第77回 バシュリエからブラック・ショールズまで ― 70年かかった理由

第77回 バシュリエからブラック・ショールズまで ― 70年かかった理由

位置: 第7部 第77回 / 前提: 第67回、第70回、第76回 / 数学編: なし / この回でできるようになること: バシュリエからブラック・ショールズまでの流れを追い、各時代に何が足りなかったかを説明できる。実践: ブラック・ショールズ価格を Python で計算し、市場価格からボラティリティを二分法で逆算して、織り込まれた変動幅を読むことができる

目次

0. 物語 ― バシュリエのモデルをそのまま使うと何が起きるか

ここまで76回にわたって、オプションの価格をつける道具を一つずつ組み立ててきました。二項モデルで複製の仕組みを理解し、ブラウン運動で連続的な値動きを記述し、伊藤の計算法で微分不可能な経路を扱えるようにし、ブラック・ショールズの公式にたどり着きました。

ここで一つ、素朴な疑問が湧きます。オプションに確率で値段をつけようとした人は、1973年よりずっと前にもいたのではないか。実はいました。1900年、フランスのバシュリエという数学者が博士論文で挑んでいます。

ところが、バシュリエのモデルには困った性質があります。株価の変化が釣り鐘型の分布に従うと仮定しているため、計算上、株価がマイナスになることがあり得るのです。釣り鐘型の分布はどこまでも裾が広がるので、「今100円の株が、1年後にマイナスになる」という結果を排除できません。

変動の幅が小さいうちは問題が見えにくいのですが、年率の変動幅を50%にすると、1年後に株価がマイナスになる確率は約2.3%になります。100%まで上げると約16%です。株を持っている人にとって「6回に1回はマイナスになる」というモデルは、到底受け入れられません。

では何が足りなかったのか。答えを先に言えば、株価そのものではなく株価の「変化率」にランダムさを入れる発想、そしてオプションの値段を予想ではなく複製のコストで決める発想です。前者が見つかるまでに65年、後者が加わるまでにさらに8年かかりました。

この回では、1900年から1973年までの道のりを振り返り、各時代に何が足りなかったのかを追いかけます。

1. 動機 ― なぜ70年もかかったのか

この回を読み終えると、バシュリエからブラック・ショールズまでの流れを追い、各時代に何が足りなかったかを説明できます。

なぜ70年以上もかかったのでしょうか。必要な数学が存在しなかった時期があり、数学が揃っても金融に応用する発想がなかった時期があり、発想があっても実務が追いついていなかった時期がありました。

この記事では、各時代で何が足りなかったのかを特定し、どの数学が現れたことで次の段階に進めたのかを因果でつなぎます。定理の証明はそれぞれの回に委ね、ここでは結果だけを引用します。

最後に、バシュリエの式とブラック・ショールズの式を同じパラメータで並べて、70年の差が数値にどう表れるかを見ます。

2. 設定と仮定 ― この記事で扱う範囲

この記事は読み物です。数学的な主張はそれぞれの回で扱っており、ここでは結果の引用にとどめます。

  • 扱う期間: 1900年(バシュリエの博士論文)から1973年(ブラック・ショールズ論文の出版と CBOE の開設)まで。
  • 扱わない話題: 1973年以降の発展(ボラティリティ・スマイル、確率ボラティリティモデルなど)は第76回までで触れました。ここでは振り返りません。
  • 数式の扱い: 結果だけを引用し、導出はしません。バシュリエ式とブラック・ショールズ式の具体的な計算は数値例の節で行います。
  • 人物についての記述: 一次資料で確認できる範囲にとどめます。存命の人物への評価にあたる記述はしません。

この記事は第7部の最終回です。第67回で置いたブラック・ショールズの仮定、第70回で読んだ公式、第76回で見た仮定が壊れる場面を前提とします。

3. 1900年から1973年までの年表

年 人物 何が新しかったか
1900 バシュリエ 価格変動の確率モデル
1923 ウィーナー ブラウン運動の数学的構成
1944 伊藤 確率微分方程式の理論
1965 サミュエルソン 幾何ブラウン運動の導入
1973 ブラック、ショールズ 複製による価格決定
1973 マートン 連続時間の厳密な定式化
1973 CBOE 上場オプション市場の開設

