位置: 第1部 第5回 / 前提: 第4回 / 数学編: M1 / この回でできるようになること: 名目年率の異なる預金やローンを、実効年率にそろえて比べることができる
目次
0. 物語 ― 名目年率だけで比べると大小が逆転する
銀行の窓口で、二つの定期預金のパンフレットが並んでいます。一方は「年利5パーセント、利息は年1回」。もう一方は「年利4.9パーセント、利息は毎月」。数字の大きいほうが得に決まっている、と思ったお客さんは、迷わず5パーセントの商品を選びました。
ところが1年後、通帳を見比べると結果は逆転しています。元本100万円に対して、5パーセントの商品は105万円ちょうど。4.9パーセントの商品は約105万116円。名目の利率が低いはずの商品のほうが、受取額では上回っています。
からくりは「利息に利息が付く」ことです。毎月利息が計算され、翌月はその利息も含めた金額にまた利息が付く。この上乗せが12回分重なると、名目で0.1ポイント低いハンデをひっくり返してしまいます。つまり、利率の数字だけを並べて大小を判断するのは危険です。利息を付ける回数まで揃えないと、本当の比較にはなりません。
では利息を付ける回数をどこまでも増やしたら、受取額は際限なく膨れ上がるのでしょうか。毎日でも、毎秒でも利息を付けたら。直感に反して、元利合計はある値で頭打ちになります。どれだけ回数を増やしても超えられない上限が存在し、その上限はネイピア数と呼ばれる定数で決まります。この回では、上限がどこにあるのか、そして異なる商品を正しく比べるための道具を、三つの定理で確かめます。
1. 動機 ― 同じ5パーセントなのに、なぜ答えが違うのか
この回を読み終えると、名目年率の異なる預金やローンを、実効年率にそろえて比べることができます。
「年利5パーセント」という数字だけでは、実際にいくら増えるかが決まりません。何回に分けて利息を付けるかを言わないと、答えが出ない。この「何回に分けるか」を際限なく増やしていくと、元利合計はどこまでも大きくなるのでしょうか。直感に反して、ある値で頭打ちになります。その頭打ちの値に e という名前が付いています。
今回は 3 つのことを証明します。複利回数を増やしたときの極限が er であること、実効年率を使えば異なる複利方式を統一的に比べられること、そして元利合計が複利回数について単調に増加して er を超えないことです。
この記事で証明すること
- THM-CP-1 年率 r を年 n 回に分けて複利計算した1年後の元利合計 (1+r/n)n は、n→∞ で er に収束します。
- THM-CP-2 任意の複利回数の表示は、実効年率を経由して一意に換算できます。年 n 回複利の名目年率 r は、実効年率 (1+r/n)n−1 と同じ運用結果を与えます。
- THM-CP-3 名目年率 r を固定すると、1年後の元利合計は複利回数 n について単調に増加し、上限は er です。
この3つが揃えば、「同じ5パーセントでも答えが違う」理由と、比較の正しい方法が確定します。
2. 設定と仮定 ― 名目年率と実効年率を区別する
以下の仮定を置きます。
- 金利は確定していて、期間中に変化しない。
- 利息は再投資され、同じ金利で運用される。
- 端数の丸めは行わない。
- 名目年率と実効年率を明確に区別する。
- 税と手数料は無い。
名目年率(nominal annual rate)r>0 とは、1年あたりの利率を表す数字です。しかし名目年率だけでは1年後にいくらになるかが決まりません。複利回数 n を指定して初めて、1年後の元利合計が確定します。
元本を 1 とします。年 n 回複利のとき、1回あたりの利率は r/n で、1年間に n 回利息が付きます。k 回目の利払い後の元利合計を Ak とすると
これを繰り返すと
実効年率(effective annual rate)reff は、「年1回複利に直したとき何パーセントか」を意味します。定義は
