第71回 配当がある資産への拡張 ― 連続配当利回りを入れる

第71回 配当がある資産への拡張 ― 連続配当利回りを入れる

位置: 第7部 第71回 / 前提: 第16回、第49回、第70回 / 数学編: なし / この回でできるようになること: 連続配当のある株や株価指数のオプション価格を計算できる

目次

0. 物語 ― 配当を無視すると価格がずれる

「この株価指数のコール、理論値を出してみたんだけど、画面に出ている値段と全然合わない」。同僚にそう話しかけると、相手は画面を一瞥して言いました。「配当、入れた?」

入れていませんでした。配当利回りは年3パーセントほど。大した数字ではないと思っていたのに、結果は大違いです。配当を無視して計算したコールの値段は約10.45。正しい値段は約8.65。差は1.80近くもあります。プットは逆で、無視すると約5.57のところ、正しくは約6.73です。1円以上ずれています。

なぜこんなに動くのでしょうか。オプションの持ち主は、株を直接持っていないので配当をもらえません。コールを買う人は「将来その株を買う権利」を持っているだけです。株を持っている人は配当を受け取りますが、コールの持ち主には何も入ってきません。配当の分だけ、株を持つことの利点がコールに反映されないのです。その差は株価が下がる方向に効きます。だからコールは安くなり、プットは高くなります。

同僚はこう続けました。「しかも、配当が大きいと、もっと面倒なことが起きる。満期の直前に配当が出ると、早めに権利を使った方が得になることがある」。配当利回り8パーセントの株を想定すると、満期の直前でコールを持ち続けた場合の価値は約9.96にしかなりません。すぐ行使すれば10を手にできます。配当が株の価値を削っていくので、待つより行使した方がましになるのです。

配当はオプションの値段を系統的にずらします。この回では、そのずれを正確に捉える式を組み立てます。

1. 動機 ― 配当が出る資産はどう扱うか

この回を読み終えると、連続配当のある株や株価指数のオプション価格を計算できます。

第70回まで、原資産は配当を出さないものとして扱ってきました。しかし現実には株は配当を出し、そのたびに株価は下がります。オプションの持ち主は原資産を直接保有していないので配当を受け取れません。この非対称性が価格に影響します。

今回は連続配当利回りを導入し、3つのことを示します。原資産を配当利回りで割り引くだけで価格式が得られること、先渡価格を使えば配当の有無によらず同じ形になること、そしてプット・コール・パリティが修正されることです。

この記事で証明すること

  • THM-DIV-1 連続配当利回りを持つ資産では、原資産価格を配当で割り引いた値に置き換えることで価格式が得られます。
  • THM-DIV-2 価格式は先渡価格で書き直せます。この形は配当の有無によらず共通です。
  • THM-DIV-3 配当があると、プット・コール・パリティは原資産を割り引いた形に修正されます。

2. 設定と仮定 ― 連続配当利回りを置く

以下の仮定を置きます。

  • 連続配当利回り: 原資産は一定の利回り で連続的に配当を支払う。配当は再投資される。
  • 離散配当: 離散的な配当は、その現在価値 を株価から引いた を原資産価格とみなして近似する。厳密な扱いにはここでは踏み込まない。
  • 金利とボラティリティは一定。
  • ヨーロピアン型。

連続配当利回り とは、株を1単位保有すると、微小時間 のあいだに の配当を受け取るということです。原資産を保有し続ければ配当が蓄積しますが、オプションの持ち主には蓄積しません。

この節のまとめ: 連続配当利回り は原資産の保有コストを引き下げ、オプション価格に系統的な影響を与えます。

3. 主張 ― 原資産を割り引けば同じ形になる

定理 THM-DIV-1(連続配当のもとでの価格式) 連続配当利回り を持つ原資産のヨーロピアンコール価格は

である。ただし

プットは である。

定理 THM-DIV-2(先渡価格による書き換え) 先渡価格 を用いると

と書ける。ただし

この形は を陽に含まず、配当の有無によらず共通である。

定理 THM-DIV-3(パリティの修正) 配当がある場合のプット・コール・パリティは

である。 のとき通常のパリティ に戻る。

この節のまとめ: 配当は を に置き換えることで吸収されます。先渡価格で書けば配当は見えなくなります。

証明を読む(読まなくても記事は完結します)

4. 証明 ― 複製ポートフォリオを配当込みで組み直す

この節は読まなくても記事は完結します。

THM-DIV-1 の証明

配当なしの場合(第70回)、複製ポートフォリオは 単位の原資産と の安全資産で構成されます。配当ありの場合、原資産を 単位保有すると、微小時間 のあいだに の配当収入があります。

リスク中立測度 のもとで、原資産の割引後の価格過程を考えます。配当を再投資する戦略では、時刻0に 単位の原資産を買い、受け取った配当で買い増すと、時刻 にちょうど1単位を保有します。したがって時刻 に1単位の原資産を受け取る権利の時刻0での価値は です。