この年表は「何が解けなかったか」の順に並んでいます。次の節で、各段階の因果関係を詳しく見ます。

4. 各時代に足りなかった数学

この節では、年表の各段階で何が問題だったのかを順に追います。

バシュリエ(1900年)― 確率モデルの最初の一歩

ルイ・バシュリエは1900年の博士論文 Théorie de la spéculation で、株価の変動を確率過程として記述しました。パリ証券取引所の国債価格データを分析し、価格の変化が独立で正規分布に従うと仮定しました。

バシュリエのモデルを現代の記法で書くと、原資産価格 は次の形をしています。

ここで は標準ブラウン運動、 は絶対値で表したボラティリティです。価格そのものが正規分布に従うモデルで、これを算術ブラウン運動と呼びます。

このモデルには致命的な問題があります。正規分布は の値を取るので、 になる確率が正です。株価が負になることは現実にはあり得ません。この問題は次の節「行き止まりになった道」で数値を使って確認します。

しかし、バシュリエの仕事の本質はモデルの正しさではなく、金融の問題に確率論を持ち込んだことにあります。彼はこのモデルからオプションの理論価格を導きました。その公式は、(金利ゼロ)のもとで次のように書けます。

ここで は標準正規分布の分布関数、 はその密度関数です。

バシュリエの仕事は当時ほとんど注目されませんでした。確率論そのものが未整備で、金融の実務家にも数学者にも読者がいなかったためです。再発見は1950年代を待つことになります。

ウィーナー(1923年)― ブラウン運動の厳密な構成

バシュリエが直感的に使った「ランダムな連続運動」を、数学的に厳密に構成したのがノーバート・ウィーナーです。1923年の論文で、ブラウン運動の存在を測度論の枠組みで証明しました。

これにより、「価格がランダムに動く」という直感に数学的な基礎が与えられました。しかし、ウィーナーの関心は純粋数学と物理学にあり、金融への応用は視野に入っていませんでした。

ブラウン運動の経路は連続ですが、いたるところ微分不可能です。通常の微積分が使えないため、ブラウン運動を含む方程式を扱うには新しい計算法が必要でした。

伊藤清(1944年)― 確率微分方程式

伊藤清は1944年に確率積分を定義し、確率微分方程式の理論を構築しました。ブラウン運動のように微分不可能な関数に対して、積分を意味のある形で定義したのです。

伊藤の理論があって初めて、

のような方程式を厳密に書き下し、その解を求めることができるようになりました。この方程式の解が幾何ブラウン運動です。

しかし、伊藤の仕事もまた純粋数学として発表されたもので、金融に応用されるまでには20年以上の時間がかかりました。

サミュエルソン(1965年)― 幾何ブラウン運動

ポール・サミュエルソンは、バシュリエの仕事を再発見した経済学者の一人です。1965年の論文 Rational Theory of Warrant Pricing で、バシュリエの算術ブラウン運動を幾何ブラウン運動に置き換えました。

指数関数の中にブラウン運動が入るため、 が常に保証されます。バシュリエのモデルが抱えていた「価格が負になる」問題を、モデルの構造で解決したのです。

サミュエルソンはこのモデルでワラントの価格公式を導きましたが、その公式には将来の期待収益率 が含まれていました。つまり、「株がどれくらい上がると思うか」という主観的な見通しが価格に入り込んでいたのです。第45回で見たように、複製による価格決定では主観確率は消えます。サミュエルソンの段階では、この「消える」仕組みがまだ見つかっていませんでした。

ブラック、ショールズ、マートン(1973年)― 複製による価格決定

1973年、フィッシャー・ブラックとマイロン・ショールズは、オプションの価格を複製ポートフォリオのコストとして決定する方法を発表しました。同年、ロバート・マートンが連続時間での厳密な定式化を与えました。

