位置: 数学編 第13回 / 前提: M12 / 数学編: なし / この回でできるようになること: ある時点で知っている情報をσ加法族として書き、ある量がその情報で決まるかを判定できる
目次
0. 物語 ― 2つの情報を合わせてもσ加法族にならない
コインを2回投げる実験で、あるモデル設計者が失敗をしました。1回目の結果だけを知っている人と、2回目の結果だけを知っている人がいます。設計者は「2人の知識をひとまとめにすれば、両方の結果を知っている状態になるはずだ」と考え、それぞれが答えられる質問のリストを単純に合わせました。
1回目だけを知っている人は、「1回目が表」「1回目が裏」「何も起きていない」「全部」の4つの質問に答えられます。2回目だけを知っている人も同じように4つの質問を持っています。設計者はこの2つのリストを重複を除いてつなぎ、6個の質問からなるリストを作りました。
ところが、このリストは「情報」としての資格を満たしていませんでした。リストの中に「1回目が表」と「2回目が表」という質問がどちらも入っているのに、「1回目か2回目の少なくとも一方が表」という質問は入っていなかったのです。答えられる質問を2つ組み合わせたら当然答えられるはずの質問が、リストから漏れています。
この漏れは致命的です。情報として正しく機能するためには、答えられる質問の集まりが、組み合わせの操作に対して閉じていなければなりません。設計者が作った6個のリストは、この条件を破っていました。
正しいやり方は、2つのリストを合わせた後に、組み合わせで生まれる質問を全て補うことでした。そうすると、4つの結果それぞれを区別できる16個の質問が揃い、両方の結果を完全に知っている状態が出来上がります。
「答えられる質問の集まり」に数学的な条件を課すことで、情報の合わせ方を間違えずに済むようになります。この条件を備えた集まりが、この回で定義する道具です。
1. 動機 ― 知っているとは何を知っていることか
この回を読み終えると、ある時点で知っている情報をσ加法族として書き、ある量がその情報で決まるかを判定できます。
確率を定義するには、まず「どの事象に確率を付けてよいか」を決める必要があります。何でもかんでも確率を付けると矛盾が起きることが知られています(M12 で扱ったべき集合の構造を思い出してください)。σ加法族は「確率を付けてよい事象の集まり」を規定すると同時に、「どこまで知っているか」という情報の概念を数学的に定義します。
この記事で証明すること
- THM-M13-1 任意の集合族を含む最小のσ加法族がただ一つ存在します。これを生成σ加法族と呼びます。
- THM-M13-2 標本空間が有限のとき、σ加法族は標本空間の分割と一対一に対応します。σ加法族の元は分割のブロックの和集合として得られます。
- THM-M13-3 確率変数がσ加法族 G に関して可測であることと、G の情報だけでその値が決まることは同値です。
この節のまとめ: σ加法族は「確率を付けてよい事象の集まり」であり、同時に「知っている情報」を定式化する道具です。
2. 設定と仮定 ― 事象の集まりに条件を課す
標本空間 Ω の部分集合の族 F が σ加法族(σ-algebra)であるとは、次の3条件を満たすことです。
- Ω∈F(全体集合を含みます)。
- A∈F ならば Ac∈F(補集合で閉じています)。
- A1,A2,…∈F ならば ⋃n=1∞An∈F(可算和で閉じています)。
条件1と条件2から ∅=Ωc∈F が従います。条件2と条件3を合わせると、可算個の共通部分についても閉じていることがわかります。ド・モルガンの法則から ⋂n=1∞An=(⋃n=1∞Anc)c が成り立つためです。
有限個の和集合は、残りの集合を ∅ で埋めれば可算和の特殊な場合になります。したがってσ加法族は有限和でも閉じています。
定義(可測空間): 組 (Ω,F) を可測空間と呼びます。F に属する集合を可測集合(または事象)と呼びます。
定義(生成σ加法族): Ω の部分集合の族 C に対し、C を含むσ加法族のうち最小のものを σ(C) と書き、C が生成するσ加法族と呼びます。
定義(可測関数): 有限の標本空間 Ω 上の関数 f:Ω→R が G に関して可測であるとは、f の取りうる任意の値 a に対して { ω∈Ω∣f(ω)=a }∈G が成り立つことです。
この節のまとめ: σ加法族とは、全体集合を含み、補集合と可算和について閉じた集合族です。可測空間・生成σ加法族・可測関数の3つの定義がこの先の議論の基盤になります。
3. 主張 ― 情報は分割として表せる
