位置: 第8部 第78回 / 前提: 第44回、第70回 / 数学編: M6 / この回でできるようになること: オプションのデルタを計算し、それをヘッジに必要な株数として読むことができる
目次
0. 物語 ― デルタは行使確率ではない
前回までに導いたブラック・ショールズの価格式は、原資産の価格からオプションの値段を直接計算する道具でした。この結果は、別の面からも読めます。「原資産が1円動いたら、オプションの値段はいくら動くか」という感応度が、価格式の中にすでに埋まっているのです。
この感応度をデルタと呼びます。株が100円、行使価格も100円、金利5パーセント、変動率20パーセント、残存1年という条件で計算すると、コールのデルタは0.64です。原資産が1円上がれば、コール価格は約0.64円上がります。
ここで「0.64ということは、行使される確率が64パーセントだ」と読む人がいます。形が確率に似ているので無理もありません。しかし、同じ条件で行使される確率を別に計算すると、0.56です。デルタは0.64なのに、行使確率は0.56。差は0.08もあります。
この食い違いは偶然ではありません。デルタは「行使されるかどうか」だけでなく、「行使されたときにどれだけ深く利益が出るか」の情報まで含んでいます。だからデルタは行使確率より常に大きくなります。両者が一致するのは、値動きの幅がゼロという非現実的な場合だけです。
デルタにはもう一つの顔があります。オプションの値動きを株で打ち消したいとき、何株持てばよいかの答えそのものです。今回は、この感応度がなぜ複製に必要な株数と一致するのかを証明します。
1. 動機 ― 原資産が1動くと価格はいくら動くか
この回を読み終えると、オプションのデルタを計算し、それをヘッジに必要な株数として読むことができます。
オプションを持っているとき、原資産の価格が 1 だけ動いたら、オプションの価格はいくら動くでしょうか。この問いに答える量がデルタです。
第70回で導いたブラック・ショールズの価格式は、原資産価格 S、行使価格 K、金利 r、ボラティリティ σ、残存期間 T の関数でした。価格が複数の変数に依存するとき、ある一つの変数だけを動かして感応度を見ることは自然な発想です。デルタは、その中で最も基本的な感応度、すなわち原資産価格に対する偏微分です。
第44回の二項モデルでは、複製ポートフォリオの株の保有量 Δ を計算しました。今回は連続時間のブラック・ショールズの枠組みでも、デルタが複製に必要な原資産の保有量に一致することを示します。デルタは感応度であると同時に、ヘッジのための建玉そのものです。
この記事で証明すること
- THM-DL-1 コールのデルタは N(d1) に等しく、プットのデルタは N(d1)−1 に等しいです。
- THM-DL-2 デルタは複製に必要な原資産の保有量に一致します。第44回の二項モデルでの Δ の連続時間版です。
- THM-DL-3 コールのデルタは 0 と 1 の間にあり、原資産価格について広義単調増加します。
2. 設定と仮定 ― ブラック・ショールズの枠組み
以下を仮定します。
- 原資産: 配当なし。価格 St は幾何ブラウン運動に従います。
- 金利: 無リスク金利 r は一定です。
- ボラティリティ: σ>0 は一定です。
- オプション: ヨーロピアン型。満期 T、行使価格 K>0。
- 感応度の定義: 価格を各パラメータで偏微分したものをグリークスと呼びます。デルタは S についての一階偏微分です。
第70回で導いたブラック・ショールズの価格式を再掲します。
CP=SN(d1)−Ke−rTN(d2),=Ke−rTN(−d2)−SN(−d1).(2.1)
ここで
d1d2=σTln(S/K)+(r+21σ2)T,=d1−σT.(2.2)
N(⋅) は標準正規分布の分布関数、φ(⋅) はその密度関数です。以下の関係式を証明中に使います。
φ(x)=2π1e−x2/2,N′(x)=φ(x).(2.3)
この枠組みのもとで、デルタの閉形式と複製との関係、範囲と単調性を示します。
3. 主張 ― デルタは複製の保有量である
3つの定理を述べます。
定理 THM-DL-1(デルタの定義と閉形式)
ブラック・ショールズの枠組みにおいて、コール価格 C とプット価格 P の原資産価格 S についての偏微分は次で与えられる。
∂S∂C=N(d1),∂S∂P=N(d1)−1.(3.1)
定理 THM-DL-2(複製との対応)
ブラック・ショールズの枠組みにおいて、コールを複製するポートフォリオは、各時点で N(d1) 単位の原資産と −Ke−rTN(d2) の安全資産からなる。すなわちデルタは複製に必要な原資産の保有量に一致する。
定理 THM-DL-3(範囲と単調性)