実効年率が同じなら、どんな複利方式でも1年後の受取額は同じです。比較するときに見るべきは名目年率ではなく、実効年率です。
連続複利とは、n→∞ の極限です。名目年率 r の連続複利で1年後の元利合計は er で、T 年後なら erT です。連続複利の名目年率を rc と書くと、年1回複利の年率 r1 との換算は
r1=erc−1,rc=ln(1+r1).(3)
単利は利息を再投資しない方式です。元本 1、年率 r、期間 T 年のとき
単利は直線的に増え、複利は指数的に増えます。T=1 で年1回複利なら (1+r)1=1+r ですから単利と一致しますが、T>1 では複利が上回ります。
この節のまとめ: 名目年率は複利回数とセットでなければ意味を持ちません。実効年率に換算して初めて比較が可能になります。
3. 主張 ― 複利回数を増やすと e にたどり着く
3つの定理を正確に述べます。
定理 THM-CP-1(複利回数の極限)
r>0 とする。年率 r を年 n 回に分けて複利計算した1年後の元利合計は
である。
定理 THM-CP-2(実効年率による橋渡し)
任意の複利回数の表示は、実効年率を経由して一意に換算できる。年 n 回複利の名目年率 r は、実効年率 (1+r/n)n−1 と同じ運用結果を与える。すなわち、年 n1 回複利の名目年率 r1 と年 n2 回複利の名目年率 r2 が同じ実効年率を持つとき、両者の1年後の元利合計は等しい。
定理 THM-CP-3(単調性)
r>0 を固定する。f(n)=(1+r/n)n は n について単調に増加し、
である。
THM-CP-1 は「連続複利が何であるか」を定義に近い形で述べています。THM-CP-3 は「複利回数を増やせばいくらでも増える」が誤りであることを保証します。THM-CP-2 は実効年率がちょうど換算の正しい道具であることを示します。
この節のまとめ: 3つの定理は、極限の存在・換算の整合性・単調性と有界性という、複利計算の骨格を与えます。
証明を読む(読まなくても記事は完結します)
4. 証明 ― 極限を計算する
この節は読まなくても記事は完結します。
この証明を追いたい人は、数学編 第1回「極限と e」へ。
THM-CP-1 の証明
m=n/r と置き換えます。n→∞ のとき m→∞ です。式 (1) は
(1+nr)n=(1+m1)mr=[(1+m1)m]r.(5.1)
この変形の目的は、e の定義 e=limm→∞(1+1/m)m が直接使える形に持ち込むことです。
e の定義から
指数関数 x↦xr は x>0 で連続ですから、極限と冪の交換ができます。すなわち
ここで n=mr なので n→∞ と m→∞ は同値です。以上から
厳密には m=n/r が整数でない場合を扱う必要があります。n が整数のとき m は一般に有理数ですが、(1+1/m)m の極限は m を正の実数として連続に動かしても e に収束することが解析学で知られています(高木貞治『解析概論』第2章参照)。これにより上の置き換えは正当化されます。 ∎
THM-CP-3 の証明(単調性と有界性)
f(n)=(1+r/n)n とします。f(n)<f(n+1) を示します。
対数を取ると lnf(n)=nln(1+r/n) なので、lnf(n)<lnf(n+1) を示せば十分です。
g(x)=xln(1+r/x) と置きます(x>0)。f(n)=eg(n) なので、g が x について単調増加であれば f も単調増加です。
g(x) を微分します。t=r/x と置くと
g′(x)=ln(1+xr)+x⋅1+r/x−r/x2=ln(1+xr)−1+r/xr/x.(5.2)
第1項の微分は合成関数の微分律を用いています。第2項は x⋅(−r/x2)/(1+r/x)=−r/(x+r) を整理したものです。
s=r/x>0 と置くと
ln(1+s)>s/(1+s)(s>0)を示します。h(s)=ln(1+s)−s/(1+s) とおくと h(0)=0 で
h′(s)=1+s1−(1+s)21=(1+s)2s>0(s>0).
