第79回 ガンマは何を測っているのか ― デルタが崩れる速さ

第79回 ガンマは何を測っているのか ― デルタが崩れる速さ

位置: 第8部 第79回 / 前提: 第70回(BS公式)、第78回(デルタ) / 数学編: M3(偏微分)、M6(微分と積分の交換) / この回でできるようになること: ガンマを計算し、デルタヘッジがどれだけの速さで崩れるかを見積もることができる

目次

0. 物語 ― 満期直前のデルタヘッジ

「満期まであと数日なのに、ヘッジの調整が全然追いつかないんですよ」

オプションのデスクで隣に座る同僚が、画面から目を離さずに言いました。行使価格がちょうど100のコールを持っていて、原資産も100前後をうろうろしています。株が少し動くたびに、ヘッジの持ち高をどんどん直さなくてはならないというのです。

「こっちは楽なもんだけどな」と、向かいの席から声が返ってきました。行使価格は同じ100なのに、原資産は110。満期もほぼ同じ日なのに、最近はほとんどヘッジを触っていないと言います。

数字を見比べると、差は歴然でした。満期まで1年あるとき、行使価格ぴったりのオプションでヘッジ比率が動く速さは0.019ほどです。ところが満期まで残り約4日になると0.20に跳ね上がります。およそ10倍です。少しの値動きでヘッジ比率が大きく振れるので、更新が間に合わなくなります。

一方、原資産が行使価格から離れている場合には逆の現象が起きます。満期が近づくと、そのオプションが行使されるかどうかはほぼ確定します。ヘッジ比率は0か1に張り付いたまま動かなくなり、修正する必要がほとんどなくなるのです。

同じ「満期が迫っている」という状況なのに、原資産が行使価格の近くにいるかどうかで、ヘッジの忙しさがまるで正反対になります。この回では、ヘッジ比率がどれだけの速さで変わるかを閉じた式で書き下し、なぜ満期直前にこの極端な差が生まれるのかを証明します。

1. 動機 ― デルタは動いた瞬間に古くなる

この回を読み終えると、ガンマを計算し、デルタヘッジがどれだけの速さで崩れるかを見積もることができます。

第78回でデルタを導きました。デルタはオプション価格が原資産の変動にどれだけ追随するかを示す量で、ヘッジ比率そのものです。しかしデルタには致命的な弱点があります。デルタ自身が原資産の関数なので、原資産が動いた瞬間に値が変わってしまうのです。

たとえば でデルタが だったとします。原資産が 105 に動くとデルタは のままではありません。デルタが変化する速さを知らなければ、次にどれだけヘッジがずれるかを予測できません。

この「デルタが変化する速さ」を測るのがガンマです。ガンマはオプション価格の原資産に関する二階偏微分であり、デルタの原資産に関する一階偏微分です。今回はこの量を定義し、ブラック・ショールズの枠組みで閉じた式を導き、原資産を動かしたときにガンマがどう振る舞うかを数値で確認します。

この記事で証明すること

  • THM-GAM-1 ガンマはデルタを原資産で微分した量であり、BS の枠組みでは という閉じた式で書けます。コールとプットで値は一致します。
  • THM-GAM-2 満期とボラティリティを固定すると、ガンマは原資産の関数として単峰で、最大点は行使価格より小さい位置にあります。
  • THM-GAM-3 アット・ザ・マネーでは満期が近づくとガンマが発散し、イン・ザ・マネーとアウト・オブ・ザ・マネーでは 0 に収束します。

2. 設定と仮定 ― ブラック・ショールズの枠組みとヨーロピアン

以下の仮定をすべて置きます。

  • ブラック・ショールズの枠組み: 原資産は幾何ブラウン運動に従い、ボラティリティ と無リスク金利 は一定、配当はない。
  • オプションはヨーロピアン型で、満期 、行使価格 。
  • 連続取引が可能で取引コストはない。
  • グリークスは偏微分として定義する(有限差分による近似値ではない)。
  • ボラティリティと金利は年率。