コールのデルタ N(d1) は 0<N(d1)<1 を満たし、S について広義単調増加する。プットのデルタ N(d1)−1 は −1<N(d1)−1<0 を満たし、S について広義単調増加する。
定理2は、第44回の二項モデルで Δ=(Xu−Xd)/((u−d)S0) と計算した「複製に必要な株数」の連続時間への拡張です。
証明を読む(読まなくても記事は完結します)
4. 証明 ― 価格式を原資産価格で微分する
この節は読まなくても記事は完結します。
この証明を追いたい人は、数学編 第6回「微分と積分の交換」へ。
THM-DL-1 の証明
コール価格 C=SN(d1)−Ke−rTN(d2) を S で偏微分します。d1 と d2 はともに S の関数なので、積の微分法と連鎖律を使います。
∂S∂C=N(d1)+Sφ(d1)∂S∂d1−Ke−rTφ(d2)∂S∂d2.(4.1)
第1項は SN(d1) を S で微分した結果です。N(d1) がそのまま出る部分と、S が d1 を通じて N に影響する部分の2つに分かれます。
d1 の S に対する偏微分を計算します。d1=σTln(S/K)+(r+21σ2)T なので、ln(S/K) の部分だけが S に依存します。
∂S∂d1=σT1⋅S1=SσT1.(4.2)
d2=d1−σT より、σT は S によらない定数ですから
∂S∂d2=∂S∂d1=SσT1.(4.3)(4.2)
∂S∂C=N(d1)+σTφ(d1)−SσTKe−rTφ(d2).(4.4)
ここで、第2項と第3項が打ち消し合うことを示します。これが証明の核です。
φ(d2) を φ(d1) で表すため、d2=d1−σT を密度関数の定義に代入します。
φ(d2)=2π1exp(−2d22)=2π1exp(−2(d1−σT)2).(4.5)
指数部を展開します。
−2(d1−σT)2=−2d12−2d1σT+σ2T=−2d12+d1σT−2σ2T.(4.6)
したがって
φ(d2)=φ(d1)⋅exp(d1σT−2σ2T).(4.7)
次に d1 の定義を使って指数部を整理します。d1σT=ln(S/K)+(r+21σ2)T なので
d1σT−2σ2T=lnKS+rT.(4.8)(4.8)
φ(d2)=φ(d1)⋅KS⋅erT.(4.9)
これが鍵の等式です。(4.9) の両辺に Ke−rT を掛けると
Ke−rTφ(d2)=Sφ(d1).(4.10)(4.10)
∂S∂C=N(d1)+σTφ(d1)−SσTSφ(d1)=N(d1)+σTφ(d1)−σTφ(d1)=N(d1).
第2項と第3項が完全に相殺し、∂C/∂S=N(d1) が得られます。
プットのデルタはプット・コール・パリティから直ちに従います。パリティは P=C−S+Ke−rT なので
N(d1)−1=−(1−N(d1))=−N(−d1) とも書けます。 ∎
THM-DL-2 の証明
ブラック・ショールズの価格式 (2.1) を再度見ます。
右辺は S に N(d1) を掛けた項と、S によらない安全資産の項に分かれています。これは「N(d1) 単位の原資産を持ち、Ke−rTN(d2) を借りる」ポートフォリオの価値そのものです。
ブラック・ショールズのモデルでは、連続的にリバランスを行う自己資金調達ポートフォリオでオプションを複製します。自己資金調達条件のもとでは、ポートフォリオ価値の変化は
dVt=ΔtdSt+r(Vt−ΔtSt)dt(4.11)
と書けます。ここで Δt は時刻 t における原資産の保有量です。一方、伊藤の公式をコール価格 C(St,t) に適用すると、dC の dSt の係数は ∂C/∂S です。複製の条件 Vt=C(St,t) が全ての t で成り立つには、dSt の係数を一致させる必要があります。すなわち
Δt=∂S∂CS=St=N(d1).(4.12)
これがコールの複製に必要な原資産の保有量です。第44回の二項モデルにおけるデルタヘッジ比率
の連続時間への拡張になっています。二項モデルでは上昇時と下落時のペイオフの差を株価の変化幅で割って保有量を求めましたが、連続時間ではこの操作が偏微分に置き換わります。 ∎
THM-DL-3 の証明
範囲: N(⋅) は標準正規分布の分布関数なので、任意の実数 x に対し 0<N(x)<1 です。d1 は実数ですから 0<N(d1)<1。したがってコールのデルタは 0 と 1 の間にあります。プットのデルタ N(d1)−1 については −1<N(d1)−1<0 です。
単調性: d1 が S について単調増加であることを示せば、N の単調性から結論が従います。
S>0、σ>0、T>0 なので、この偏微分は常に正です。したがって d1 は S の狭義単調増加関数です。
N は分布関数なので狭義単調増加です(密度関数 φ>0 のため)。単調増加関数の合成は単調増加ですから
∂S∂N(d1)=φ(d1)⋅SσT1>0.
