位置: 第7部 第72回 / 前提: 第15回(カバー付き金利平価)、第71回(配当付き価格式) / 数学編: なし / この回でできるようになること: 2つの通貨の金利から通貨オプションの価格を計算し、どちらの通貨建てで見ても整合することを確かめることができる
目次
0. 物語 ― 建て方を変えると同じ商品に見えない
手元に150円があるとします。1ドルがちょうど150円の日に、「1年後に1ドルを150円で買える権利」の値段を計算したら、約3.35円でした。
さて、同じ取引をドル側から眺めてみましょう。ドルを持っている人にとって、この権利は「1年後に150円を1ドルで売る権利」です。同じ商品を反対側から見ているだけなのだから、円の価格を為替レートで割ればドルの価格になるはずだ、と思うかもしれません。3.35円を150で割ると、約0.022ドルです。
ところが、ドル側から価格式を使って直接計算すると、答えは約0.00015ドルにしかなりません。150倍近くずれています。
これは計算間違いではありません。円建ての権利が「1ドルを150円で買う」であるのに対し、ドル建ての権利は「1円を150分の1ドルで売る」となっていて、取引1単位あたりの金額が根本的に異なるのです。通貨の単位を切り替えると、同じ経済行為でも「1単位」の大きさが変わります。行使価格と為替レートをかけた22500という係数を正しく使えば、両者の価格はぴったり整合します。
この回では、外貨の金利を配当とみなすことで通貨オプションの価格式を導き、どちらの通貨から見ても矛盾なく成り立つ対称性を証明します。
1. 動機 ― 通貨は2つの金利を持つ資産である
この回を読み終えると、2つの通貨の金利から通貨オプションの価格を計算し、どちらの通貨建てで見ても整合することを確かめられます。
株式のオプション価格式は、第70回で読みました。第71回では、配当がある資産に拡張しました。配当利回りを持つ資産では、原資産価格を配当利回りで割り引くことで同じ形の価格式が使えます。
外貨は「配当」を払います。ドルを持っていれば、ドル金利で利息がつくからです。オプションの持ち主はドルを保有しないので、この利息を受け取れません。したがって、外貨金利は配当利回りと全く同じ役割を果たします。
第15回で見たカバー付き金利平価は、先渡価格が2つの金利だけで決まることを示しました。今回はその構造をオプション価格に持ち込みます。結果として得られるのがガーマン・コールハーゲンの式です。1983年に Garman と Kohlhagen が提示した式ですが、配当付きの価格式の特殊ケースとして自然に出てきます。
この記事で証明すること
- THM-FX-1 外貨金利を配当利回りとみなすことで、通貨オプションの価格式は配当付きの式と同じ形になります。
- THM-FX-2 自国通貨建てのコールは、外国通貨建てで見るとプットに対応します。両者の価格は為替レートと行使価格で結ばれます。
- THM-FX-3 カバー付き金利平価で決まる先渡価格を使うと、価格式は配当の有無によらない共通形になります。
2. 設定と仮定 ― 自国金利と外国金利
仮定を全て書き出します。どれが後の反例で壊れるかを見るために、全部です。
- 2つの金利: 自国金利 rd と外国金利 rf はともに確定した定数で、連続複利とします。
- 為替レート: 直物レート St は、1単位の外貨が St 単位の自国通貨に相当するものとします。St はリスク中立測度 Q のもとで幾何ブラウン運動に従います。
- 取引コストと資本規制はない: 両通貨の貸借は自由です。
- ヨーロピアン型: 満期 T でのみ行使できます。
為替レートの Q のもとでの動きを書きます。外貨を保有すると金利 rf の利息が連続的に入るので、自国通貨建てで見た外貨の値上がり率は rd−rf になります。配当利回り付きの原資産と同じ構造です。
StdSt=(rd−rf)dt+σdWt(1)
ここで σ>0 はボラティリティ、Wt は Q のもとでの標準ブラウン運動です。
この節のまとめ: 外貨は自国通貨建てで見ると、金利 rf の配当を連続的に支払う資産と同じ構造を持ちます。
3. 主張 ― 外貨金利は配当と同じ働きをする
定理 THM-FX-1(ガーマン・コールハーゲンの式)