ブラック・ショールズ式は、 のとき次の形になります。

この式の決定的な特徴は、(期待収益率)が含まれていないことです。価格はボラティリティ だけで決まります。

なぜ が消えるのか。それは、オプションを株と安全資産で連続的に複製できるからです。複製のコストは「作るのにいくらかかるか」であって、「株がどれくらい上がると思うか」に依存しません。第45回で離散モデルについて証明したこの性質が、連続時間でも成り立つのです。

1973年は理論だけでなく実務も動いた年です。シカゴ・オプション取引所(CBOE)が開設され、上場オプションの組織的な取引が始まりました。理論と市場が同時に揃ったことで、オプション価格の理論は実務に浸透していきました。

各段階をまとめると、バシュリエが確率モデルを作り、ウィーナーがその数学的基礎を固め、伊藤が確率微分方程式を可能にし、サミュエルソンが幾何ブラウン運動で価格の非負性を解決し、ブラック・ショールズが複製の発想で主観確率を排除しました。70年かかったのは、各段階で別々の障壁があったからです。

5. 行き止まりになった道

CEX-HIST-1: バシュリエのモデルで価格が負になる

バシュリエのモデル では、 が正規分布に従います。正規分布の台は実数全体なので、 となる確率は

で計算できます。、 として、ボラティリティを変えて計算します。比較のため、ブラック・ショールズ式と同じ瞬間ボラティリティになるよう と置きます。

(年率)
0.10 10 ほぼ 0()
0.20 20
0.30 30 0.043%
0.50 50 2.28%
0.80 80 10.6%
1.00 100 15.9%

(株式市場の典型的な水準)では確率は無視できるほど小さく、実務上はほとんど問題になりません。しかしボラティリティが上がると状況は変わります。 で 2.28%、 では 15.9% と、無視できない確率で価格が負になります。

これは理論的な欠陥です。株価が負になることはあり得ないので、バシュリエのモデルはボラティリティが高い状況や満期が長い状況では使えません。サミュエルソンが幾何ブラウン運動を導入したのは、まさにこの問題を解決するためでした。

CEX-HIST-2: ブラック・ショールズは何もないところから生まれたのではない

「ブラック・ショールズが突然オプション理論を発明した」という通俗的な説明がありますが、年表を見ればこれが正しくないことが分かります。伊藤の確率解析もサミュエルソンのモデルも、1973年より前に出そろっていました。

  • 1944年に伊藤が確率微分方程式を構築していなければ、幾何ブラウン運動を厳密に扱う方法がありませんでした。
  • 1965年にサミュエルソンが幾何ブラウン運動を金融に導入していなければ、出発点となるモデルがありませんでした。

1973年に新しかったのは、価格を予想ではなく複製で決めるという発想です。サミュエルソンの公式には が残っていましたが、ブラック・ショールズは「オプションを株で連続的にヘッジすれば、株の期待収益率は価格に影響しない」ことを示しました。この転換こそが70年の最後のピースでした。

6. 数値例 ― バシュリエ式とブラック・ショールズ式を並べる

バシュリエ式とブラック・ショールズ式を、同じパラメータ 、、、 で比較します。瞬間ボラティリティを揃えるため、バシュリエ式には を使います。

ボラティリティを変えた比較

バシュリエ ブラック・ショールズ 差
0.10 3.9894 3.9878 0.0017
0.20 7.9788 7.9656 0.0133
0.30 11.9683 11.9235 0.0447
0.50 19.9471 19.7413 0.2058
0.80 31.9154 31.0843 0.8310
1.00 39.8942 38.2925 1.6017

低いボラティリティでは両者はほぼ一致します。 で差はわずか 0.0017 です。これはバシュリエのモデルでも「だいたい正しい」領域が存在することを意味します。

しかしボラティリティが上がると差は急速に開きます。 では差が 1.6017 に達します。この表(アット・ザ・マネー、)では、バシュリエ式は常にブラック・ショールズ式より大きな値を返しています。価格が負になる領域ではコールのペイオフ はゼロなので、その領域が値を押し上げているわけではありません。理由は式の形にあります。 と置くと、バシュリエ式は と に比例し、ブラック・ショールズ式は です。後者の についての傾きは で、 では での傾き より小さいので、ブラック・ショールズ式は原点での接線であるバシュリエ式の下にあり、 が大きいほど差が開きます。