よってコールのデルタ N(d1) は S について狭義単調増加です。
プットのデルタ N(d1)−1 も N(d1) と定数の差なので、同じく S について狭義単調増加です。 ∎
5. 反例 ― デルタは行使確率ではない
CEX-DL-1: デルタを行使確率と読む誤り
コールのデルタは N(d1) です。一方、リスク中立確率のもとでコールが行使される確率は N(d2) です。両者は似た形ですが異なる量です。
S=100、K=100、r=0.05、σ=0.20、T=1 で数値を比較します。
N(d1)=0.6368,N(d2)=0.5596.
差は 0.0772 です。デルタ N(d1) は行使確率 N(d2) より常に大きくなります。N(d1)=N(d2) が成り立つのは d1=d2、すなわち σT=0 の場合だけです。ボラティリティがゼロでない限り、デルタと行使確率は一致しません。
直感的には、N(d1) は「行使されるかどうか」だけでなく「行使されたときにどれだけ深くインザマネーにいるか」の情報も含んでいます。d1 が d2 より σT だけ大きいことで、その上乗せが反映されています。
デルタを行使確率と誤解すると、ヘッジの建玉を過小に見積もる危険があります。
CEX-DL-2: デルタが一定であるという暗黙の前提
「デルタが 0.64 だから、原資産が 10 動いたらオプションは 6.4 動く」と線形に考えると誤差が出ます。デルタ自体が S の関数だからです。
| S |
コールのデルタ |
| 90 |
0.4298 |
| 95 |
0.5373 |
| 100 |
0.6368 |
| 105 |
0.7237 |
| 110 |
0.7958 |
S=100 から S=110 へ動いたとき、デルタは 0.6368 から 0.7958 に変わっています。S=100 時点のデルタで「10 × 0.6368 = 6.368 の変化」と予測しますが、実際のコール価格の変化を計算すると C(110)−C(100)=7.2124 で、デルタが増加する分だけ予測より大きくなります。
実際に S=100 でデルタ中立に組んで原資産が 5 動いた場合の損益を見ます。
| ΔS |
コール損益 |
株の損益 |
合計 |
| +1 |
+0.6461 |
−0.6368 |
+0.0093 |
| −1 |
−0.6274 |
+0.6368 |
+0.0095 |
| +5 |
+3.4073 |
−3.1842 |
+0.2232 |
| −5 |
−2.9397 |
+3.1842 |
+0.2444 |
原資産が 1 動いた程度であれば合計はほぼゼロですが、5 動くと 0.22〜0.24 のずれが出ます。デルタが変化しているからです。デルタを一定と仮定したヘッジは、原資産が大きく動くと崩れます。組み替えが必要になるのはこのためです。
CEX-DL-3: 満期直前でもデルタが滑らかである、という理解
満期が近づくと、アット・ザ・マネー付近でデルタが急変します。以下の表は K=100、r=0.05、σ=0.20 で残存期間を変えたときのコールのデルタです。
| S |
T=1 |
T=0.25 |
T=0.01 |
| 98 |
0.5983 |
0.4892 |
0.1647 |
| 99 |
0.6178 |
0.5297 |
0.3201 |
| 100 |
0.6368 |
0.5695 |
0.5140 |
| 101 |
0.6553 |
0.6082 |
0.7028 |
| 102 |
0.6733 |
0.6454 |
0.8473 |
T=1 では S が 98 から 102 まで動いてもデルタは 0.60 から 0.67 へなだらかに変化します。ところが T=0.01(残り約2.5営業日)になると、S=98 でデルタが 0.16、S=102 でデルタが 0.85 と、わずか 4 の値幅で 0 に近い値から 1 に近い値まで急変します。
満期直前のアット・ザ・マネーでは、原資産が少し動くだけでデルタが大きく変わります。ヘッジの頻度を上げなければ追随できなくなるため、実務上は満期が近いアット・ザ・マネーのオプションのヘッジが最も困難です。
6. 数値例 ― 原資産を振ってデルタを追う
S=100、K=100、r=0.05、σ=0.20、T=1 を基準に計算します。まず d1 と d2 を確認します。
d1=0.20×1ln(100/100)+(0.05+0.5×0.04)×1=0.200.07=0.35.