3つの定理を正確に述べます。
定理 THM-M13-1(生成σ加法族の存在)
任意の集合族 C⊂2Ω に対して、C を含むσ加法族の全体を {Fλ}λ∈Λ とする。このとき
は C を含む最小のσ加法族であり、ただ一つ存在する。
定理 THM-M13-2(有限の場合の分割との対応)
標本空間 Ω が有限のとき、Ω 上のσ加法族は Ω の分割と一対一に対応する。σ加法族 F の元は、対応する分割のブロックの和集合の全体に等しい。
定理 THM-M13-3(可測性の意味)
Ω が有限で、G をσ加法族とし、対応する分割を P とする。関数 f:Ω→R が G-可測であることと、f が P の各ブロック上で定数であること(すなわち G の情報だけで f の値が決まること)は同値である。
この節のまとめ: 3つの定理が本記事の主張です。生成σ加法族の存在(THM-M13-1)、有限の場合の分割との一対一対応(THM-M13-2)、可測性と情報の同値性(THM-M13-3)を順に証明します。
証明を読む(読まなくても記事は完結します)
4. 証明 ― 有限の場合に分割との対応を作る
この節は読まなくても記事は完結します。
この証明を追いたい人は、数学編 第12回「なぜ測度論が必要なのか」へ。
THM-M13-1 の証明
C を Ω の部分集合の族とします。C を含むσ加法族が少なくとも一つ存在することを確認します。べき集合 2Ω は Ω を含み、補集合で閉じ、可算和で閉じているので、σ加法族です。C⊂2Ω なので、C を含むσ加法族の全体 {Fλ}λ∈Λ は空ではありません。
F∗:=⋂λ∈ΛFλ とおきます。F∗ がσ加法族であることを3条件で確認します。
条件1: 各 Fλ はσ加法族なので Ω∈Fλ です。全てに属するので Ω∈F∗ です。
条件2: A∈F∗ とします。定義より全ての λ に対して A∈Fλ です。各 Fλ は補集合で閉じているので Ac∈Fλ です。全ての λ で成り立つので Ac∈F∗ です。
条件3: A1,A2,…∈F∗ とします。各 n で全ての λ に対して An∈Fλ です。各 Fλ は可算和で閉じているので ⋃n=1∞An∈Fλ です。全ての λ で成り立つので ⋃n=1∞An∈F∗ です。
F∗ が C を含むことを確かめます。各 Fλ が C を含むので、共通部分も C を含みます。
F∗ が最小であることを示します。C を含む任意のσ加法族 F′ は、定義より {Fλ} の一つです。したがって F∗=⋂λFλ⊂F′ です。
一意性: 最小のσ加法族が2つ、F1∗ と F2∗ あったとします。最小性から F1∗⊂F2∗ かつ F2∗⊂F1∗ なので F1∗=F2∗ です。 ∎
THM-M13-2 の証明
Ω が有限であるとします。
(分割 → σ加法族) P={B1,…,Bk} を Ω の分割とします。ブロックの和集合の全体
FP:={ i∈I⋃Bi I⊂{1,…,k} }(4.1)
がσ加法族であることを確認します。I={1,…,k} とすれば Ω∈FP です(条件1)。A=⋃i∈IBi のとき Ac=⋃i∈/IBi∈FP です(条件2)。和集合は I の和集合に対応するので閉じています(条件3)。Ω が有限なので可算和と有限和の区別は不要です。
(σ加法族 → 分割) σ加法族 F が与えられたとき、各 ω∈Ω に対して
と定めます。これは ω を含む F の元の全てを交わらせた、ω を含む最小の可測集合です。Ω が有限なのでこの共通部分は有限個の共通部分であり、F に属します。
B(ω) たちが分割を成すことを示します。
- 被覆: 各 ω に対して ω∈B(ω) なので Ω=⋃ωB(ω) です。
- 互いに素: B(ω1)∩B(ω2)=∅ とします。ある ω3∈B(ω1)∩B(ω2) が存在します。B(ω3)⊂B(ω1) を示します。B(ω1) は ω3 を含む F の元なので、ω3 を含む全ての F の元の共通部分である B(ω3) は B(ω1) に含まれます。同様に B(ω3)⊂B(ω2) です。次に、逆向きの包含のために ω1∈B(ω3) を示します。もし ω1∈/B(ω3) ならば、B(ω1)∩B(ω3)c は F の元(補集合と共通部分で閉じているため)で ω1 を含むので、B(ω1) の最小性から B(ω1)⊂B(ω1)∩B(ω3)c、すなわち B(ω1)∩B(ω3)=∅ となります。これは ω3∈B(ω1)∩B(ω3) に矛盾します。よって ω1∈B(ω3)∈F であり、B(ω1) の最小性から B(ω1)⊂B(ω3) が出ます。ω2 についても同じ議論で B(ω2)⊂B(ω3) です。よって B(ω1)=B(ω3)=B(ω2) です。