h′(s)>0 の計算は、分母を (1+s)2 に通分して (1+s)−1=s を得たものです。h は s>0 で単調増加、h(0)=0 より h(s)>0。
したがって g′(x)>0(x>0)。g は単調増加ですから g(n)<g(n+1)、すなわち f(n)<f(n+1) です。
有界性: THM-CP-1 から limn→∞f(n)=er です。f が単調増加で極限が er なので、全ての n で f(n)<er が成り立ちます。もし f(N)≥er となる N が存在すれば、上で示した狭義の単調増加から f(N+1)>f(N)≥er です。さらに n≥N+1 では f(n)≥f(N+1) なので、極限を取ると limn→∞f(n)≥f(N+1)>er となり、THM-CP-1 の limn→∞f(n)=er に矛盾します。 ∎
THM-CP-2 の証明
実効年率は式 (2) で定義しました。年 n 回複利の名目年率 r で運用した1年後の元利合計は (1+r/n)n です。これは 1+reff そのものですから、実効年率が一致する2つの運用方式は、1年後の元利合計が等しくなります。
逆に、年 n1 回複利の名目年率 r1 と年 n2 回複利の名目年率 r2 について
(1+n1r1)n1=(1+n2r2)n2
が成り立てば、両辺から 1 を引いた値(実効年率)が等しいので、同じ運用結果を与えます。この式は r1,n1 が与えられたとき、任意の n2 に対して
r2=n2[(1+n1r1)n1/n2−1]
と一意に解けます。(1+r1/n1)n1>0 なので冪根は常に正であり、解が存在します。
したがって実効年率を経由すれば、任意の複利回数間の換算が一意にできます。 ∎
この節で用いたのは、e の定義、連続関数の極限の交換、対数の微分、そして実効年率の定義だけです。
5. 反例 ― 名目年率だけを見ると順位が逆転する
CEX-CP-1: 名目年率の低い商品が実は有利
名目年率5パーセントの年1回複利(商品 A)と、名目年率4.9パーセントの月次複利(商品 B)を比べます。
商品 A の実効年率は名目年率そのままで 5.0% です。
商品 B の実効年率を計算します。
reff=(1+120.049)12−1=0.05011558…≈5.0116%.
名目年率は B のほうが低いのに、実効年率は B のほうが高い。名目年率だけを見て「A のほうが得だ」と判断すると、逆です。
この逆転が起きるのは、月次複利では毎月の利息が翌月以降の元本に組み込まれるからです。「利息に利息が付く」効果が12回分蓄積し、名目年率の0.1ポイントの差を逆転させます。
CEX-CP-2: 複利回数を増やしても上限がある
r=0.05 で n を増やしたときの元利合計を並べます。
| 複利回数 n |
元利合計 (1+0.05/n)n |
e0.05 との差 |
| 1 |
1.0500000000 |
0.0012710964 |
| 12 |
1.0511618979 |
0.0001091985 |
| 365 |
1.0512674965 |
0.0000035999 |
| 10,000 |
1.0512709650 |
0.0000001314 |
e0.05=1.0512710964… が壁になっています。n=10,000 でも差は 1.3×10−7 しかありません。THM-CP-3 が保証する通り、どれだけ回数を増やしても e0.05 を超えることはできません。
「複利回数を増やせばいくらでも増える」は誤りです。増加は単調ですが、上限 er に押さえられます。
CEX-CP-3: 単利と複利は短期なら同じか
r=0.05 で単利 1+rT と年1回複利 (1+r)T の差を見ます。
| 期間 T(年) |
単利 1+rT |
複利 (1+r)T |
差 |
| 1 |
1.0500 |
1.0500 |
0.0000 |
| 10 |
1.5000 |
1.6289 |
0.1289 |
| 30 |
2.5000 |
4.3219 |
1.8219 |