第70回で導いたブラック・ショールズ公式を再掲します。コール価格は

ここで

であり、 は標準正規分布の分布関数、 はその密度関数です。第78回で示したデルタは

です。プットのデルタは でした。

ここまでの仮定と記法が、今回の出発点です。

3. 主張 ― ガンマの定義と閉じた式

3つの定理を正確に述べます。

定理 THM-GAM-1(ガンマの定義と閉形式) ガンマは原資産価格についての価格の二階偏微分であり、デルタの一階偏微分に等しい。ブラック・ショールズの枠組みでは

と書け、コールとプットで一致する。

定理 THM-GAM-2(単峰性と最大点) 満期 とボラティリティ を固定するとガンマは原資産価格 の関数として単峰であり、

でちょうど最大値を取る。 および でガンマは 0 に減衰する。 は行使価格 より小さく、金利とボラティリティが大きいほど から離れる。

定理 THM-GAM-3(満期接近での挙動) アット・ザ・マネー()では満期 のときガンマは発散し、イン・ザ・マネーとアウト・オブ・ザ・マネーでは 0 に収束する。

証明を読む(読まなくても記事は完結します)

4. 証明 ― デルタをもう一度微分する

この節は読まなくても記事は完結します。

この証明を追いたい人は、数学編 第3回「偏微分、全微分、多変数のテイラー展開」、数学編 第6回「微分と積分の交換」へ。

THM-GAM-1 の証明

デルタの閉形式 (1.3) から出発します。 ですから、ガンマは合成関数の微分で

と書けます。密度関数 が出てくるのは、 を微分すると になるからです。

の に関する偏微分を計算します。(1.2) の定義

で に依存するのは の部分だけです。したがって

です。分子の を で微分して が出ること、それ以外の項は に依存しないので消えることがポイントです。

(4.1) に (4.2) を代入すると

を得ます。これがガンマの閉形式です。

コールとプットでガンマが一致することを示します。プットのデルタは でした。これを で微分すると、定数 は消えるので

となり、コールのガンマと完全に一致します。プット・コール・パリティ の右辺は の一次式なので、二階微分すると 0 になることからも確認できます。 ∎

THM-GAM-2 の証明(要点)

ガンマの最大点を求めるために、 を の関数と見て微分を 0 と置きます。(4.3) を対数微分する方が扱いやすいので、 を考えます。

なので

です。 は の一次関数ですから、 と書き直せます。ここで と置くと

で微分して 0 と置きます。二次式の微分と の和です。

整理すると

なので

を得ます。 のとき指数の中身は負なので です。金利やボラティリティが大きいほど指数の絶対値が大きくなり、 は から離れます。

は の二次関数(上に凸)に を足した形なので、極値はただ一つで最大値です。 () と () で により が の発散より速いため、 です。したがってガンマは単峰です。 ∎

THM-GAM-3 の証明(要点)

アット・ザ・マネー () のとき。 なので で です。したがって となります。一方、分母の は で 0 に向かいます。分子が正の定数に近づき分母が 0 に近づくので

です。ガンマは発散します。

イン・ザ・マネー () のとき。 なら で、 です。正規密度 は を含むので、 では指数的に速く 0 に向かいます。分母の よりはるかに速いため です。

アウト・オブ・ザ・マネー () のとき。 なので です。 は偶関数的に に依存するので、同様に が指数的に速く、 です。 ∎

5. 反例 ― デルタだけでヘッジすると損益が残る

反例 CEX-GAM-1: デルタ中立でも損益がゼロにならない

「デルタだけでヘッジすれば完全に守れる」という誤解を壊します。, , , , のコールを考えます。

デルタは です。コールを 1 単位買い、株を 単位空売りしてデルタ中立に組みます。この瞬間にヘッジは完璧ですが、原資産が動くとどうなるでしょうか。時間は動かさず、原資産だけを変化させた結果を見ます。

原資産の変化 オプション損益 株の損益 合計

デルタ中立にもかかわらず、合計の損益はゼロになりません。原資産がどちらに動いても正の損益が残っています。しかもその大きさは とよく一致しています。

これがガンマの正体です。デルタは一次の近似で、ガンマは二次の補正項です。一次の近似だけでは、原資産が動いた分の二次の効果を捉えられず、損益が残ります。動きが大きいほど二次の項が効き、ずれが大きくなります。

