第49回 プット・コール・パリティ ― モデルを一切使わずに決まる関係

位置: 第5部 第49回 / 前提: 第43回、第44回、第48回 / 数学編: なし / この回でできるようになること: コール・プット・株・債券の価格の間の崩れてはいけない関係を、モデルを使わずに確かめることができる
0. 物語 ― 配当があるとパリティがずれる
「コールが10円なら、プットはいくらになると思う?」
大学の演習室で、同じゼミの友人にそう聞かれました。株価は100円、行使価格も100円、満期は1年後、金利は年5%。条件はそろっています。
答えは計算で出ます。コールを買ってプットを売ると、満期には必ず「そのときの株価マイナス行使価格」を受け取ることになります。株がいくらになろうと、この形は変わりません。同じ受け取りを、株を1株買って100円ぶん借金することでも作れます。2つの組み合わせが同じ結果を生むなら、最初に払う金額も同じでなければなりません。そうでなければ、安い方を買って高い方を売れば、誰でも確実に儲かってしまいます。
この関係から逆算すると、プットは約5.24円です。株がどんな確率で上がろうと下がろうと、この値段は変わりません。
「じゃあ、この株が半年後に3円の配当を出すとしたら?」
友人がそう続けました。さっきと同じ式で計算すると、プットは5.24円のままです。ところが、配当を正しく考慮した式で計算し直すと、プットは約8.16円になります。差は約2.93円で、これはちょうど配当3円を半年分だけ割り引いた値です。
配当を無視したまま5.24円でプットを売ってしまえば、約2.93円ぶん安く売りすぎたことになります。株の値動きをどれだけ正確に予測しても、この損失は取り返せません。なぜなら、コールとプットと株と債券の間の関係は、株の動き方に一切依存しない等式だからです。
この等式を「プット・コール・パリティ」と呼びます。等式が成り立つ条件を1つでも外すと、等式は崩れます。この回では、等式そのものを証明したうえで、どの条件を外すと何が起きるかを数値で確かめます。
1. 動機 ― 分布を何も仮定せずに決まる関係がある
この回を読み終えると、コール・プット・株・債券の価格の間の崩れてはいけない関係を、モデルを使わずに確かめることができます。
オプション価格を求めるには、原資産が将来どう動くかのモデルが必要です。2状態モデルならば
ところが、コールとプットの価格の差に限っては、分布の仮定が一切要りません。同じ原資産、同じ満期、同じ行使価格のヨーロピアンオプションであれば、株価がどのような確率で動こうと、コールとプットの間に確定した等式が成り立ちます。この等式がプット・コール・パリティです。
等式が成り立つ理由は裁定の議論だけで完結します。モデルを使わないので、モデルが間違っていても崩れません。今回はこの等式を証明し、仮定を外すと何が起きるかを数値で確かめます。
この記事で証明すること
- THM-PCP-1 配当なしの原資産について、同一満期・同一行使価格のヨーロピアンコールとプットの間に
が成り立ちます。原資産の分布は一切使いません。 - THM-PCP-2 コールの買いとプットの売りを組み合わせると、行使価格
の先渡の買いと満期のペイオフが一致します。パリティはこの一致を時刻 0 の価格で読み替えたものです。 - THM-PCP-3 満期までに既知の配当がある場合、パリティは
に修正されます。
2. 設定と仮定 ― 同じ原資産、同じ満期、同じ行使価格
以下の仮定を置きます。
- オプションの型: ヨーロピアン型(満期
まで行使できない)。 - 同一の原資産・同一の満期
・同一の行使価格 : コールとプットが同一の条件を持つ。 - 配当なし(THM-PCP-3 でこの仮定を外します)。
- 借入と貸出が同一の無リスク金利
で行える。割引係数 は確定した値。 - 空売り可、取引コスト・税・スプレッドなし。任意の実数単位で売買できる。
- 原資産価格の確率分布については一切仮定しない。
6番目の仮定がこの回の要点です。
3. 主張 ― コールとプットの差は先渡である
定理 THM-PCP-1(プット・コール・パリティ) 上の仮定のもとで、同一原資産・同一満期・同一行使価格のヨーロピアンコールとプットについて
が成り立つ。原資産の分布について何も仮定しない。
定理 THM-PCP-2(合成先渡としての言い換え) コールの買いとプットの売りを組み合わせた建玉は、行使価格
・満期 の先渡の買いと満期のペイオフが一致する。パリティはこの一致を時刻 0 の価格に読み替えたものである。
定理 THM-PCP-3(既知配当がある場合の修正) 満期までに支払われる配当の現在価値を
とすると となる。
証明を読む(読まなくても記事は完結します)
4. 証明 ― 2つの建玉が満期に一致することを見る
この節は読まなくても記事は完結します。
THM-PCP-2 の証明(合成先渡)
まず THM-PCP-2 を示します。これが THM-PCP-1 の背骨になります。
建玉 A: コールを1単位買い、プットを1単位売る。
満期のペイオフを場合分けします。
のとき: コールを行使して を受け取ります。プットは行使されないので です。合計 です。 のとき: コールは行使しないので です。プットが行使され、 を支払います。合計 です。
どちらの場合も満期のペイオフは
ここで重要なのは、