短い満期と低いボラティリティでの一致

満期を短くし、ボラティリティを に固定すると、両者の差はさらに小さくなります。

バシュリエ ブラック・ショールズ 差
0.01 0.3989 0.3989 0.0000
0.05 0.8921 0.8920 0.0000
0.10 1.2616 1.2615 0.0001
0.25 1.9947 1.9945 0.0002

小数第3位まで一致しています。短い満期では の分布が の近くに集中するため、算術ブラウン運動と幾何ブラウン運動の違いがほとんど現れません。バシュリエの近似が「使える」のは、この領域です。

バシュリエの式は70年前のモデルですが、パラメータを選べば現代の式とほぼ同じ値を返します。逆に言えば、幾何ブラウン運動と複製の発想が必要になるのは、ボラティリティが高い場面や満期が長い場面で「正しい値」を出すためです。

7. 実践 ― ブラック・ショールズ価格を Python で出し、インプライド・ボラティリティを二分法で逆算する

ここまでの道具 ― ブラック・ショールズの価格式(第70回)と裁定の境界(第50回) ― を使い、Python でオプション価格を計算し、市場価格からボラティリティを二分法で逆算します。この回を終えると、ブラック・ショールズ価格を Python で計算し、市場価格からボラティリティを二分法で逆算して、織り込まれた変動幅を読むことができます。

手順

逆算は次の2段階で行います。

段階1: 裁定の境界を確認する。 入力されたコール価格 が

の範囲にあるかを調べます。範囲外なら「解なし」を返して終了します。

段階2: 二分法で逆算する。 コール価格はボラティリティ について単調増加です。この性質だけを使い、 の下限と上限(0.001 と 5.0)を置いて区間を半分に切りながら、理論価格が市場価格に合う を探します。区間の幅が十分小さくなったら収束と判定します。

コード

以下の Python コードが、価格計算と逆算の全体です。

import math

def N(x):
    return 0.5 * (1.0 + math.erf(x / math.sqrt(2.0)))

def bs_call(S, K, r, T, sigma):
    d1 = (math.log(S/K) + (r + 0.5*sigma**2)*T) / (sigma*math.sqrt(T))
    d2 = d1 - sigma * math.sqrt(T)
    return S * N(d1) - K * math.exp(-r*T) * N(d2)

def implied_vol(S, K, r, T, C_mkt, tol=1e-8):
    lo_bound = max(S - K * math.exp(-r*T), 0)
    if C_mkt <= lo_bound or C_mkt >= S:
        return None                         # 境界外: 解なし
    lo, hi = 0.001, 5.0                     # 二分法
    for _ in range(200):
        mid = 0.5 * (lo + hi)
        if bs_call(S, K, r, T, mid) > C_mkt:
            hi = mid
        else:
            lo = mid
        if hi - lo < tol:
            return mid
    return 0.5 * (lo + hi)

# --- 検算 ---
S, K, r, T, sigma = 100, 100, 0.01, 0.25, 0.25
C = bs_call(S, K, r, T, sigma)
print(f"call = {C:.4f}")                    # 5.1032
iv = implied_vol(S, K, r, T, C)
print(f"IV   = {iv:.6f}")                   # 0.250000

このコードを実行すると、コール価格 、逆算したインプライド・ボラティリティ が出力されます。compute_practice.py の計算と一致します。コードは全体で27行で、math.erf だけで標準正規分布を計算しているので、外部ライブラリは不要です。

