-2(分布だけで決まる量) 2つの確率変数 , が(異なる確率空間の上で定義されていても)同じ分布関数 を持つならば、任意の区間 に対して が成り立つ。一般に、分布関数だけから定まる量は標本空間の取り方に依存しない。

定理 THM-RV-3(単調変換の分布) が狭義単調増加で連続とする。 の分布関数は、 の値域 に属する任意の について

で与えられる。

定理 THM-RV-2 は強力です。分布さえ同じなら、背後にある標本空間が であろうと であろうと、分布関数から計算できる量は全て一致します。

ただし「分布だけで決まる」からといって「確率変数が同じ」とは限りません。この落とし穴は反例の節で数値で示します。

証明を読む(読まなくても記事は完結します)

4. 証明 ― 分布関数の性質を定義から出す

この節は読まなくても記事は完結します。

この証明を追いたい人は、数学編 第12回「なぜ測度論が必要なのか」、数学編 第13回「σ加法族と可測性」へ。

THM-RV-1 の証明

(a) 広義単調増加であること。

とします。集合として

が成り立ちます。 ならば より が従うからです。確率測度の単調性( ならば )を使うと

よって は広義単調増加です。

(b) 右連続であること。

( で )となる列を取ります。集合の列

は と単調に減少し、その共通部分は

これは、任意の で が成り立つことと が同値であることから従います( なので、 ならば十分大きな で となるため)。

確率測度の上からの連続性( ならば )を適用すると

列 は を満たす任意の列で成り立つので、 が示されました。

(c) 極限値。

となる列を取ります。 は ( はどんな に対しても有限の実数なので、 のとき最終的にどの も に入らなくなります)。よって

の場合は です。確率測度の下からの連続性を使って

∎

この証明で使ったのは、確率測度の単調性と連続性だけです。確率変数が有限個の値しか取らないこの回の設定では、上からの連続性(下からの連続性)は有限和の性質から直接確認することもできます。

THM-RV-2 の証明

と が同じ分布関数 を持つとします。すなわち、全ての で です。

区間 を取ります。事象の包含関係として

が成り立ち、右辺の2つの事象は互いに排反です。確率の加法性を使うと

移項すると

に対しても全く同じ計算で

(4.1)

同じ論法を繰り返せば、 が分布関数だけから決まることを、任意のボレル集合 に拡張できます。 ∎

THM-RV-2 の要点は、分布関数ひとつから「区間に入る確率」が全て復元できることです。分布関数は確率変数のふるまいを完全に記述しています。

THM-RV-3 の証明

は狭義単調増加で連続とします。 の分布関数を求めます。

定義に立ち戻ります。

は の値域に属するので、 はただ1つに定まります(狭義単調増加の は単射です)。 が狭義単調増加なので、 と は同値です。なぜなら、 が狭義単調増加のとき が成り立つからです。したがって不等号の向きが保存され

以上で

が得られました。 ∎

この証明の核心は「 が狭義単調増加ならば不等号の向きが変わらない」という一点です。もし が単調でなければ、 を の条件に翻訳する際に逆像が1つの半直線にならず、公式がそのまま使えません。これは反例 CEX-RV-2 で数値的に確認します。

5. 反例 ― 分布が同じでも中身は違う

CEX-RV-1: 同じ分布でも和の分布が違う

「分布が同じなら同じ確率変数だ」という誤解を壊します。

標本空間を 、各状態の確率を とします。次の3つの確率変数を定義します。

0 1
0 1
1 0

, , はいずれも , であり、3つとも同じ分布です。

しかし和を取ると話が変わります。

は、 で 、 で です。したがって

一方 は、 で 、 で です。

と は同じ分布を持つのに、 と の分布は全く異なります。前者は か を取り、後者は確定的に です。

違いが生じる理由は、同じ に対してどう連動するかが異なるからです。 は と完全に連動し、 は と逆に動きます。分布だけでは、この連動の仕方がわかりません。

この例は、確率変数を分布だけで理解してはいけない場面があることを示しています。2つ以上の確率変数を組み合わせるときは、各世界 での連動(同時分布)が効いてきます。

CEX-RV-2: 単調でない変換では公式が壊れる

THM-RV-3 で「 が狭義単調増加」という条件がなぜ必要かを、 で示します。

確率変数 が を確率 、 を確率 で取るとします。 の値は次のようになります。

の値 確率 の値

の正しい分布関数を直接求めます。 は を確率 、 を確率 で取るので

ここで THM-RV-3 の公式 を機械的に適用してみます。 の「逆関数」を と取ると

正しい値は なのに、公式を誤用すると が出ます。

原因は、 が単調でないことです。 なので、 は から に向かうとき減少しています。 を と書き換えるとき、不等号の向きが保存される保証がありません。 のとき ですが、 なので は成立してしまいます。「 が小さい」ことと「 が小さい」ことが一致しないのが問題です。

CEX-RV-3: 離散的な分布関数は連続ではない

分布関数は常に連続とは限りません。離散的な確率変数では、分布関数は階段状になります。

第17回の1期間2状態モデルで、株価 を考えます。 は (確率 )と (確率 )の2つの値を取ります。分布関数は次のようになります。

で は から へジャンプし、そのジャンプ幅 は に一致します。 で は から へジャンプし、ジャンプ幅 は に一致します。

右連続であることも確認します。 のすぐ右、たとえば では です。しかし左側の極限は です。つまり は で右からは連続だが、左からは不連続です。

一般に、離散的な確率変数の分布関数は各値のところでジャンプを持ち、ジャンプ幅はその値を取る確率に等しくなります。

6. 数値例 ― 株価とコールのペイオフを表にする

第17回と同じ株価の動きの1期間2状態モデルを使います(主観確率だけは第17回の から変えています)。, , , , 行使価格 , 主観確率 です。

株価とコールのペイオフの確率変数としての表現

(確率 ) (確率 )
ペイオフ

と はどちらも の上の関数です。 は「各世界での株価」、 は「各世界でのコールの支払額」を表しています。

分布関数の階段

の分布関数は

です。 でのジャンプ幅は 、 でのジャンプ幅は です。

コールのペイオフ の分布関数は

です。 でのジャンプ幅が (下落の確率)、 でのジャンプ幅が (上昇の確率)です。

単調変換による分布の変換

は狭義単調増加なので、THM-RV-3 が使えます。 とすると

の値 の値

逆関数は です。THM-RV-3 により

直接計算でも なので一致します。THM-RV-3 の公式が正しく機能しています。

7. 次回へ ― 分布を少数の数に要約する

分布関数は確率変数のふるまいを完全に記述しますが、「だいたいどのあたりの値を取るのか」「どのくらいばらつくのか」を一言で伝えるには情報が多すぎます。次回は、分布関数を少数の数に要約する道具として期待値・分散・共分散を導入します。

次のマイルストーンまであと 24 本です。

よくある質問

確率変数は変数ではなく関数なのですか

関数です。どの世界が実現したかを入れると数字が返ってくる仕組みです。名前が紛らわしいのですが、定義は関数です。

分布が同じなら同じものと考えていいですか

1つだけを見るときは構いません。2つ以上を足したり比べたりするときは、同じ世界でどう連動するかが効いてきます。

分布関数と密度関数はどちらを使いますか

離散なら分布関数が扱いやすく、連続なら密度関数が便利です。どちらも同じ情報を持っています。

参考文献

  1. 伊藤清、確率論、岩波書店、1991年
  2. Billingsley P.、Probability and Measure、第3版、Wiley、1995年

数値例は compute.py により有理数演算で検算済み。本文中の分数は厳密値をそのまま使用している。

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