上の仮定のもとで、満期 T、行使価格 K の通貨コールオプション(外貨を K 単位の自国通貨で買う権利)の時刻0の価格は
C0=S0e−rfTN(d1)−Ke−rdTN(d2)(2)である。ここで
d1d2=σTln(S0/K)+(rd−rf+21σ2)T,=d1−σT(3)であり、N(⋅) は標準正規分布の分布関数である。
定理 THM-FX-2(建て方の対称性)
自国通貨建ての通貨コール C0(S0,K,rd,rf,σ,T) と、外国通貨建ての通貨プット P0∗(S0∗,K∗,rf,rd,σ,T) の間に、次の関係が成り立つ。ただし S0∗=1/S0、K∗=1/K とする。
定理 THM-FX-3(先渡価格による表現)
先渡価格を F=S0e(rd−rf)T と定めると、コール価格は
C0=e−rdT(FN(d1)−KN(d2))(5)と書ける。この形は配当の有無によらず共通であり、d1 は
d1=σTln(F/K)+21σ2T(6)である。
この節のまとめ: 外貨金利 rf を配当利回りと読み替えることで、通貨オプションの価格式は配当付きの価格式と同じ構造になります。先渡価格を使えば、配当の情報は F の中に吸収されます。
証明を読む(読まなくても記事は完結します)
4. 証明 ― 外貨預金を配当付き資産とみなす
この節は読まなくても記事は完結します。
THM-FX-1 の証明
通貨コールの満期ペイオフは (ST−K)+ です。リスク中立測度 Q のもとで割り引いた期待値として価格を計算します。
C0=e−rdTEQ[(ST−K)+].(7)(1)
ST=S0exp((rd−rf−21σ2)T+σTZ)(8)
です。ここで Z∼N(0,1) です。ST>K となる条件を求めるために、(8) の両辺の対数を取ります。
lnST=lnS0+(rd−rf−21σ2)T+σTZ.
ST>K は lnST>lnK と同値ですから、Z について解くと
Z>−σTln(S0/K)+(rd−rf−21σ2)T=−d2
となります。ここで d2 は (3) の定義そのものです(d1 から σT を引いた値の符号を反転したものが境界になっています)。
(7) の期待値を Z の積分として書きます。φ を標準正規密度とすると
C0=e−rdT∫−d2∞(S0e(rd−rf−21σ2)T+σTz−K)φ(z)dz.
第2項(K の積分)を先に処理します。K は定数なので
e−rdT∫−d2∞Kφ(z)dz=Ke−rdTN(d2).(9)
N(d2)=∫−∞d2φ(z)dz ですが、正規分布の対称性から ∫−d2∞φ(z)dz=N(d2) です。
第1項を計算します。指数関数をまとめます。
I1=e−rdTS0∫−d2∞e(rd−rf−21σ2)T+σTzφ(z)dz.
φ(z)=2π1e−z2/2 を代入し、指数部分をまとめます。
(rd−rf−21σ2)T+σTz−21z2=−21(z2−2σTz)+(rd−rf−21σ2)T.
平方完成のために z2−2σTz=(z−σT)2−σ2T と変形します。代入すると
=−21(z−σT)2+21σ2T+(rd−rf−21σ2)T=−21(z−σT)2+(rd−rf)T.
e−rdT と合わせると
I1=S0e−rfT⋅2π1∫−d2∞e−21(z−σT)2dz.
w=z−σT と置換します。z=−d2 のとき w=−d2−σT=−d1 です(d2=d1−σT より d2+σT=d1)。したがって
I1=S0e−rfT∫−d1∞φ(w)dw=S0e−rfTN(d1).(10)(10)
C0=S0e−rfTN(d1)−Ke−rdTN(d2).
これが (2) です。配当利回り付きの価格式で配当利回りを rf に置き換えた形と完全に一致しています。 ∎
THM-FX-2 の証明
外国通貨建てで市場を見直します。外国の投資家にとって「原資産」は自国通貨(円)です。1円の外貨建て価格は S0∗=1/S0 です。外国の投資家の自国金利は rf、外国金利(つまり円金利)は rd です。
外国通貨建てのプットは「K∗=1/K の行使価格で円を売る権利」です。ガーマン・コールハーゲンの式を外国側から適用すると
P0∗=K∗e−rfTN(−d2∗)−S0∗e−rdTN(−d1∗)(11)
です。ここで d1∗, d2∗ は
d1∗=σTln(S0∗/K∗)+(rf−rd+21σ2)T.