(対応が逆写像になっていること) 分割 P から FP を作り、FP から (4.2) で分割を復元すると、B(ω) は ω が属するブロックそのものに一致します。なぜなら、ω∈Bj のとき、Bj は ω を含む FP の元のうち最小のものだからです(ブロックの真の部分集合は FP に属しません)。
逆に、σ加法族 F から分割 P を作り、P からσ加法族を復元すると FP=F です。(4.1) の形の集合は全て F に属します(B(ω)∈F なので和集合も F に属します)。逆に A∈F ならば A=⋃ω∈AB(ω) と書けます(ω∈A なら B(ω)⊂A、かつ ω∈B(ω))。
したがって2つの写像は互いに逆であり、一対一対応が成り立ちます。 ∎
THM-M13-3 の証明
THM-M13-2 により、G に対応する分割を P={B1,…,Bk} とします。
(⇒) f が G-可測であるとします。各ブロック Bj の中の任意の2点 ω,ω′ について f(ω)=f(ω′) を示します。背理法で f(ω)=f(ω′) とします。a=f(ω) とおくと ω∈f−1({a}) ですが ω′∈/f−1({a}) です。可測性より f−1({a})∈G です。THM-M13-2 により f−1({a}) はブロックの和集合です。ω∈f−1({a}) なので Bj⊂f−1({a}) でなければなりません(Bj は ω を含む最小の G の元だからです)。しかしそうすると ω′∈Bj⊂f−1({a}) となり、ω′∈/f−1({a}) に矛盾します。
(⇐) f が各ブロック上で定数であるとします。任意の a∈R に対して f−1({a})=⋃j:f(Bj)=aBj と書けます。これはブロックの和集合なので、(4.1) より f−1({a})∈G です。よって f は G-可測です。 ∎
5. 反例 ― 2つの情報を並べても情報にならない
CEX-M13-1: 有限加法族だがσ加法族でない例
σ加法族の定義では可算和で閉じることを要求しています。有限和だけで十分ではないか、と感じるかもしれません。しかし有限和では閉じているが可算和では閉じていない集合族が存在します。
Ω=N(自然数全体)とし、次の集合族を考えます。
F={ A⊂N∣A is finite or Ac is finite }
F が有限和で閉じていることを確認します。A,B∈F とします。A,B がともに有限ならば A∪B も有限です。A が有限で Bc が有限ならば (A∪B)c=Ac∩Bc⊂Bc は有限です。Ac,Bc がともに有限ならば (A∪B)c=Ac∩Bc も有限です。どの場合も A∪B∈F です。補集合で閉じていることは、「有限である」と「補集合が有限である」の2つの条件が、補集合を取ると互いに入れ替わることから分かります。
しかし可算和で閉じていません。An={2n}(n=1,2,…)とおくと、各 An は有限なので An∈F です。ところが ⋃n=1∞An={2,4,6,…}(偶数全体)は無限集合であり、その補集合(奇数全体)も無限集合なので、⋃An∈/F です。
有限の標本空間ではこの区別は現れません。しかし確率論で扱う標本空間は一般に無限(連続な場合はもちろん、無限回のコイン投げの場合も)なので、可算和での閉包が不可欠です。
CEX-M13-2: 粗いσ加法族では区別できない
Ω={HH,HT,TH,TT} で、1回目の結果だけを知っているσ加法族 G={∅,{HH,HT},{TH,TT},Ω} を考えます。対応する分割は {HH,HT} と {TH,TT} です。
関数 g を g(HH)=1, g(HT)=0, g(TH)=0, g(TT)=0 と定めます。g−1({0})={HT,TH,TT} ですが、{HT,TH,TT} は G のどの元とも一致しません。よって g は G-可測ではありません。
分割のブロック {HH,HT} の上で g(HH)=1=0=g(HT) です。1回目が表だったことだけ知っている人にとって、HH と HT は区別できません。区別できない2つの状態で値が異なる関数は、その情報だけでは値が決まりません。これが「可測でない」ということの意味です。
CEX-M13-3: 2つのσ加法族の和集合はσ加法族にならない
Ω={HH,HT,TH,TT} で、2つのσ加法族を考えます。
FaFb={∅, {HH,HT}, {TH,TT}, Ω},={∅, {HH,TH}, {HT,TT}, Ω}.
