第94回 デフォルト確率とクレジットスプレッド ― ハザードレートで考える

位置: 第9部 第94回 / 前提: 第4回、第9回、第93回 / 数学編: なし / この回でできるようになること: クレジットスプレッドから価格に織り込まれたデフォルト確率を計算し、実際のデフォルト率との違いを説明できる
0. 物語 ― スプレッドから出した確率は実際の確率ではない
前の回で、スワップの評価にはカーブの使い分けが必要だと見ました。同じ「金利の世界」を、今度はデフォルトの面から眺めてみます。
社債には国債より高い利回りが付いています。この上乗せ分がクレジットスプレッドで、ここからデフォルトの確率を逆算できます。スプレッドが150ベーシスポイントの社債について、回収率を4割と仮定して計算すると、5年間にデフォルトする確率は約12パーセントです。
ところが、同じ格付けの社債が過去に実際にデフォルトした割合を調べると、5年で約1.5パーセントにすぎません。市場が示す数字は、実績の約8倍です。
市場が間違っているわけではありません。投資家は「デフォルトするかもしれない」というリスクを抱えること自体に報酬を求めます。安く買わなければ引き合わないので、スプレッドが広がり、逆算される確率も膨らみます。差の約10パーセントポイントは、リスクそのものへの上乗せです。
もう一つ見落としやすいのは回収率の仮定です。デフォルトしても4割が返ってくる世界と、全額が失われる世界では、同じスプレッドから出てくるデフォルトの頻度がまるで違います。回収率を示さずに「デフォルト確率は何パーセント」と言っても、数字として意味を持ちません。
今回は、スプレッドとデフォルト確率をつなぐ式を証明し、市場から読み取れる確率がなぜ実績と食い違うのかを明らかにします。
1. 動機 ― 払われないかもしれない債券の値段
この回を読み終えると、クレジットスプレッドから価格に織り込まれたデフォルト確率を計算し、実際のデフォルト率との違いを説明できます。
債券は「満期に元本が返ってくる約束」です。しかし約束が守られない可能性、すなわちデフォルトがあると、債券の値段はその分だけ下がります。下がった分がクレジットスプレッドです。
スプレッドは市場で毎日観測されますが、この数字はデフォルトの確率とどう結びついているのでしょうか。直感的には「デフォルトしそうな債券ほどスプレッドが大きい」ですが、それを定量的にするには、デフォルトを確率モデルとして扱う必要があります。
今回はその最も基本的な枠組みを導入します。デフォルトを「ランダムな時刻に起きる事象」としてモデル化し、ハザードレートという1つのパラメータから生存確率を導きます。そしてスプレッドとハザードレートの関係を厳密に書き下し、近似公式を証明します。
この記事で証明すること
- THM-DF2-1 ハザードレートが一定のとき、時点
までデフォルトしない確率は で書けます。 - THM-DF2-2 回収率を
とすると、クレジットスプレッドはおおよそ に等しくなります。 - THM-DF2-3 市場スプレッドから逆算したデフォルト確率はリスク中立測度のもとでの値であり、過去の実績デフォルト率より大きくなるのが普通です。
2. 設定と仮定 ― デフォルトを確率的な時刻として置く
デフォルトを扱うために、次の仮定を置きます。
- デフォルトはポアソン過程の最初のジャンプとして起きる
- ハザードレートと回収率は一定
- 金利とデフォルトは独立
- 数値に単位は付けない
具体的に言えば、デフォルト時刻を確率変数
を満たします。この
生存確率を
回収率
無リスク金利
3. 主張 ― スプレッドはハザードと損失率の積
3つの定理を正確に述べます。
定理 THM-DF2-1(生存確率とハザードレート) ハザードレート
が一定のとき、時点 までデフォルトしない確率は である。
定理 THM-DF2-2(スプレッドの近似) 額面1のゼロクーポン債について、回収率を
、ハザードレートを 、クレジットスプレッド(連続複利)を とすると、 である。
が十分小さいとき、 が成り立つ。
定理 THM-DF2-3(リスク中立の生存確率) 市場で観測されるスプレッドから (2.1) で逆算したハザードレート
はリスク中立測度 のもとでの値である。過去の実績から推定したハザードレート に対して、一般に が成り立つ。差はデフォルトに対するリスクプレミアムである。
証明を読む(読まなくても記事は完結します)
4. 証明 ― 生存確率で割引いて価格を書く
この節は読まなくても記事は完結します。
THM-DF2-1 の証明
生存確率
です。条件付き確率の定義に戻すと、
です。一方、生存確率の減少分は、この区間でデフォルトした分に等しいので
が成り立ちます。移項して
これは定数係数の1階線形常微分方程式です。初期条件
左辺は
両辺の指数を取ると
が得られます。これは指数分布の生存関数そのものです。ハザードレートが一定であることと、デフォルト時刻が指数分布に従うことは同値です。 ∎
