第48回 コールとプットの定義 ― ペイオフ図を正確に描く

位置: 第5部 第48回 / 前提: 第3回、第43回 / 数学編: なし / この回でできるようになること: コール・プットとその組み合わせのペイオフ図を正確に描き、満期の支払いと損益を区別できる
0. 物語 ― ペイオフと損益の混同
前回までに、オプションとは「権利」であり、不利なら行使しなくてよい、という話をしました。この性質は、別の面から見ることもできます。「行使できた」ことと「儲かった」こととは、実は別物だ、という面です。
行使価格100のコールオプションを、8で買ったとします。満期に原資産の価格が105だったとしましょう。行使すれば5が手に入ります。「5もらえたのだから得をした」と思うかもしれません。しかし、そのオプションを買うのに8を支払っています。手に入る5から支払った8を引くと、差し引きマイナス3です。行使できたのに損をしています。
このコールの買い手が利益を出すには、原資産の価格が108を超えなければなりません。100を超えて行使できる状態と、108を超えて初めて利益が出る状態のあいだには、8の幅があります。この幅がまさに、権利を手に入れるために支払った対価です。
ここで混同されているのが「ペイオフ」と「損益」の区別です。ペイオフとは満期に受け取る金額のことで、この場合は5です。損益とはペイオフから支払った対価を差し引いた金額で、マイナス3です。ペイオフが正であっても、損益が負になることがあります。
この区別をあいまいにしたまま先に進むと、どんなに複雑な理論を積み上げても、満期の支払い額と儲けの額をいつまでも取り違えることになります。この回では、コールとプットのペイオフを正確に定義し、折れ線の形・凸性・合成の恒等式という3つの性質を証明します。定義が正確であれば、ペイオフと損益を混同する余地はなくなります。
1. 動機 ― オプションの中身を正確に決める
この回を読み終えると、コール・プットとその組み合わせのペイオフ図を正確に描き、満期の支払いと損益を区別できます。
オプションという言葉は知っていても、その中身を数式で書けるかと聞かれると手が止まる人は多いはずです。「上がったら儲かる」「下がったら儲かる」という直感は正しいのですが、正確にいくら受け取れるかを式にしないと、証明も数値計算もできません。
今回はコールとプットのペイオフを定義し、その数学的な性質を3つ証明します。ペイオフの非負性と単調性、コールとプットを組み合わせたときに原資産との間に成り立つ恒等式、そしてペイオフ関数の凸性です。どれもオプション理論の土台になる性質で、ここを曖昧にすると後の議論が全て曖昧になります。
この記事で証明すること
- THM-CP3-1 コールのペイオフは原資産価格について広義単調増加で非負、プットのペイオフは広義単調減少で非負です。
- THM-CP3-2 コールの買いとプットの売りを同じ行使価格で組むと、満期のペイオフは
に一致します。 - THM-CP3-3 コールとプットのペイオフはいずれも原資産価格の凸関数です。
2. 設定と仮定 ― 行使価格と満期
この記事では次の仮定を置きます。全てを明示しておくのは、後でどの仮定が効いているかを追跡するためです。
- ヨーロピアン型に限る。 満期
にのみ行使の判断をします。満期前に行使できるアメリカンは第52回で扱います。 - 原資産は満期まで配当を払わない。
- ペイオフは満期時点の値だけで決まる。 途中の経路には依存しません。
- 取引コストと税は無い。
コールオプションとは、満期
です。
プットオプションとは、満期
です。
ペイオフとは満期に受け取る金額のことで、そのオプションを手に入れるために支払った金額(プレミアム)は含みません。この区別は反例の節で数値を使って確認します。
以上の定義が、この記事の全ての出発点です。
3. 主張 ― ペイオフは折れ線で、凸である
定義 (1.1), (1.2) から、3つの定理を正確に述べます。
定理 THM-CP3-1(ペイオフの非負性と単調性) コールのペイオフ
は について広義単調増加で非負である。プットのペイオフ は について広義単調減少で非負である。
定理 THM-CP3-2(合成による恒等式) コールの買いとプットの売りを同じ行使価格
で組むと、満期のペイオフは に等しい。すなわち、原資産価格から行使価格を引いたものに一致する。
定理 THM-CP3-3(凸性) コールのペイオフ
およびプットのペイオフ は、いずれも 上の凸関数である。すなわち、任意の と に対し が成り立つ。
についても同様である。
THM-CP3-2 の (2.1) は、コールとプットの関係を直接つなぐ式です。この恒等式自体はペイオフの定義から場合分けだけで出ますが、次回の第49回で扱うより深い関係の出発点になります。
3つの定理をまとめると、コールとプットのペイオフは「非負の折れ線で、しかも凸」という性質を持っています。
証明を読む(読まなくても記事は完結します)
4. 証明 ― 定義から場合分けで確かめる
この節は読まなくても記事は完結します。
THM-CP3-1 の証明
コールの非負性。 定義 (1.1) より
コールの広義単調増加。
の場合。 、 。 より です。 の場合。 、 です。 の場合。 なので 、 。等号で が成り立ちます。
どの場合も
プットの非負性。 定義 (1.2) より
プットの広義単調減少。
の場合。 、 。 より なので です。 の場合。 、 。 です。 の場合。 、 。等号で が成り立ちます。
どの場合も
THM-CP3-2 の証明
場合1:
定義 (1.1) より
場合2:
どちらの場合も
この証明で見落としてはいけないのは、
(2.1) を言葉にすると、コールの買いとプットの売りの組み合わせは、満期において原資産を
THM-CP3-3 の証明
コールのペイオフ