T=1 では一致しますが、T=10 で 0.13 の差、T=30 で 1.82 の差に膨らみます。元本 1 に対して 1.82 ですから、100万円を預ければ182万円の差です。「利息に利息が付く」効果は年数の2乗以上の速さで蓄積します。単利が直線 1+rT にとどまるのに対し、複利は指数関数 (1+r)T で伸びるので、長期では差が発散します。
この節のまとめ: 名目年率の大小と実効年率の大小は一致するとは限りません。複利回数を増やすと元利合計は増えますが、er を超えられません。単利と複利の差は長期で急速に拡大します。
6. 数値例 ― n を増やしながら元利合計を追う
r=0.05(名目年率5パーセント)で元本 1 を運用したとき、複利回数 n を変えると1年後の元利合計がどう動くかを表にまとめます。
| 複利回数 n |
元利合計 (1+0.05/n)n |
e0.05 との差 |
| 1(年1回) |
1.0500000000 |
1.27×10−3 |
| 2(半年) |
1.0506250000 |
6.46×10−4 |
| 4(四半期) |
1.0509453369 |
3.26×10−4 |
| 12(毎月) |
1.0511618979 |
1.09×10−4 |
| 365(毎日) |
1.0512674965 |
3.60×10−6 |
| 10,000 |
1.0512709650 |
1.31×10−7 |
| ∞(連続) |
1.0512710964 |
0 |
n=1 から n=12 への増加で差が 1.27×10−3 から 1.09×10−4 に縮まります。毎日複利にしても e0.05 との差はまだ 3.60×10−6 残っていますが、実用上は無視できるほど小さい。これが連続複利が「理論上の極限」と呼ばれる理由です。
実効年率の比較: 名目年率5.0パーセント・年1回複利の実効年率は 5.0000%。名目年率4.9パーセント・月次複利の実効年率は 5.0116% です。名目年率が低いにもかかわらず、月次複利のほうが実効年率で上回ります。
連続複利と年1回複利の換算: 連続複利の年率 rc=0.05 を年1回複利に換算すると r1=e0.05−1=0.0512710964、つまり約 5.127% です。逆に年1回複利の年率 r1=0.05 を連続複利に換算すると rc=ln1.05=0.0487901642、つまり約 4.879% です。連続複利の年率は年1回複利の年率よりも常に小さくなります。利息が絶え間なく再投資されるため、名目上の率が低くても同じ結果を出せるからです。
単利と複利の差: 元本 1、r=0.05 で T 年後の値を比べると、T=1 では一致(1.0500)、T=10 では単利 1.5000 に対し複利 1.6289(差 0.1289)、T=30 では単利 2.5000 に対し複利 4.3219(差 1.8219)です。複利の威力は長期で初めて目に見えます。
この節のまとめ: 複利回数を n=1 から n=10,000 まで増やすと、元利合計は単調に増えますが、増え方は急速に鈍り e0.05=1.0512710964… に張り付きます。
7. 次回へ ― ここまでの記号を一枚にまとめる
次回(第6回)では、ここまでの5回で登場した記号を整理して一枚の地図にまとめます。r が「名目年率」なのか「実効年率」なのか「連続複利の年率」なのかは文脈に依存しますが、この先の回で混乱しないよう、第6回で使い分けの規則を確定させます。
次のマイルストーンまであと 11 本です。
よくある質問
連続複利は現実に存在しますか
商品としてはほとんどありません。計算が楽になるので理論で使います。数学編で扱う微分と相性が良いからです。
なぜ e という半端な数が出てくるのですか
半端な数を持ち込んだのではなく、複利の回数を増やしていくと自然に現れます。e はその極限に付けた名前です。
名目年率と実効年率はどちらを見ればいいですか
比べるときは必ず実効年率です。名目年率は複利回数とセットでないと意味を持ちません。
参考文献
- Luenberger D. G.、Investment Science、第2版、Oxford University Press、2013年
- 高木貞治、解析概論、改訂第3版、岩波書店、1983年
数値例は compute.py により有理数演算で検算済み。本文中の小数は10桁で丸めている。