S0∗/K∗=(1/S0)/(1/K)=K/S0 ですから ln(S0∗/K∗)=−ln(S0/K)。また rf−rd=−(rd−rf) です。したがって
d1∗=σT−ln(S0/K)+(−(rd−rf)+21σ2)T=−d2
です。同様に d2∗=d1∗−σT=−d2−σT=−d1 です。
(11) に代入します。N(−d2∗)=N(d1)、N(−d1∗)=N(d2) です。
P0∗=K1e−rfTN(d1)−S01e−rdTN(d2).
両辺に K⋅S0 を掛けます。
K⋅S0⋅P0∗=S0e−rfTN(d1)−Ke−rdTN(d2)=C0.
これが (4) です。自国通貨建てのコール(外貨を買う権利)と外国通貨建てのプット(自国通貨を売る権利)は同じ経済行為を別の通貨単位で表したものであり、その価格は K⋅S0 の比率で結ばれます。 ∎
THM-FX-3 の証明
先渡価格を F=S0e(rd−rf)T と定めます。これは第15回のカバー付き金利平価の連続複利版です。S0=Fe−(rd−rf)T=Fe(rf−rd)T と書き替えて (2) に代入します。
C0=Fe(rf−rd)T⋅e−rfTN(d1)−Ke−rdTN(d2)=Fe−rdTN(d1)−Ke−rdTN(d2)=e−rdT(FN(d1)−KN(d2)).
e(rf−rd)T⋅e−rfT=e−rdT となるのがポイントです。これが (5) です。
d1 についても確認します。S0=Fe(rf−rd)T を代入すると
d1=σTln(Fe(rf−rd)T/K)+(rd−rf+21σ2)T=σTln(F/K)+(rf−rd)T+(rd−rf+21σ2)T=σTln(F/K)+21σ2T.
(rf−rd)T と (rd−rf)T が相殺されて消えます。これが (6) です。先渡価格を使えば、d1 の中に rd や rf が個別に現れなくなります。配当の有無に関わらず、先渡価格 F とボラティリティ σ だけで d1 が決まるのが、この表現の利点です。 ∎
5. 反例 ― 外貨金利を無視すると外れる
CEX-FX-1: 外貨金利を無視すると価格が大きくずれる
「外貨だから金利はつかないだろう」と考えて rf=0 とした通常のブラック・ショールズ式を使うとどうなるでしょうか。S0=150、K=150、rd=0.01、σ=0.10、T=1 で比較します。
- ガーマン・コールハーゲンの式(rf=0.05): C0=3.3524
- 外貨金利を無視(rf=0): C0=6.7279
差は 3.3754 で、正しい価格の約 101% にもなります。外貨金利を無視すると、コール価格を大幅に過大評価します。
なぜこうなるかを考えます。外貨金利を無視するということは、外貨を保有することで得られる利息がないものとして計算することです。実際には rf=0.05 の利息が連続的に支払われるので、コールの持ち主はこの利息を受け取れない分だけ不利です。この「受け取れない利息」を考慮しないと、コールの価値を過大に見積もることになります。
CEX-FX-2: 建て方を変えると数量の基準が変わる
「円建てのコール価格 C0=3.3524 をそのままドルに換えれば外国建ての値段が出る」と考えるのは誤りです。
円建てコールの価格: C0=3.3524(円)。これを直物 S0=150 で割ると 0.0224(ドル)。
一方、ドル建てプットの価格を直接計算すると: P0∗=0.000149(ドル)。
0.0224=0.000149 です。単純にドルに換算しても一致しません。
一致するのは THM-FX-2 の対応関係 C0=K⋅S0⋅P0∗ を使ったときです。
K⋅S0⋅P0∗=150×150×0.000149=3.3524=C0.
K⋅S0=22500 という係数が掛かるのは、自国建てと外国建てで「1単位」の意味が異なるからです。自国建てのコールは「1ドルを K 円で買う権利」ですが、外国建てのプットは「1円を 1/K ドルで売る権利」です。取引の対象額が K 倍異なり、さらに通貨の換算で S0 倍の違いが出ます。
CEX-FX-3: 逆数を取るとドリフトが変わる
為替レート St のボラティリティが σ=0.10 であるとき、逆数 Yt=1/St(外国通貨建ての自国通貨価格)のボラティリティはいくらでしょうか。
伊藤の補題を f(x)=1/x に適用します。f′(x)=−1/x2、f′′(x)=2/x3 ですから
dYt=−St21dSt+21⋅St32(dSt)2=−Yt((rd−rf)dt+σdWt)+Ytσ2dt=Yt((rf−rd+σ2)dt−σdWt).