THM-PCP-1 の証明(パリティ等式)
THM-PCP-2 で得た「合成先渡」を使い、裁定の議論で等式を導きます。
ポートフォリオ X: コール1単位の買い + プット1単位の売り。
時刻 0 のコスト:
満期のペイオフ: THM-PCP-2 より
ポートフォリオ Y: 原資産1単位の買い + 額面
時刻 0 のコスト:
満期のペイオフ:
2つのポートフォリオは全ての状態で同じペイオフ
もし時刻 0 のコストが異なる、すなわち
- 時刻 0:
を受け取ります。 - 満期: X の売りは
のペイオフ、Y の買いは のペイオフ。合計 です。
元手なしで正の利益を得ており、裁定です。
- 時刻 0:
を受け取ります。 - 満期: 同様に合計
です。
裁定です。
したがって、無裁定のもとでは
が成り立つしかありません。
この証明のどこにも
THM-PCP-3 の証明(配当がある場合)
配当が満期前の時点
と書きます。
THM-PCP-1 の証明を振り返ります。ポートフォリオ X(コール買い・プット売り)の満期ペイオフは依然として
ポートフォリオ Y(原資産買い・安全資産借入)の満期ペイオフも
修正したポートフォリオ Y’ を作ります。
ポートフォリオ Y’: 原資産1単位の買い + 額面
時刻 0 のコスト:
満期のペイオフを確認します。原資産の価値は
したがってポートフォリオ X と Y’ は全状態でペイオフが一致し、THM-PCP-1 と同じ裁定の議論により
が成り立ちます。配当がないとき
5. 反例 ― 配当と早期行使で等式が破れる
CEX-PCP-1: 配当なしの仮定が破れる
です。
ところが、この銘柄が
です。修正パリティ(THM-PCP-3)で正しいプット価格を求めると
になります。配当なしパリティとの差は
CEX-PCP-2: ヨーロピアンの仮定が破れる(アメリカンプット)
パリティはヨーロピアン型でのみ等式です。アメリカンプットでは早期行使が最適になる場合があり、等式が不等式に弱まります。
モデルを使わずにこれを示します。ヨーロピアンプットの満期ペイオフは最大で
いま
- ヨーロピアンプットの価格上限:
- 即時行使の価値:
即時行使の価値
これは「今すぐ行使して 90 を手にし、安全資産に置けば満期に
アメリカンプットの価格はヨーロピアンプットの価格以上なので、パリティの等式は
という不等式に弱まります(
CEX-PCP-3: 借入と貸出が同一金利という仮定が破れる
貸出金利
THM-PCP-1 の証明で、ポートフォリオ Y を組むときに安全資産を借り入れるか貸し出すかで適用される金利が異なります。
- 裁定で安全資産を貸す側は割引係数
を使います。 - 裁定で安全資産を借りる側は割引係数
を使います。
これにより、パリティは一点ではなく帯になります。
数値を入れると
です。帯の幅は
帯の内側では裁定が成立しません。借入コストが利益を食いつぶすからです。帯の外側、つまり
6. 数値例 ― ずれている市場から確定利益を取り出す
です。市場のプット価格がこの値から外れている場合、確定利益を取り出す建玉を組めます。
ケース1: プットが割高(リバーサル)
市場のプット価格が
建玉(リバーサル): コール買い(
時刻 0 の手元現金は
満期の状況を確認します。
- コール買い+プット売りのペイオフ: THM-PCP-2 より
です。 - 原資産売りのペイオフ:
です。 - 貸出の回収:
です。
合計すると
ケース2: プットが割安(コンバージョン)
市場のプット価格が
建玉(コンバージョン): コール売り(
時刻 0 の正味支出は
満期の状況を確認します。
- コール売り+プット買い+原資産のペイオフ:
: コール売り 、プット買い 、原資産 。合計 。 : コール売り 、プット買い 、原資産 。合計 。
- 借入の返済:
。
合計すると
どちらのケースも、パリティからのずれが裁定利益の源泉です。ずれが大きいほど利益も大きくなります。
7. 次回へ ― モデルなしで言える価格の上限と下限
パリティは「コールとプットの差」を確定させますが、それぞれの水準は決めません。水準を絞り込むには、まだ使っていない道具があります。次回(第50回)では、モデルを使わずにオプション価格の裁定境界、すなわち上限と下限をどこまで詰められるかを見ます。
次のマイルストーンまであと 5 本です。
よくある質問
パリティはどんな相場でも成り立ちますか
前提がそろっていれば成り立ちます。崩れて見えるときは、配当・金利差・アメリカン型・取引コストのどれかが効いています。
モデルを使わないのに価格が決まるのはなぜですか
決まっているのはコールとプットの差だけです。それぞれの水準はモデルがないと決まりません。
実際の市場でパリティのずれは利益になりますか
理屈のうえではなります。ただし手数料と売買の値幅を引くと、ずれのほとんどは消えます。
参考文献
- Stoll H. R.、The Relationship Between Put and Call Option Prices、The Journal of Finance、1969年、DOI 10.2307/2325677
- Hull J. C.、Options Futures and Other Derivatives、第11版、Pearson、2021年
数値例は compute.py により有理数演算で検算済み。本文中の小数は4桁で丸めている。

