第93回 スワップの評価とマルチカーブ ― 2008年以降の常識

第93回 スワップの評価とマルチカーブ ― 2008年以降の常識

位置: 第9部 第93回 / 前提: 第11回、第12回、第92回 / 数学編: なし / この回でできるようになること: 金利スワップの価値とパースワップレートを、割引のカーブと推定のカーブを分けて計算できる

目次

0. 物語 ― 1本のカーブで割引と推定をすると値がずれる

ここまでの回で、割引係数という道具を手に入れました。将来のお金を今の価値に直すには、適切なカーブから割引係数を読み取って掛ければよい。債券の値段も、先渡契約の値段も、この原理で計算してきました。

金利スワップも同じ原理で計算できるはずです。固定金利のキャッシュフローと変動金利のキャッシュフローを交換する契約ですから、それぞれの列を割り引いて足し、差を取ればよい。ところが「どのカーブで割り引くか」を間違えると、答えがずれます。

たとえば5年のスワップで、変動金利を推定するカーブと割引に使うカーブの間に年限ごとに30から35ベーシスポイントほどの差があるとします。それを無視して1本のカーブで全てをまかなうと、契約時に損得がゼロになる固定金利が約0.13ベーシスポイントずれます。想定元本が100億円なら、この小さなずれはおよそ60万円の評価差になります。

2008年の金融危機の前は、この差は無視できるほど小さく、カーブは1本で十分でした。危機の後、銀行どうしの信用リスクが意識され、期間の違う金利の間に恒常的なスプレッドが現れました。以来、割引に使うカーブと変動金利を推定するカーブを分ける「マルチカーブ」が標準になっています。

この回では、なぜカーブを分けないと計算が合わなくなるのかを、式の上で確かめます。

1. 動機 ― 固定と変動を交換する契約の値段

この回を読み終えると、金利スワップの価値とパースワップレートを、割引のカーブと推定のカーブを分けて計算できます。

金利スワップとは、同じ想定元本に対して固定金利のキャッシュフローと変動金利のキャッシュフローを交換する契約です。一方が毎期 という固定利率を払い、他方が市場で決まる変動利率を払います。

この記事では、まず単一カーブでの評価を完成させ、次に割引に使うカーブと変動金利を推定するカーブを分けるマルチカーブの枠組みで何が変わるかを示します。

この記事で証明すること

  • THM-SW-1 金利スワップの価値は、固定側のキャッシュフローの現在価値と変動側のキャッシュフローの現在価値の差で決まります。
  • THM-SW-2 契約時に価値が 0 になる固定金利(パースワップレート)は、変動側の現在価値を固定側の年金因子で割った値として一意に定まります。
  • THM-SW-3 割引カーブとフォワード推定カーブを分けると、単一カーブで成り立っていた変動側の簡略式が使えなくなります。

2. 設定と仮定 ― 2つのキャッシュフローの列

スワップの仮定を全て書き出します。

  • 支払日: は既知の確定日。簡単のため等間隔で、計算期間を とします。
  • 想定元本: 。実際の受渡しはなく、キャッシュフローの計算に使うだけです。
  • 固定側: 毎期 を支払います。 は契約で決めた固定利率です。
  • 変動側: 毎期 を支払います。 は時刻 から のフォワードレートで、時刻 0 から見た値を使います。
  • 割引: 各時点 のキャッシュフローを割引係数 で現在価値に直します。
  • 単一カーブ(2008年以前): 割引も変動金利の推定も同じカーブを使います。
  • マルチカーブ(2008年以降): 割引は無担保翌日物金利(OIS)のカーブ、変動金利の推定には期間に応じた別のカーブを使います。

この記事では (正規化)、(年1回払い)で統一します。

3. 主張 ― 価値は現在価値の差で決まる

固定側を受け取り変動側を支払う立場から見たスワップの価値を定式化します。

定理 THM-SW-1(スワップの価値) 固定側のキャッシュフローの現在価値を 、変動側のキャッシュフローの現在価値を とする。固定受け・変動払いのスワップの価値は

である。

定理 THM-SW-2(パースワップレート) 年金因子を とする。契約時の価値を 0 にする固定利率(パースワップレート)は

として一意に定まる。

定理 THM-SW-3(マルチカーブでの評価) 割引に使うカーブ とフォワードの推定に使うカーブ が異なるとき、2つのカーブから作ったフォワードレートをそれぞれ とする。すべての で で、少なくとも1つの で不等号が狭義ならば

である。すなわち、単一カーブで成り立っていた という簡略式は使えなくなる。

THM-SW-1 は無裁定の下で各キャッシュフローを割り引いて足すという基本原理の直接的な帰結です。THM-SW-2 はそこから代数的に従います。THM-SW-3 は、なぜ2つのカーブで新しい問題が生じるかを示します。

証明を読む(読まなくても記事は完結します)

4. 証明 ― 各キャッシュフローを割り引いて足す

この節は読まなくても記事は完結します。

THM-SW-1 の証明

固定受け・変動払いの立場では、時刻 に受け取るキャッシュフローは

です。各時点のキャッシュフローを割り引いて合計します。

第1項は固定側の現在価値 、第2項は変動側の現在価値 そのものです。したがって

が成り立ちます。 ∎

単一カーブでの変動側の簡略式

THM-SW-2 の証明に入る前に、単一カーブの場合に変動側の現在価値がきれいに簡約できることを示します。この結果は THM-SW-3 との対比で使います。

フォワードレートの定義から、割引係数の間には次の関係があります。

割引係数の比がフォワードファクターを与えるという意味です。これを変形すると

が得られます。右辺は隣り合う割引係数の差です。 として から まで足すと

これはテレスコープ和(隣接項が次々に打ち消し合う和)です。 ですから

と簡約されます。変動金利の値がいくつであっても、割引係数の最初と最後だけで変動側の現在価値が決まるのです。直観的には、変動金利で運用している預金は元本を丸ごと返す債券と同じ価値を持つ、ということです。

