数学編 第12回 なぜ測度論が必要なのか ― 1点の確率が0なのに全体で1になる

数学編 第12回 なぜ測度論が必要なのか ― 1点の確率が0なのに全体で1になる

位置: 数学編 第12回 / 前提: M1 / 数学編: なし / この回でできるようになること: 1点の確率が0なのに全体の確率が1になる理由を、可算加法性で説明できる

目次

0. 物語 ― 有理数は至る所にあるのに確率0

手元に1万円があって、次のゲームに参加できるとします。コンピュータが0から1の間の数を完全にランダムに1つ選びます。選ばれた数が分数で書ける数――3分の1や4分の1のような数――ならば、賭け金は100倍になります。分数で書けない数が出たら、賭け金は没収です。

分数で書ける数は、0から1の間に無限に散らばっています。どんなに小さな範囲を取っても、その中に必ず分数で書ける数が入っています。「いたるところにある」のだから、当たる確率はそれなりに高そうに思えます。

ところが、このゲームに参加してはいけません。当たる確率はぴったりゼロです。

分数で書ける数は、1つ1つに番号をつけて並べることができます。1番目、2番目、3番目と、自然数で数え上げられるのです。一方、0から1の間の数全体は数え上げられないほど多く存在します。ランダムに1つ選んだとき、どの1点に当たる確率もゼロです。番号をつけられる個数のゼロを足し合わせても、結果はやはりゼロのままです。

さらに驚くことがあります。分数で書ける数の1つ1つを、ごく小さな区間で覆ってみましょう。1番目の数を長さ0.005の区間で、2番目を0.0025の区間で、3番目を0.00125の区間で、と半分ずつ短くしていきます。区間の長さを全部足しても、たった0.01にしかなりません。いたるところに散らばっている数の全体が、合計でわずか0.01の幅に収まってしまうのです。

高校までの確率では、起こりうる場合を数え上げて割合を出します。しかし連続的な値を扱うとき、この方法は通用しません。1点の確率がゼロなのに全体では確率1になる――この状況をきちんと扱う仕組みが、測度論です。

1. 動機 ― 高校の確率ではなぜ足りないのか

この回を読み終えると、1点の確率が0なのに全体の確率が1になる理由を、可算加法性で説明できます。

高校までの確率論では、サイコロや硬貨のように「起こりうる場合を全部数え上げて、その割合を確率とする」方式で問題を解きます。場合の数が有限個であれば、この方法で何も困りません。

ところが金融の世界では、株価が取りうる値は連続的です。明日の株価が「ちょうど 100.000…円」になる確率はいくつでしょうか。直感的には「ほぼゼロ」ですが、正確にゼロです。幅のない1点に確率を割り当てると、どの点にも 0 しか配れません。

すると困ったことが起きます。どの1点にも確率 0 を配ったのに、全体を合わせると確率 1 でなければならない。0 をいくら足しても 1 にはならないはずです。この矛盾を解決するのが測度論であり、今回はその必要性を3つの定理で示します。

この記事で証明すること

  • THM-M12-1 一様分布では各1点の確率は 0 ですが、有限加法性だけでは全体の確率 1 と矛盾しません。ただし非可算個の和は定義できないので、確率は可算個の和までしか足せないと決める必要があります。
  • THM-M12-2 区間 のすべての部分集合に、平行移動で不変かつ可算加法的な「長さ」を付けることはできません(ヴィタリ集合)。
  • THM-M12-3 内の有理数全体は稠密ですが、一様分布のもとでの確率は 0 です。

2. 設定と仮定 ― 区間上の一様分布

区間 の上に「一様分布」を考えます。仮定を全部書き出します。

  • 標本空間: 。つまり 以上 以下の実数全体です。
  • 区間の確率: 区間 に対して (区間の長さ)です。
  • 1点の確率: 任意の に対して です。長さ 0 の区間の長さは 0 だからです。
  • 有限加法性: 互いに重ならない有限個の集合 に対して が成り立ちます。
  • 全体の確率: です。