Fa は「1回目の結果」、Fb は「2回目の結果」に対応する情報です。
和集合 Fa∪Fb を列挙すると、∅, {HH,HT}, {HH,TH}, {HT,TT}, {TH,TT}, Ω の 6 個です。
{HH,HT}∈Fa∪Fb かつ {HH,TH}∈Fa∪Fb ですが、その和集合 {HH,HT,TH} は Fa∪Fb に属しません。和集合で閉じていないので、Fa∪Fb はσ加法族ではありません。
2つの情報を「合わせる」ときは、和集合ではなく、σ(Fa∪Fb) と生成σ加法族を取る必要があります。この場合は σ(Fa∪Fb)=2Ω(べき集合、16個の元)となり、全ての情報が手に入った状態に対応します。
この節のまとめ: σ加法族には3つの落とし穴があります。有限和だけでは足りないこと(CEX-M13-1)、粗いσ加法族では値が決まらない関数があること(CEX-M13-2)、2つのσ加法族の和集合がσ加法族にならないこと(CEX-M13-3)です。
6. 数値例 ― コイン投げの情報を列挙する
コインを2回投げる実験で Ω={HH,HT,TH,TT} とします。
情報の段階とσ加法族
| 知っている情報 |
分割 |
σ加法族の元数 |
| 何も知らない |
{Ω} |
2 |
| 1回目だけ知っている |
{{HH,HT}, {TH,TT}} |
4 |
| 2回とも知っている |
{{HH}, {HT}, {TH}, {TT}} |
16 |
何も知らない場合のσ加法族は {∅,Ω} の 2 個です。「明日雨が降るか」と聞かれても何も答えられない状態です。
1回目だけ知っている場合のσ加法族は {∅,{HH,HT},{TH,TT},Ω} の 4 個です。「1回目は表だったか」には答えられますが、「2回目は表だったか」には答えられません。
2回とも知っている場合のσ加法族はべき集合 2Ω で、16 個の元を持ちます。あらゆる問いに答えられます。
生成σ加法族の列挙
C={{HH,HT}}(1回目が表である事象だけを集めた族)から生成されるσ加法族 σ(C) を求めます。
σ(C) は {HH,HT} を含む最小のσ加法族です。THM-M13-1 の共通部分の構成で求めると、元は次の 4 個です。
σ(C)={∅, {HH,HT}, {TH,TT}, Ω}
これは「1回目だけ知っている」σ加法族と一致します。「1回目が表」という事象を知っているなら、自動的に「1回目が裏」(= 補集合)も知っていることになります。
分割とσ加法族の全対応
∣Ω∣=4 の場合、分割は 15 通りあり、それぞれ異なるσ加法族を生みます。代表的なものを示します。
| 分割 |
σ加法族の元数 |
| {Ω}(1ブロック) |
2 |
| {{HH,HT}, {TH,TT}}(2ブロック) |
4 |
| {{HH,HT}, {TH}, {TT}}(3ブロック) |
8 |
| {{HH}, {HT}, {TH}, {TT}}(4ブロック) |
16 |
ブロック数が k のとき、σ加法族の元数は 2k です。ブロックごとに「含む・含まない」の2択があるからです。
可測な関数と可測でない関数
G を「1回目だけ知っている」σ加法族とします。
可測な関数 f: f(HH)=1, f(HT)=1, f(TH)=0, f(TT)=0。1回目が表なら 1、裏なら 0 を返します。f−1({1})={HH,HT}∈G、f−1({0})={TH,TT}∈G です。各逆像が G に属するので、f は G-可測です。1回目の結果だけで値が決まっています。
可測でない関数 g: g(HH)=1, g(HT)=0, g(TH)=0, g(TT)=0。g−1({0})={HT,TH,TT} ですが、これは G のどの元とも一致しません。G-可測ではありません。HH と HT はブロック {HH,HT} の中で区別できないのに、g はこの2点で異なる値を取っています。1回目が表だっただけでは g の値を言い当てられません。
この節のまとめ: コイン投げの例で、情報が増えるほどσ加法族が大きくなり、可測な関数の範囲が広がることを確認しました。可測とは「手元の情報で値が決まる」ことです。
7. 次回へ ― 期待値は積分である
σ加法族で「知っている情報」を定式化できました。時間とともに情報が増えていく様子を表すには、σ加法族の列 F0⊂F1⊂⋯ を使います。これをフィルトレーションと呼び、本編第24回で金融モデルに適用します。
次回 M14 では、σ加法族の上に定義される測度と積分を扱います。期待値とは、実は積分にほかなりません。
よくある質問
σ加法族とは何ですか
確率を付けてよい事象の集まりです。同時に、知っている情報を表す道具にもなります。
なぜ情報を集合で表すのですか
どの事象が起きたか答えられるか、で情報の多さを測れるからです。
可測とは何ですか
手元の情報だけで値が決まる、ということです。
参考文献
- Williams D.、Probability with Martingales、Cambridge University Press、1991年
- 伊藤清、確率論、岩波書店、1991年
数値例は compute.py により列挙・検証済み。