THM-SW-2 の証明

となる を求めます。(4.1) から

固定側の現在価値を展開すると

左辺の和を年金因子 と書けば

(すべての割引係数が正なので、その和の も正です)なので、 は一意に定まります。 ∎

THM-SW-3 の証明

マルチカーブでは、フォワードレート は IBOR カーブの割引係数 から推定しますが、割引には OIS カーブの割引係数 を使います。

IBOR カーブのフォワードレートの定義は

です。(4.3) と同じ構造ですが、これは IBOR の割引係数の間の関係です。

変動側の現在価値を計算するとき、 に掛ける割引係数は です。

ここで (4.6) から を取り出して代入します。

これを (4.7) に代入すると

単一カーブのときはテレスコープ和になったのは、 だったからです。分数の分母と が一致して打ち消し合い、 の形になっていました。

マルチカーブでは なので、この打ち消しが起こりません。各項は

となり、第1項の分母 と掛かっている が異なるため、テレスコープ和にはなりません。

打ち消しが起こらないだけでは、たまたま和が等しくなる可能性が残ります。そこで大小を比べます。OIS カーブ自身のフォワードレート については、(4.3) と同じ計算で が成り立ち、足すとテレスコープ和で

です。仮定 の両辺に正の数 を掛けて足すと、少なくとも1つの項で狭義の不等号なので

が成り立ちます。 ∎

マルチカーブでもパースワップレートの定義式 (4.5) 自体は使えます。ただし を で置き換える近道が効かなくなるので、フォワードレートを1本ずつ求めて足す必要があります。

5. 反例 ― 1本のカーブでは合わなくなった

CEX-SW-1: 単一カーブのパースワップレートがずれる

2つのカーブにベーシス(スプレッド)があるとき、それを無視して1本のカーブで評価するとパースワップレートが正しい値からずれます。

数値例で確認します。5年スワップ(年1回払い、)で、IBOR のスポットレートが 、OIS のスポットレートが とします。ベーシスは各年限で 30bp から 35bp です。

  • 単一カーブ(IBOR の1本で全てをまかなう)のパースワップレート:
  • マルチカーブ(割引は OIS、フォワードは IBOR)のパースワップレート:
  • 差: bp

差は小さく見えますが、想定元本が大きい取引ではこの差が無視できなくなります。たとえば想定元本 100億円の5年スワップなら、0.13bp の差はおよそ 60万円の評価差に相当します。ベーシスが大きいほど、また期間が長いほど、ずれは拡大します。

CEX-SW-2: 変動側の簡略式が壊れる

単一カーブでは が成り立ちました。マルチカーブでは成り立ちません。

上と同じカーブで計算すると

  • マルチカーブの変動側 PV:
  • :
  • 差:

差は元本の約 1.6% に達します。簡略式をそのまま使うと、変動側の現在価値を大幅に過小評価してしまいます。THM-SW-3 で証明した通り、テレスコープ和の打ち消しが起こらないことが原因です。

CEX-SW-3: 期間の異なる変動金利は同じではない

3か月物の変動金利と6か月物の変動金利は、同じ通貨でも一般に異なります。たとえば年率換算で 3か月物が 、6か月物が であれば、差は bp です。

この差が 0 でないということは、3か月物の変動金利を受け取り6か月物の変動金利を支払う(またはその逆の)契約にも価値が生じることを意味します。これがベーシススワップです。

2008年以前は、この差が事実上ゼロとみなされていたため、単一カーブで十分でした。危機以降、銀行間の信用リスクや流動性の違いが期間によって異なることが意識され、この差が恒常的に生じるようになりました。マルチカーブは、期間ごとに別のカーブを立てることでこの差を整合的に反映する枠組みです。

6. 数値例 ― 5年スワップのレートを出す

、(年1回払い)、5年スワップで計算します。

単一カーブ(IBOR のスポットレートで割引も推定も行う)

スポットレート:

(%)
1
2
3
4
5

年金因子 、変動側 PV 。

簡略式の検算: 。一致します。

パースワップレート:

マルチカーブ(割引は OIS、フォワードは IBOR)

OIS スポットレート:

(%)
1
2
3
4
5

年金因子 、変動側 PV 。

パースワップレート:

比較

単一カーブ マルチカーブ
パースワップレート
差 — bp

ベーシスを 20bp に縮めた場合、差は bp に縮小します。ベーシスの大きさがそのままレートのずれに反映されることが確認できます。

7. 次回へ ― 払われないかもしれない世界

スワップの評価ができるようになりました。しかし、ここまでの議論では「約束されたキャッシュフローは必ず受け取れる」と暗黙に仮定しています。

次回はデフォルト確率とクレジットスプレッドを扱います。相手方が支払いを履行しないかもしれない世界で、キャッシュフローの価値をどう修正するかを見ます。

よくある質問

なぜカーブを分けるようになったのですか

2008年の金融危機以降、期間ごとの金利に信用や流動性の差が見えるようになったからです。

割引にはどの金利を使うのですか

担保付き取引では翌日物金利のカーブを使うのが標準です。

スワップは何のために使うのですか

固定と変動の金利リスクを入れ替えるためです。借入の金利を固定化する用途が典型です。

参考文献

  1. Bianchetti M.、Two Curves One Price、Risk、2010年
  2. Hull J. C.、Options Futures and Other Derivatives、第11版、Pearson、2021年

数値例は compute.py により有理数演算で検算済み。本文中の小数は4桁で丸めている。

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