ここで注意すべきは、有限加法性と1点の確率 0 は矛盾しないという点です。有限個の 0 を足せば 0 です。問題は が非可算無限個の点からなることにあります。

この節のポイントは、区間の長さが確率の出発点であること、そして1点の確率が 0 であることは有限加法性の範囲では何の矛盾も起こさないということです。

3. 主張 ― 確率は可算個までしか足せない

有限加法性を少しだけ拡張して、可算加法性を考えます。

定理 THM-M12-1(可算加法性の要請) 区間 上の一様分布で各1点の確率を と置くと、有限加法性だけでは全体の確率 と矛盾しないが、非可算個の和としては扱えない。確率は可算個の和までしか足せないと決める必要がある。

定理 THM-M12-3(有理数の集合の確率は0) 内の有理数全体は可算集合なので、一様分布のもとでの確率は である。稠密であっても確率は になりうる。

定理 THM-M12-2(すべての部分集合には確率を付けられない) のすべての部分集合に、平行移動で不変かつ可算加法的な長さを付けることはできない。ヴィタリ集合の存在による。証明は選択公理を使うため結果として引用する。

3つの定理をまとめると、次の構図になります。確率を「足す」操作は可算個までに限定する(THM-M12-1)。すると稠密な有理数でさえ確率 0 になる(THM-M12-3)。さらに可算加法性を要求すると、確率を付けられない集合が存在する(THM-M12-2)。これが「どの集合に確率を付けるか」を管理する仕組み――測度論――が必要になる理由です。

証明を読む(読まなくても記事は完結します)

4. 証明 ― 有理数を小さな区間で覆う

この節は読まなくても記事は完結します。

この証明を追いたい人は、数学編 第1回「極限と e」へ。

THM-M12-1 の証明

有限加法性で矛盾が起きないことを先に確認します。有限個の点 を取ると

がいくら大きくても結果は であり、 とは矛盾しません。有限加法性は有限個の集合についてしか述べていないからです。

では非可算個の点についてはどうでしょうか。 は非可算個の点の合併として

と書けます。もし「すべての点の確率を足す」ことができたとすると

となり、 と矛盾します。

この矛盾を避ける方法は、非可算個の和を禁止することです。確率の加法性は、可算個(自然数で番号をつけられる個数)までに限定します。これを可算加法性と呼びます。

可算加法性のもとでは、 を非可算個の1点集合に分解して「全部足す」操作は許されません。 の確率が 1 であることと、各点の確率が 0 であることは、単に別のレベルの話だと整理されます。

THM-M12-3 の証明

の有理数全体を と書きます。有理数は可算集合です。対角線論法の逆として、有理数は分母 と分子 の組 で表せるので、自然数と一対一に対応させることができます。

有理数を と番号づけます。各 は1点なので です。可算加法性 (4.1) を使うと

有理数は のどこにでも「詰まって」います。任意の実数のいくらでも近くに有理数があります。それでも確率は です。稠密さと確率の大きさは別の概念だということが、この計算で分かります。

では、確率が の集合が「小さい」とはどういう意味でしょうか。次の反例で、有理数が長さの意味でも本当に小さいことを見ます。 ∎

5. 反例 ― 長さを付けられない集合がある

CEX-M12-1: 非可算個の0を足しても1にはならない

各点の確率が だから、全部足せば になるはず――この直感はどこが間違っているのでしょうか。

可算個の を足すのは問題ありません。 です。しかし の点は非可算個あります。非可算個の和は、そもそも級数(自然数で番号をつけた和)として定義できません。

可算個の和で 0 でない値を作ることは可能です。 のように、正の項を可算個足して有限の値を得ることができます(等比級数の和は )。一方、 を可算個足せば のままです。非可算個の足し算は級数の枠組みに入らないので、定義そのものがありません。