ボラティリティは σ=0.10 で変わりません(符号が反転するだけで絶対値は同じ)。しかしドリフトは大きく異なります。
- St のドリフト: rd−rf=−0.04
- Yt のドリフト: rf−rd+σ2=0.05
ドリフトの差は σ2=0.01 だけ非対称です。これは伊藤の補題に由来する二次変分の補正項で、「S が 10% 上がることと Y が 10% 下がることは同じではない」ことを反映しています。ボラティリティが同じだからといって、ドリフトも対称になるわけではありません。
この節のまとめ: 外貨金利の無視、通貨の単純な換算、逆数のドリフトの対称性は、いずれも素朴な直感に反する結果を生みます。
6. 数値例 ― 2つの金利で価格を出す
S0=150、K=150、rd=0.01、rf=0.05、σ=0.10、T=1 で計算します。
先渡価格。 カバー付き金利平価(連続複利版)より
F=S0e(rd−rf)T=150×e−0.04=144.1184.
rd<rf なので先渡ディスカウントです。第15回の離散版 F=S(1+rd)/(1+rf) と同じ構造で、ドル金利のほうが高い分だけ先渡は直物を下回ります。
d1 と d2。 (3) に代入します。
d1d2=0.10ln(150/150)+(0.01−0.05+0.005)=0.10−0.035=−0.35,=−0.35−0.10=−0.45.
d1,d2 がともに負です。rd<rf のとき、アット・ザ・マネー(S0=K)でも d1<0 になります。外貨金利が高い分だけ、行使される確率が下がっていることを反映しています。
コール価格。 (2) に代入します。
C0=150e−0.05N(−0.35)−150e−0.01N(−0.45)=3.3524.
先渡価格による検算。 (5) を使います。
C0=e−0.01(144.1184⋅N(−0.35)−150⋅N(−0.45))=3.3524.
一致します。d1 を (6) でも計算すると
d1=0.10ln(144.1184/150)+0.005=0.10−0.04+0.005=−0.35.
同じ値です。先渡価格の中に金利差が吸収されているので、d1 の式には rd, rf が個別に現れません。
プット価格とパリティ。 プットの価格は
P0=Ke−rdTN(−d2)−S0e−rfTN(−d1)=9.1755.
パリティの確認をします。
C0−P0S0e−rfT−Ke−rdT=3.3524−9.1755=−5.8231,=150e−0.05−150e−0.01=−5.8231.
一致します。rd<rf なので C0<P0 です。外貨金利が高い分だけコールが不利で、プットが有利です。
建て方の対称性。 THM-FX-2 を数値で確認します。ドル建てプットは S0∗=1/150、K∗=1/150、自国金利 rf=0.05、外国金利 rd=0.01 で計算して P0∗=0.000149 です。
K⋅S0⋅P0∗=150×150×0.000149=3.3524=C0.(4)
この節のまとめ: すべての計算が整合しています。ガーマン・コールハーゲンの式、先渡価格表現、パリティ、建て方の対称性が同じ数値を返すことを確認しました。
7. 次回へ ― 先物を原資産にする
今回は外貨金利を配当とみなすことで、配当付きの価格式をそのまま通貨オプションに適用できることを見ました。先渡価格を使った共通形 (5) は、配当の具体的な形に依存しない一般的な表現です。
次回(第73回)では、先渡ではなく先物価格を原資産として直接オプションを書く場合を扱います。先物価格は証拠金の仕組みを持つため、先渡とは微妙に異なります。金利が一定のときは先渡と先物の価格が一致するので、今回の結果がそのまま使えますが、金利が確率的に動くと差が出ます。
次のマイルストーンまであと 5 本です。
よくある質問
なぜ外貨金利が配当なのですか
外貨を持っていれば利息が付くからです。オプションの持ち主はそれを受け取れません。
円建てとドル建てで価格は同じですか
同じ商品でも数量の基準が変わるので、単純には一致しません。対応関係があります。
この式は実務で使われますか
広く使われています。ガーマン・コールハーゲンの名前で知られています。
参考文献
- Garman M. B. and Kohlhagen S. W.、Foreign Currency Option Values、Journal of International Money and Finance、1983年、DOI 10.1016/S0261-5606(83)80001-1
- Hull J. C.、Options Futures and Other Derivatives、第11版、Pearson、2021年
数値例は compute.py により検算済み。本文中の小数は4桁で丸めている。