結果の読み方

、、、、 での計算結果です。

項目 値
コール価格
プット価格

このコール価格を入力として、 を知らないふりをして二分法で逆算します。探索区間 から出発したときの反復の様子です。

反復 下限 上限 理論価格 価格誤差
0
1
5
10
15
34

許容誤差を としたとき、35回の反復で に収束しました。二分法は毎回区間を半分にするので、収束は遅いですが、境界内の価格であれば必ず収束します。

ボラティリティの意味を読む。 年率 を、平方根則で期間ごとの標準偏差に換算します。営業日数を 、1年を252営業日として、 です。

期間 営業日数 株価の標準偏差
1年 252
1か月 21
1日 1

年率 は「1年で標準偏差25円」に相当します。1日では約 円です。この換算は対数収益率が独立同分布であるという仮定に基づく目安です。

行使価格ごとに逆算する。 行使価格を変えて、それぞれ異なるボラティリティで生成した架空のコール価格から逆算します。

行使価格 コール価格 逆算したボラティリティ

行使価格ごとに逆算した値が異なっています。これは価格を生成するときに行使価格ごとに異なるボラティリティを使ったためです。現実の市場でも行使価格ごとにインプライド・ボラティリティは異なります。

CEX-PR77-1: 裁定の境界を外れた価格からは逆算できない

コール価格の裁定の境界(第50回)は

です。

下限を下回る場合: を入力すると、 をどんなに小さくしても理論価格は までしか下がりません( での極限が です)。逆算は「解なし」を返します。

上限を上回る場合: を入力すると、 をどんなに大きくしても理論価格は を超えません。こちらも解が存在しません。

逆算のプログラムを走らせる前に、価格が境界の内側にあるかを確かめる必要があるのはこのためです。

CEX-PR77-2: 価格の丸めがボラティリティの逆算に与える影響

価格を小数2桁に丸めたとき、逆算したボラティリティがどれだけ動くかを見ます。

正確な価格 丸めた価格 正確な逆算値 丸めた逆算値 差
ATM ()
OTM ()

アット・ザ・マネーでは差は小数第4位にとどまりますが、深いアウト・オブ・ザ・マネーでは差がやや大きくなります。価格が小さいほど、同じ丸め幅に対するボラティリティの感度が高くなるためです。実務でインプライド・ボラティリティを扱うときは、入力する価格の精度が逆算値に影響することを意識する必要があります。

この節のまとめです。ブラック・ショールズの価格式と二分法による逆算を Python で実装し、裁定の境界の外では解が存在しないこと、価格の丸めが逆算値に影響することを数値で確認しました。

8. 次回へ ― 歴史を終えて、価格を動かす感応度へ

1900年から1973年までの道のりを振り返りました。バシュリエが確率モデルを作り、ウィーナーが基礎を固め、伊藤が道具を整え、サミュエルソンがモデルを修正し、ブラック・ショールズが複製で主観を排除しました。

第7部はこれで終わりです。次回(第78回)からは第8部に入り、価格がパラメータの変化にどう反応するか ― 感応度(デルタ)の話に進みます。

この回で、4つ目のマイルストーンに到達しました。

よくある質問

バシュリエの研究はなぜ長く埋もれていたのですか

当時は確率論そのものが整備されておらず、金融の実務にも読む人がいなかったためです。再発見されたのは1950年代です。

ブラック・ショールズの何が新しかったのですか

価格を予想ではなく複製で決めたことです。将来の見通しを使わずに価格が出る点が転換でした。

この回に証明がないのはなぜですか

数学はそれぞれの回で扱います。ここでは、どの問題がいつ解けたのかという流れだけを追います。

参考文献

  1. Bachelier L.、Théorie de la spéculation、Annales scientifiques de l’École Normale Supérieure、1900年
  2. Samuelson P. A.、Rational Theory of Warrant Pricing、Industrial Management Review、1965年
  3. Black F. and Scholes M.、The Pricing of Options and Corporate Liabilities、Journal of Political Economy、1973年、DOI 10.1086/260062
  4. Merton R. C.、Theory of Rational Option Pricing、The Bell Journal of Economics and Management Science、1973年、DOI 10.2307/3003143
  5. Davis M. and Etheridge A.、Louis Bachelier’s Theory of Speculation、Princeton University Press、2006年

数値例は compute.py により検算済み。本文中の小数は4桁で丸めている。

目次