可算加法性の要請 (4.1) は、「足してよいのは可算個まで」という制限を課すことで、この矛盾を回避しています。

CEX-M12-2: 稠密でも確率は0

有理数は に稠密に散らばっています。直感的には「たくさんある」はずです。しかし THM-M12-3 で示した通り、確率は です。

これを視覚的に納得するため、有理数を小さな区間で覆ってみます。 として、 番目の有理数 を長さ の区間で覆います。

最初の8個を見ると:

有理数 区間の長さ
1
2
3
4
5
6
7
8

覆う区間の長さの合計は等比級数です。

つまり、稠密な有理数の全体を、合計の長さがたった の区間で覆い切ることができます。 はいくらでも小さくできるので、有理数全体は「長さ 」の集合であることが分かります。稠密さと大きさ(測度)は全く別の概念です。

CEX-M12-3: 長さを付けられない集合

可算加法性を要求すると、逆の問題が生じます。 のすべての部分集合に「長さ」を付けることはできなくなります。

ヴィタリ集合と呼ばれる集合を以下のように構成します。

  1. の実数 に対して「 が有理数」という関係を考えます。これは同値関係です。
  2. 各同値類から代表元を1つずつ選び、集合 を作ります(ここで選択公理を使います)。
  3. 有理数 だけ平行移動した集合 ( で に戻す)を考えます。

これらの は互いに重ならず、合併すると 全体になります。有理数は可算個なので、可算加法性を使えば

平行移動不変性(長さは位置に依存しない)から はすべて同じ値 です。すると

なら右辺は 、 なら右辺は 。どちらも になりません。矛盾です。

結論として、 のような集合には確率(長さ)を付けることができません。THM-M12-2 はこのことを述べています。これが「すべての部分集合に確率を配る」ことを諦め、確率を付ける対象の集合を限定する必要が生じる理由です。

この節のまとめです。非可算個の足し算は定義できず(CEX-M12-1)、稠密な集合でも確率は 0 になりえて(CEX-M12-2)、すべての集合に確率を付けようとすると矛盾が生じます(CEX-M12-3)。

6. 数値例 ― 有理数を覆う区間の長さを足す

有理数を覆う区間の合計の長さを、具体的な数値で確認します。

とし、 番目の有理数を長さ の区間で覆ったときの部分和を見ます。

項 部分和 小数
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10

この表は の値です。覆う区間の合計の長さはこの各値に を掛けたものです。

20項までの部分和は です。残りは しかありません。極限値は ちょうどです。

可算個の和は有限の値に収束します。一方、各点の確率 を非可算個「足す」ことはできません。この違いこそが、可算加法性を公理として採用する理由です。

この節のポイントは、等比級数 が に収束することを利用して、稠密な有理数全体をいくらでも小さい長さで覆えるという事実です。

7. 次回へ ― 知っているとはどういうことか

今回は3つのことを見ました。

  1. 確率の加法性は可算個までに限る必要がある(THM-M12-1)。
  2. 可算加法性のもとでは、稠密な有理数でさえ確率 0 になる(THM-M12-3)。
  3. すべての部分集合に確率を付けることはできない(THM-M12-2)。

3つ目の事実は、確率を付ける対象となる集合を選び出す仕組みが必要だということを意味します。次回 M13 では、この仕組みを定義します。「ある事象が起きたかどうかを知っている」とはどういうことかを、数学の言葉で正確に書き下します。本編第17回で確率空間を使うとき、その土台になります。

よくある質問

なぜ1点の確率は0なのですか

連続な分布では、ある値ぴったりになる確率は、幅0の区間の長さと同じで0だからです。

0を足しても1にならないのに、なぜ全体は1なのですか

非可算個は足せない、と決めているからです。この決めごとが測度論の出発点です。

金融で測度論は本当に要りますか

連続時間の価格理論を正確に書くには必要です。本編では結果だけ使い、ここで理由を説明します。

参考文献

  • Billingsley P.、Probability and Measure、第3版、Wiley、1995年
  • Williams D.、Probability with Martingales、Cambridge University Press、1991年

数値例は compute.py により有理数演算で検算済み。本文中の小数は4桁以上で丸めている。

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