です。
が成り立ちます。これは
(3.2) を
したがって (3.1) が成り立ち、
プットの凸性。
右辺は
凸性を直感的に言うと、ペイオフのグラフ上の2点を結ぶ線分が、グラフの上側にあるということです。折れ線が「上に凸」ではなく「下に凸」に折れている ― つまりどちらも
5. 反例 ― ペイオフと損益は別物
CEX-CP3-1: ペイオフと損益を混同する誤り
ペイオフと損益(P&L)は別物です。ペイオフは満期に受け取る金額、損益はそこからプレミアムを引いた金額です。この混同はオプション初学者に非常に多い誤りです。
| ペイオフ | 損益 | |
|---|---|---|
| 80 | 0 | |
| 90 | 0 | |
| 100 | 0 | |
| 105 | 5 | |
| 110 | 10 | 2 |
| 120 | 20 | 12 |
ペイオフは
損益分岐点はペイオフがプレミアムと等しくなる点です。コールの場合、
同様に
ペイオフ図と損益図は同じ形の折れ線ですが、上下にプレミアム分だけずれています。ペイオフが正でも損益が負になる区間(コールなら
CEX-CP3-2: 組み合わせれば何でも作れる、という理解
コールとプットの線形結合で任意のペイオフを作れるように思えるかもしれません。しかし、同一行使価格のコールとプットでは、折れ点を行使価格以外に作ることはできません。
たとえば
| 80 | 85 | 90 | 95 | 100 | 105 | 110 | 115 | 120 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ペイオフ | 20 | 15 | 10 | 5 | 0 | 5 | 10 | 15 | 20 |
折れ点は
一方、行使価格を2つ使えば折れ点を2箇所に作れます。
| 80 | 85 | 90 | 95 | 100 | 105 | 110 | 115 | 120 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| コール( |
0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 10 | 15 | 20 | 25 |
| 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ||||
| スプレッド | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 10 | 10 | 10 | 10 |
折れ点が
任意の折れ線型ペイオフを作るには、折れ点の数だけ行使価格が必要です。
CEX-CP3-3: 凸性がどんなペイオフでも成り立つ、という思い込み
THM-CP3-3 はコールとプットの単体のペイオフについての定理です。コールの売り(ショートコール)を含む組み合わせでは、凸性が崩れます。
コールの売りが凸でないことの数値確認。
凸性は
ベアスプレッドでも凸性が崩れる例。
凸性は
凸性は
6. 数値例 ― ペイオフ表を作って図にする
| コール |
プット |
|
|---|---|---|
| 80 | 0 | 20 |
| 85 | 0 | 15 |
| 90 | 0 | 10 |
| 95 | 0 | 5 |
| 100 | 0 | 0 |
| 105 | 5 | 0 |
| 110 | 10 | 0 |
| 115 | 15 | 0 |
| 120 | 20 | 0 |
コールは
合成の確認(THM-CP3-2)。 コールの買いとプットの売りを同時に持つと、ペイオフは
| コール | 合成 | |||
|---|---|---|---|---|
| 80 | 0 | |||
| 90 | 0 | |||
| 100 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 110 | 10 | 0 | 10 | 10 |
| 120 | 20 | 0 | 20 | 20 |
合成のペイオフが
凸性の数値確認(THM-CP3-3)。
コール:
プット:
折れ点をまたぐ2点を取ると、中点のペイオフが端点の平均よりも小さくなっています。これが凸性の目に見える現れです。
ペイオフ表の全ての値は compute.py による厳密計算(fractions.Fraction)で検算済みです。
7. 次回へ ― モデルを使わずに成り立つ関係
今回定義したコールとプットのペイオフは、第49回以降の全ての議論の出発点です。
次回 第49回では、ペイオフではなく価格の世界で成り立つ関係を導きます。THM-CP3-2 はペイオフについての恒等式でしたが、次回のテーマはこれを価格に翻訳したとき何が言えるか、です。モデルを一切使わず、無裁定の仮定だけから導かれる関係が出てきます。
次のマイルストーンまであと 6 本です。
よくある質問
ペイオフと損益はどう違うのですか
ペイオフは満期にもらえる額、損益はそこから払ったプレミアムを引いた額です。図の形は同じで、上下にずれます。
なぜ折れ線になるのですか
行使するかしないかを選べるからです。不利なら行使しないので、そこで折れます。
凸であることに意味はありますか
あります。価格が凸になることや、ボラティリティが上がると価値が上がることにつながります。
参考文献
- Hull J. C.、Options Futures and Other Derivatives、第11版、Pearson、2021年
- Shreve S. E.、Stochastic Calculus for Finance I ― The Binomial Asset Pricing Model、Springer、2004年
数値例は compute.py により有理数演算で検算済み。