リスク中立測度のもとでは、原資産の割引価格 そのものではなく、配当を再投資した場合の割引価値 がマルチンゲールになります。これに定数 を掛けた もマルチンゲールです。つまり (時刻 にちょうど1単位の原資産になる保有の価値で、満期には に一致します)を新たな「原資産」と見なせば、配当なしの場合と全く同じ議論が適用できます。

配当なしの価格式で を に置き換えます。 のドリフト項は から に変わります。これは、リスク中立測度のもとでの原資産の成長率が から に下がることを反映しています。配当の分だけキャピタルゲインが減るのです。

具体的に、配当なしの式

で と置き換えます。 の引数に含まれる は に変わります。ドリフト項 に の分がすでに含まれるので、整理すると

が得られます。 は変わりません。 ∎

THM-DIV-2 の証明

先渡価格は です。これは「配当を考慮した保有コストをすべて織り込んだ、将来の引渡し価格」です。金利 で借りて買い、配当 を受け取るので、正味の保有コストは です。

THM-DIV-1 の式に を代入します。

よって

の分子を整理します。

が消えました。、 で、配当の有無によらず同じ形です。 ∎

THM-DIV-3 の証明

コール価格とプット価格の差を計算します。

を使います。 より 。同様に 。

なら で、配当なしのパリティに戻ります。配当があると、左辺の が に割り引かれます。オプションの持ち主は配当を受け取れないので、コールとプットの差は原資産の「配当落ち後の価値」と行使価格の割引値の差になります。 ∎

5. 反例 ― 離散配当は連続近似で外れる

CEX-DIV-1: 配当を無視した価格との差

, , , , 年。配当利回り 。

配当無視 () 配当あり () 差
コール
プット

配当を無視するとコールを 高く評価し、プットを 低く評価します。配当はコールに不利(原資産が下がる)、プットに有利(下落保護の価値が上がる)に働くためです。

CEX-DIV-2: 権利落ち日が満期直前にあるとき

離散配当 ()を1回だけ支払う場合で、権利落ち日の位置を変えて連続近似と比べます。

権利落ち日 離散配当の価格 連続近似の価格 誤差
満期直前()
満期の半分()

権利落ち日が満期直前にあると、連続近似の誤差が大きくなります。第2節の近似では、離散配当の影響は株価から引く現在価値 だけを通じて入ります。権利落ちが遅いほど配当は長く割り引かれるので は小さくなり( で 、 で )、連続近似が実質的に差し引く との開きが大きくなります。この開きが価格の誤差として残ります。

CEX-DIV-3: 配当が大きいとアメリカンコールの早期行使が最適になる

配当なしのアメリカンコールは早期行使しないことが知られていますが、配当があると事情が変わります。

, , , 。残存 (満期直前)で比較します。

行使価値 保有し続けた場合の価値
配当あり()
配当なし()

配当利回り8パーセントの場合、保有し続けた場合のコール価値は で、行使価値 を下回ります。行使した方が得です。配当なしなら保有価値 が行使価値を上回り、行使は最適ではありません。

配当が大きいと、オプションを保有し続けるあいだに原資産の価値が配当で削られます。権利落ち直前に行使して株を手に入れ、配当を受け取る方が合理的になるのです。

この節のまとめ: 配当を無視するとコールは高く、プットは低く評価されます。離散配当は満期直前の権利落ちで連続近似と乖離し、大きな配当では早期行使が最適になりえます。

6. 数値例 ― 配当の有無で価格を比べる

, , , , 年で計算します。

配当なし():

配当利回り3パーセント():

先渡価格による検算:

先渡価格を使った式と一致します。

パリティの検算:

修正パリティが成り立っています。

この節のまとめ: 配当利回り3パーセントでコールは 下がり、プットは 上がります。先渡価格で書けば同じ形の式で確認できます。

7. 次回へ ― 外貨の金利を配当とみなす

配当利回り は「原資産を保有することで得られる連続的な利得」です。次回(第72回)では通貨オプションを扱います。外貨を保有すると外貨の金利が付きますが、これはちょうど連続配当利回りと同じ構造です。今回の式で を外貨金利に置き換えれば、通貨オプションの価格式が直ちに得られます。

次のマイルストーンまであと 6 本です。

よくある質問

なぜ原資産を割り引くのですか

配当を受け取れない分だけ、オプションの持ち主は不利だからです。その分を差し引きます。

日本株の配当は連続ではありませんが

近似です。権利落ちが満期に近いと誤差が大きくなるので、そのときは離散で扱います。

配当があるとプットは高くなりますか

なります。原資産の実質的な価値が下がるので、下落に備える権利の価値が上がります。

参考文献

  1. Merton R. C.、Theory of Rational Option Pricing、The Bell Journal of Economics and Management Science、1973年、DOI 10.2307/3003143
  2. Hull J. C.、Options Futures and Other Derivatives、第11版、Pearson、2021年

数値例は compute.py により浮動小数点演算で検算済み。

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