第15回 為替の先渡価格は金利差で決まる ― カバー付き金利平価

第15回 為替の先渡価格は金利差で決まる ― カバー付き金利平価

位置: 第2部 第15回 / 前提: 第2回、第7回、第11回 / 数学編: なし / この回でできるようになること: 2つの通貨の金利から為替の先渡レートを計算し、それが為替の予想ではないことを説明できる

目次

0. 物語 ― 先渡レートは為替の予想ではない

ある企業の財務担当者が、1年前にやってしまった失敗を振り返っています。1ドル150円のとき、円の金利は1パーセント、ドルの金利は5パーセントでした。為替の先渡レートは約144円。「1年後に1ドル144円になるという市場の予想だ」と読んだその担当者は、円高に備えてドル建ての売上を先渡で全額ヘッジしました。

1年が経ち、実際の為替レートは160円でした。先渡との差はおよそ16円。もしヘッジしなければ、1ドルあたり約16円多く受け取れていたのです。上司に問い詰められた担当者は「市場の予想が外れた」と説明しましたが、これは二重に間違っています。

まず、先渡レートは誰の予想でもありません。先渡の約144円という数字は、円とドルの金利差から機械的に出てくる値です。ドルの金利が円より4パーセント高いので、ドルで運用すると利息が多くつきます。その分だけ、先渡で円に戻すときの交換レートが下がって釣り合います。上がるか下がるかの見通しは、この計算のどこにも入っていません。

次に、先渡が160円と食い違ったこと自体は、何の矛盾でもありません。先渡契約は「今日の金利差から決まる交換レート」であって、「当たるべき予測」ではないからです。実際の為替が先渡より高くても低くても、契約時点で裁定がなかったという事実は変わりません。担当者が本当にやるべきだったのは、先渡の意味を正しく理解したうえで、ヘッジの目的と範囲を判断することでした。

この回では、先渡レートが金利差だけで一意に決まること、そしてそこに将来の予想が入る余地がないことを、式を使って証明します。

1. 動機 ― 2つの通貨を行き来すると金利差が残る

この回を読み終えると、2つの通貨の金利から為替の先渡レートを計算し、それが為替の予想ではないことを説明できます。

円の金利が 1%、ドルの金利が 5% だとします。ドルで運用すると金利は高いのですが、その分だけ先渡で円に戻すときの交換レートが不利になります。高い金利の恩恵は先渡レートで相殺され、結局どちらの通貨で運用しても結果は同じになります。同じにならなければ裁定が存在してしまうからです。

この仕組みをカバー付き金利平価と呼びます。「カバー付き」とは、先渡で為替リスクを完全に消している(カバーしている)という意味です。今回はこの関係式を証明し、仮定を壊したときに何が起きるかを数値で見ます。

この記事で証明すること

  • THM-CIP-1 無裁定市場では、先渡価格 は直物 と両通貨の金利だけで一意に決まります。
  • THM-CIP-2 自国金利が外国金利より高いとき先渡は直物を上回り、低いとき下回ります。
  • THM-CIP-3 この導出に将来の為替の予想は一切使われません。先渡価格は将来の直物の予想値である必然性を持ちません。

2. 設定と仮定 ― 2通貨と2つの金利

仮定を全て書き出します。どれが後で壊れるかを見るために、全部です。

  • 2つの通貨: 自国通貨(円)と外国通貨(ドル)がある。直物レートは (1ドル = 円)。
  • 自国金利: 円を1年預けると年利 で利息がつく。元本1円が 円になる。
  • 外国金利: ドルを1年預けると年利 で利息がつく。元本1ドルが ドルになる。
  • 先渡契約: 今日の時点で、1年後に1ドルを 円で交換する契約を結べる。 が先渡価格。
  • 自由な貸借: 両通貨で確定した金利で自由に貸し借りできる。
  • 取引コストなし: 直物と先渡の両方で取引でき、売買スプレッドや手数料はない。
  • 資本移動の自由: 資金を自由に国境をまたいで移動できる。規制はない。
  • 信用リスクなし: 相手が契約を履行しないリスクはない。
  • 複利は年1回、期間は1年とする。

第2回で導入した無裁定の考え方をそのまま使います。「元手ゼロで損をせず、必ず得をする」取引が存在しないことを仮定します。

この設定で決めるべきは先渡価格 です。, , は市場で観測される値として与えられています。

3. 主張 ― 先渡価格は金利差だけで決まる

定理 THM-CIP-1(カバー付き金利平価) 無裁定市場では、為替の先渡価格 は直物 と両通貨の金利によって

と一意に定まる。

定理 THM-CIP-2(金利差と先渡の向き) のとき (先渡プレミアム)、 のとき (先渡ディスカウント)、 のとき である。

定理 THM-CIP-3(予想は不要) THM-CIP-1 の導出に将来の為替レートの予想は使われない。したがって先渡価格は将来の直物の予想値である必然性を持たない。