反例 CEX-GAM-2: ガンマの最大点はアット・ザ・マネーではない

「ガンマはアット・ザ・マネーで最大」という通説を壊します。, , , では

です。行使価格 から も下にずれています。これは THM-GAM-2 の結果であり、最大点が に一致するのは かつ の極限のときだけです。

実際に と を小さくすると は に近づきます。

通説は「金利もボラティリティも十分小さい」という暗黙の仮定の上に成り立っている近似です。

反例 CEX-GAM-3: 満期直前でガンマが発散する

満期を縮めてアット・ザ・マネー () のガンマを計算します。同時にイン・ザ・マネー () とアウト・オブ・ザ・マネー () の値も並べます。

ATM () ITM () OTM ()

ATM のガンマは満期が近づくにつれて急激に大きくなっています。 で だったものが では と、約 10 倍に膨らんでいます。THM-GAM-3 で示した通り、 で発散します。

一方、ITM と OTM のガンマは でほぼ 0 に潰れています。満期直前では、行使されるかどうかがほぼ確定するため、デルタが 0 か 1 に張り付き、その変化率であるガンマは消えるのです。ATM だけが「行使されるかどうか」が最後まで決まらず、デルタが急激に動くためガンマが発散します。

6. 数値例 ― 原資産を80から120まで振ってガンマを見る

, , , , での基本的な値を確認します。

デルタとガンマ:

ガンマの有限差分による検算値は で、解析解と一致しています。

を 80 から 120 まで振ったガンマ(主要な値):

離散グリッド上での最大は のときの です。解析解の最大点 でのガンマは で、グリッド上の値とほぼ一致します。

デルタだけの予測と二次近似の比較():

値
変化前のコール価格
変化後のコール価格
実際の損益
デルタだけの予測
ガンマの補正
デルタ+ガンマの予測
残差

デルタだけでは と予測し、実際の から ずれています。ガンマの補正を加えると となり、残差は に縮まります。二次までの近似で精度が大幅に改善することがわかります。

コールとプットのガンマの一致:

コールのガンマ(解析解)は 、プットのガンマ(有限差分)も です。差は で、THM-GAM-1 の主張通り完全に一致します。

満期を変えた ATM ガンマの比較:

が から へ 4 分の 1 になるとガンマはおよそ 2 倍に、 から へ 5 分の 1 になるとおよそ 倍(2 倍強)に増えています。これは という関係(ATM で のとき分母の が支配的)を反映しています。

以上の数値は compute.py による計算結果です。

7. 次回へ ― ボラティリティが動いたときの感応度

今回はガンマ、つまり原資産の変動に対するデルタの感応度を扱いました。ガンマが教えてくれるのは「デルタがどれだけ速く古くなるか」であり、ヘッジを更新する頻度や、二次のリスクの大きさを判断する基準です。

次の第80回ではベガを扱います。原資産ではなくボラティリティが動いたときに、オプション価格がどれだけ変化するかを見ます。

次のマイルストーンまであと 9 本です。

よくある質問

ガンマがプラスだと何が嬉しいのですか

原資産がどちらに動いても、デルタが有利な方向に自動的にずれます。その代わり時間の経過で損をします。

ガンマはコールとプットで違いますか

同じです。行使価格と満期がそろっていれば一致します。

なぜ満期が近いとガンマが大きくなるのですか

行使されるかどうかが直前で急に決まるため、デルタが0から1へ短い値幅で切り替わるからです。

参考文献

  1. Black F. and Scholes M.、The Pricing of Options and Corporate Liabilities、Journal of Political Economy、1973年、DOI 10.1086/260062
  2. Hull J. C.、Options Futures and Other Derivatives、第11版、Pearson、2021年

数値例は compute.py により BS 公式の解析解で計算し、有限差分で検算済み。float を使用(正規分布の計算に必要なため)。

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