THM-DF2-2 の証明
額面1のゼロクーポン債を考えます。満期
- デフォルトしない(確率
): 額面1を受け取る - デフォルトする(確率
): 回収率 に相当する を受け取る
デフォルトの時刻は一様ではありませんが、ここでは簡単のため、回収額はデフォルト時刻によらず満期に
第1行から第2行への変形で、割引係数
一方、クレジットスプレッド
です。(3.2) と (3.3) を等置すると
両辺を
両辺の対数を取ります。
近似の導出。
したがって
これが (2.2) です。近似精度は
THM-DF2-3 の証明
市場で観測される社債価格から (2.1) を使ってハザードレートを逆算する手順を確認します。リスク付き債券価格が
(2.1) の
両辺の対数を取って
が得られます。
この
なぜ
数式で書くと、リスク付き債券価格は
で決まります。投資家がリスクプレミアムを要求するとは、
が成り立ちます。差
5. 反例 ― 逆算した確率は実際の確率ではない
CEX-DF2-1: スプレッドから出したデフォルト確率は実績と大きく異なる
スプレッドが 150 ベーシスポイント(
です(近似値は
です。一方、同程度の格付けの社債について過去の実績から推定した5年累積デフォルト率の典型値は
差の
CEX-DF2-2: 回収率を無視するとハザードレートが大きく変わる
同じスプレッド 150 ベーシスポイントから逆算しても、回収率の仮定によってハザードレートは大きく異なります。
| 回収率 |
近似 |
厳密 |
|---|---|---|
近似
なお
CEX-DF2-3: 金利とデフォルトの独立性が崩れるとき
仮定に「金利とデフォルトは独立」と置きましたが、現実にはこれが成り立たないことがあります。特に、金利が上がるとデフォルトが増える正の相関がある場合を数値で見ます。
2つの状態が等確率で起きるとします。
| 状態 | 金利 |
ハザードレート |
|---|---|---|
| A(高金利・高デフォルト) | ||
| B(低金利・低デフォルト) |
です。一方、金利とハザードレートがそれぞれ同じ2つの値を等確率で取るものの、互いに独立だと仮定して計算します。独立なら期待値は積に分かれるので
です。差は
なぜ差が出るのでしょうか。状態Bでは金利が低い(割引が少ない)のにデフォルトも少ない(返済される可能性が高い)ので、債券価格が高くなります。独立を仮定すると、この「良いことが重なる」効果を見落とします。金利とデフォルトの相関を無視すると、債券価格を過小評価する場合があるのです。
ここまでの3つの反例は、いずれもモデルの仮定を無自覚に使うことの危険を示しています。
6. 数値例 ― スプレッドからハザードレートを出す
ここまでの公式を数値で確認します。パラメータは
生存確率(THM-DF2-1)。
| 年数 |
生存確率 |
|---|---|
スプレッドの近似と厳密値(THM-DF2-2)。 近似
| 満期 |
厳密スプレッド (bp) | 近似 (bp) | 差 (bp) |
|---|---|---|---|
満期が短いほど近似が良くなります。
厳密スプレッドが満期とともに減少するのは、長い期間ほどデフォルト確率が高くなり、
スプレッド150bpからの逆算。
- 近似:
(2.50%) - 厳密(
): (2.57%)
近似と厳密の差は約7ベーシスポイントです。簡単な割り算で十分な精度が得られることがわかります。
7. 次回へ ― 構造モデルと CDS
今回はデフォルトを外生的に与えられた確率的な時刻として扱いました。ハザードレートが一定であれば生存確率は指数関数で書け、スプレッドとの関係は
しかし大きな問いが残っています。ハザードレートはどこから来るのでしょうか。会社の資産や負債の構造からデフォルトを内生的に導くモデルがあります。また、クレジットリスクを直接売買する市場があり、そこではスプレッドがもっと純粋に観測できます。次回 第95回では、これらを扱います。
よくある質問
ハザードレートとは何ですか
まだデフォルトしていない会社が、次の瞬間にデフォルトする割合です。
スプレッドが大きいほど危ないのですか
おおむねそうですが、流動性やリスクへの対価も含まれています。
回収率はどう決めるのですか
過去の実績から決めることが多く、推定の不確かさが大きい量です。
参考文献
- Duffie D. and Singleton K. J.、Credit Risk ― Pricing Measurement and Management、Princeton University Press、2003年
- Hull J. C.、Options Futures and Other Derivatives、第11版、Pearson、2021年
数値例は compute.py により検算済み。float 演算を使用(指数・対数が必要なため)。