THM-CIP-2 は THM-CIP-1 の直接の帰結です。 が1より大きいか小さいかは、 と の大小関係だけで決まります。THM-CIP-3 は証明の構造自体が主張になっています。

証明を読む(読まなくても記事は完結します)

4. 証明 ― 2通りの運用が同じ結果になることを見る

この節は読まなくても記事は完結します。

THM-CIP-1 の証明

1ドルを1年間運用する方法は2通りあります。この2通りが同じ円建ての結果を与えなければ裁定が存在してしまう、という論法で を決めます。

経路 A(外貨で運用して先渡で戻す)。

  1. 手元に 円がある。直物で1ドルを買います。
  2. 1ドルを外国金利 で1年運用します。満期に ドルを受け取ります。
  3. 受け取るドルを先渡で円に換えます。 ドルに先渡レート を掛けて、 円を得ます。

経路 A の満期の円建て価値は

経路 B(自国通貨のまま運用する)。

  1. 手元に 円がある。そのまま自国金利 で1年運用します。
  2. 満期に 円を受け取ります。

経路 B の満期の円建て価値は

両経路とも、時刻0で 円を使い、満期に確定した円を受け取ります。為替リスクは経路 A では先渡で消えており、信用リスクもないので、両経路のキャッシュフローは確定しています。

もし であれば、経路 A のほうが有利です。このとき次の取引で裁定を組めます。

  • 円を借りて経路 A を実行する。満期に 円を得る。
  • 借入の返済として 円を払う。
  • 差額 が無リスクの利益。

逆に であれば、経路 B のほうが有利です。

  • 外貨を ドル借りて直物で 円に換え、経路 B で運用する。
  • 先渡で 円を払ってドルを買い戻し、外貨借入を返す。

(正確には1ドルの外貨借入に対応させると: 1ドルを借りて直物で 円に換え、円で運用して満期に 円を得ます。外貨借入の返済には ドルが必要なので、今日 ドル分の先渡買いを結んでおき、満期に 円を払ってドルを調達して返済します。差額 が利益です。)

いずれの場合も元手ゼロで確定した正の利益を得るので裁定です。無裁定であるためには

が必要です。 で割ると

これが (1) です。逆に (1) が成り立つとき、上の裁定は差額がゼロになるので成立しません。他の取引量を使っても比例するだけなので、裁定は存在しません。よって (1) は無裁定と同値です。 ∎

THM-CIP-2 の証明

(1) より

かつ なので、右辺の符号は の符号と一致します。

  • のとき 、すなわち 。
  • のとき 、すなわち 。
  • のとき 、すなわち 。 ∎

直観を補足します。自国金利が高いと、円で運用するほうが有利に見えます。しかし均衡では、その分だけ外貨運用のドルを先渡で円に戻すときに受け取る円が多くなり(、つまり円は先渡で直物より安く評価されます)、外貨運用と釣り合います。金利が高い通貨は先渡で「割安」になるのです。

THM-CIP-3 の証明

THM-CIP-1 の証明を振り返ります。使った量は , , の3つだけです。1年後の為替レートがいくらになるかは、どの段階にも現れていません。

先渡で為替リスクを消しているため、将来の為替レートがどうなるかは経路 A の結果に影響しません。先渡契約は「今決めた価格で交換する」約束なので、1年後の直物がいくらであろうと契約通りの額を受け渡します。経路 B も円の運用なので、為替は関係ありません。

したがって、 の式に将来の為替レートの予想が入る余地がありません。先渡価格は「将来こうなるだろう」という予想ではなく、「今日の2つの金利差から無裁定の条件で決まる値」です。 ∎

5. 反例 ― 先渡は予想ではない

CEX-CIP-1: 実際の直物が先渡と一致しなくても矛盾しない

、、 のとき、先渡価格は

です。1年後、実際の直物が 160 円になったとします。先渡価格 144.2857 円と実際の直物 160 円の差は約 円で、先渡は「外れて」います。

しかしこれは何の矛盾でもありません。先渡を 144.2857 で売った人は、1年後に 160 円の価値がある1ドルを 144.2857 円で渡すことになり、事後的には損をします。しかし、この契約を結んだ時点では裁定がなかったのです。事後的な損益は「賭けの結果」であって、裁定(事前に確定した無リスクの利益)とは別物です。

逆に1年後の直物が 130 円になった場合、先渡との差は約 円で、先渡を売った側が得をします。しかしこれも同様に、事前には確定していなかった損益です。

先渡価格は「将来の予想値」ではなく、「今日の金利差で決まる無裁定価格」です。予想が当たるかどうかとは無関係に、先渡価格は金利差の裁定条件から決まります。

CEX-CIP-2: 取引コストを入れると先渡の帯が生じる

THM-CIP-1 は取引コストがないという仮定のもとで成り立ちます。この仮定を外して、直物の売買に片道 のスプレッドを入れます。

直物の売値(ask)は 円、買値(bid)は 円です。

先渡売りの裁定( が高すぎるとき)を実行するには、直物でドルを ask で買う必要があります。このコストを加味すると、先渡がいくらまでなら裁定にならないかの上限は