コールのデルタ: N(0.35)=0.6368。原資産が 1 動くと、コール価格は約 0.64 動きます。
プットのデルタ: N(0.35)−1=−0.3632。プットは原資産と逆方向に動き、原資産が 1 上がるとプット価格は約 0.36 下がります。
コール価格: 100×0.6368−100×e−0.05×0.5596=10.4506。
プット価格: 100×e−0.05×(1−0.5596)−100×(1−0.6368)=5.5735。
パリティの検算: C−P=10.4506−5.5735=4.8771。S−Ke−rT=100−100×0.9512=4.8771。一致します。
デルタの検算: コールのデルタ 0.6368 からプットのデルタ −0.3632 を引くと 1.0000 です。これはプット・コール・パリティの微分 ∂C/∂S−∂P/∂S=1 に一致します。
次に、S を 60 から 140 まで振ったときのコールのデルタを示します。
| S |
60 |
70 |
80 |
90 |
100 |
110 |
120 |
130 |
140 |
| デルタ |
0.014 |
0.076 |
0.222 |
0.430 |
0.637 |
0.796 |
0.896 |
0.952 |
0.979 |
深いアウト・オブ・ザ・マネー(S=60)ではデルタがほぼ 0 です。コールの行使がほぼ確実でないとき、原資産の変動はコール価格にほとんど影響しません。深いイン・ザ・マネー(S=140)ではデルタがほぼ 1 で、コールの価値は原資産とほぼ 1 対 1 で動きます。アット・ザ・マネー(S=100)付近のデルタは 0.64 で、0 でも 1 でもない中間の値を取ります。
最後に、デルタ中立ポートフォリオの検算を示します。S=100 でコールを 1 単位買い、デルタの分 0.6368 単位の原資産を空売りします。原資産が 1 上がると、コールの利益 +0.6461 と株の損失 −0.6368 がほぼ相殺し、合計は +0.0093 です。原資産が 1 下がった場合も合計 +0.0095 とほぼゼロです。デルタが複製の保有量であることが、数値でも確認できます。
7. 次回へ ― デルタが変化する速さ
今回はデルタの定義・閉形式を導出し、複製の保有量との一致を証明しました。デルタは 0 と 1 の間にあり、原資産価格について単調増加します。
しかし反例で見たように、デルタは一定ではありません。原資産が動くたびにデルタも変わり、ヘッジの建玉を組み替える必要があります。次回 79 ではデルタが変化する速さを測る量を導入します。
次のマイルストーンまであと 10 本です。
よくある質問
デルタ0.5はどういう意味ですか
原資産が1円動くとオプションが0.5円動く、という意味です。同時に、複製に必要な株数でもあります。
デルタは行使される確率ですか
違います。似た形の量が別にあり、それが N(d2) です。
デルタヘッジとは何ですか
デルタの分だけ原資産を反対に持って、価格の動きを打ち消すことです。
参考文献
- Black F. and Scholes M.、The Pricing of Options and Corporate Liabilities、Journal of Political Economy、1973年、DOI 10.1086/260062
- Hull J. C.、Options Futures and Other Derivatives、第11版、Pearson、2021年
数値例は compute.py により scipy.stats.norm を用いて計算済み。本文中の小数は4桁で丸めている。