先渡買いの裁定( が安すぎるとき)を実行するには、直物でドルを bid で売る必要があります。下限は

先渡価格がこの帯の中にある限り、取引コストが裁定の利益を食い尽くしてしまうため、裁定は成立しません。帯の幅は約 円です。

取引コストがない理想的な先渡価格 はこの帯の内部にあります。コストがあると先渡は一点ではなく帯になり、その帯の中のどこに実際の先渡価格が落ち着くかは、需給やその他の要因に依存します。

CEX-CIP-3: 資本移動の制約で一方向にずれが残る

THM-CIP-1 のもう一つの仮定は、資本移動が自由であることです。外貨の借入に規制がある場合を考えます。

先渡が割安()のとき、裁定の手順は「外貨を借りて直物で円に換え、円で運用し、先渡でドルを買い戻す」です。しかし外貨の借入ができなければ、この裁定は実行できません。

一方、先渡が割高()のとき、裁定の手順は「円を借りて直物でドルを買い、ドルで運用し、先渡でドルを売る」です。こちらは外貨を借りる必要がないので、規制の影響を受けません。

結果として、割高方向の乖離は裁定で解消されますが、割安方向の乖離(例えば のような状況)は裁定で解消されずに残りえます。先渡が理論値から片側にだけずれるのは、裁定の片側だけが規制で封じられているためです。

6. 数値例 ― 150円、金利差4パーセントで先渡を出す

円、、 とします。

先渡価格の計算。 (1) に代入します。

なので THM-CIP-2 より 。実際に で、先渡ディスカウントです。ドルの金利が高い分、先渡で円に戻す価格が下がって釣り合っています。

先渡が 1 円高いときの裁定。 市場の先渡が だとします。理論値より 1 円高い。

  1. 1ドルの先渡を 円で売ります(満期にドルを渡して円を受け取る約束)。
  2. 直物で ドルを買います。コストは 円です。この円は借ります。
  3. 買ったドルを外国金利 で1年運用します。 ドルになります。

満期の決済は次の通りです。

  • 外貨運用から 1 ドルを回収し、先渡契約で渡します。先渡の対価として 円を受け取ります。
  • 円の借入を返済します。 円です。
  • 差額: 円が確定利益です。

時刻0の元手はゼロで、満期に確定した 1 円を得ます。裁定です。

先渡が 1 円安いときの裁定。 市場の先渡が の場合は逆をやります。外貨の借入額は、満期の返済額がちょうど 1 ドルになるように ドルにします。

  1. 1ドルの先渡を 円で買います。
  2. ドルを外国金利で借り、直物で円に換えます。 円を得ます。
  3. 円を自国金利 で運用します。

満期です。

  • 円の運用から 円を回収します。
  • 先渡契約で 円を払い、1ドルを受け取ります。
  • 受け取った1ドルで外貨借入( ドル)を返済します。
  • 手元に 円が残ります。確定利益です。

金利差と先渡の向き。 で金利を変えたときの先渡価格を比較します。

向き
5% 1% プレミアム
1% 5% ディスカウント
3% 3% パー
10% 2% プレミアム

THM-CIP-2 の通り、 なら先渡プレミアム、 なら先渡ディスカウント、 なら先渡は直物と一致します。金利差が大きいほど先渡と直物の乖離も大きくなります。

7. 次回へ ― 複製による価格決定の予行演習

今回の先渡価格の導出は、次回以降に本格的に使う「複製による価格決定」の予行演習です。2つの経路が同じ結果を与えなければ裁定が存在する、という論法は、オプション価格の導出とまったく同じ構造を持っています。第16回では、先渡契約そのものを複製ポートフォリオで価格付けする方法を見ます。

次のマイルストーンまであと 1 本です。

よくある質問

先渡レートは将来の為替の予想ですか

違います。今日の金利差だけで決まります。予想が入る余地はありません。

金利の高い通貨は先渡で安くなるのですか

そうなります。高い金利で運用できる分、将来の交換レートが不利になる形で釣り合います。

実際の市場でずれることはありますか

あります。ただし多くは取引コストや資金調達の制約で説明できる範囲です。

参考文献

  1. Hull J. C.、Options Futures and Other Derivatives、第11版、Pearson、2021年
  2. Luenberger D. G.、Investment Science、第2版、Oxford University Press、2013年

数値例は compute.py により有理数演算で検算済み。本文中の小数は4桁で丸めている。

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