数学編 第6回 微分と積分の交換 ― ライプニッツの規則

数学編 第6回 微分と積分の交換 ― ライプニッツの規則

位置: 数学編 第6回 / 前提: M3, M5 / 本編での使用: 第78〜82回 / この回でできるようになること: パラメータを含む積分を微分するとき、微分と積分を交換してよいかを判定できる

目次

0. 物語 ― 端点が動くことを忘れる誤り

積分の中身をパラメータで微分したいとき、そのまま積分記号の中で微分してよいでしょうか。多くの教科書には「滑らかなら交換できる」と書いてあります。それ自体は正しいのですが、一つ見落としやすい落とし穴があります。積分の範囲そのものがパラメータに連動して動くとき、中身の微分だけでは答えが合いません。

たとえば、ゼロからある値までの範囲で「横軸の二乗」を足し上げる計算を考えてみてください。上端が2のとき、足し上げた合計はおよそ2.67です。では、この合計が上端の変化に対してどれだけ敏感か――つまり上端で微分するといくらになるでしょうか。

「二乗という中身は上端に依存していないから、中で微分すればゼロになるはずだ」と思った方はいませんか。実はこれが落とし穴です。上端を少し広げると、広げた分だけ新しい面積が加わります。上端が2のとき加わる面積の速さは、上端の位置での「二乗」の値、すなわち4です。中身の微分がゼロでも、正しい答えは4であってゼロではありません。ゼロと答えた人は、4だけ間違えたことになります。

ただし、端点の項がいつも答えを変えるわけではありません。オプション価格を行使価格で微分する場面を考えてみてください。積分の下端が行使価格に連動していますが、下端の位置では「満期の価格から行使価格を引いた額」がちょうどゼロなので、端点の項もゼロになります。実際、解析的に求めた感応度はマイナス0.53で、数値的にごく小さな差分で近似しても同じ値が出ます。危ないのは、端点で中身がゼロでない場合です。たとえば、ゼロからある値まで釣鐘型の曲線を足し上げる計算を上端1で微分すると、正しい答えは約0.3679ですが、端点の項を忘れるとゼロになってしまいます。

この記事では、微分と積分の順序を入れ替えてよい条件を三つの定理として証明します。中身が滑らかなら交換できること、端点が動くときに何を足すべきか、そして積分範囲が無限に広がるときにどんな安全装置が要るかを、順に見ていきます。

1. 動機 ― 積分の中で微分してよいのはいつか

この回を読み終えると、パラメータを含む積分を微分するとき、微分と積分を交換してよいかを判定できます。

金融数学では「パラメータを含む積分」が頻繁に出てきます。たとえば行使価格 を含むオプション価格は

のような形をしています。この を で微分したいとき、積分の中に手を突っ込んで被積分関数を先に微分してよいのかどうか――これがライプニッツの規則の問いかけです。

答えは「条件付きでイエス」です。条件を満たさないと、微分と積分の順序を交換した結果は元の値と一致しません。

この記事で証明すること

  • THM-M6-1 被積分関数とそのパラメータ偏導関数が連続で、積分範囲が有界なら、パラメータでの微分と積分の順序を交換できます。
  • THM-M6-2 積分の端点もパラメータに依存するときは、内側の微分に加えて端点での被積分関数に端点の導関数を掛けた項が現れます。
  • THM-M6-3 積分範囲が無限のときは、偏導関数がパラメータによらない可積分関数で押さえられることが交換の十分条件になります。

2. 設定と仮定 ― パラメータを含む積分

パラメータ を含む積分

を考えます。ここで は定数、 は と の2変数関数です。

知りたいのは です。素朴には を で割って とする定義に戻るしかありませんが、もし積分の中で先に について微分できれば

と書けて、計算が格段に楽になります。

端点 が に依存する場合はさらに複雑になります。端点の変化分を拾う必要があるからです。

この節のまとめ: パラメータを含む積分の微分を、積分の中の微分に帰着できるかが問題です。

3. 主張 ― 連続なら交換できる

定理 THM-M6-1(ライプニッツの規則) が矩形領域 上で連続であり、偏導関数 も同じ領域で連続であるとする。このとき

が で成り立つ。

定理 THM-M6-2(端点がパラメータに依存する場合) と が連続で、 が微分可能であるとする。このとき

が成り立つ。

定理 THM-M6-3(無限区間への拡張) と が連続であり、各 で が 上で可積分であるとする。さらに、あるパラメータ によらない可積分関数 が存在して

を満たすとき、

が成り立つ。

この節のまとめ: 有界区間では被積分関数と偏導関数の連続性だけで交換できます。端点が動くときは端点の項が加わり、無限区間では偏導関数の押さえ込みが必要です。

証明を読む(読まなくても記事は完結します)

4. 証明 ― 平均値の定理と一様連続性で示す

この節は読まなくても記事は完結します。

この証明を追いたい人は、数学編 第3回「偏微分、全微分、多変数のテイラー展開」、数学編 第5回「積分の技法とガウス積分」へ。

THM-M6-1 の証明

差分商から出発します。 に対して

が成り立ちます。右辺で積分と差の順序を入れ替えられるのは、有界区間上の連続関数の積分は線形だからです。

平均値の定理(M3)を 方向に適用します。各 に対して、 と の間のある が存在して

が成り立ちます。ここで は ごとに異なります。

のとき ですから、もし右辺の の極限と積分の順序を交換できれば

となり、証明が完了します。この交換を正当化するために一様連続性を使います。

はコンパクト集合 上の連続関数なので、一様連続です(M5)。したがって、任意の に対してある が存在し、 ならば全ての に対して

が成り立ちます。 のとき ですから、(3.3) より

は任意なので、(3.1) の右辺は で に収束します。これが に等しいことを示しました。 ∎

THM-M6-2 の証明

端点が動く場合を、THM-M6-1 と合成関数の微分法(連鎖律)を組み合わせて示します。

に対し、3変数の関数

を導入します。すると です。

の偏微分をそれぞれ求めます。

の についての偏微分は、端点を固定して被積分関数だけを で微分することに相当します。THM-M6-1 がそのまま使えて

の についての偏微分は、微積分の基本定理(M5)により

同様に

連鎖律を適用して の全微分を計算します。

これが (2.1) です。 ∎

THM-M6-3 の証明(要点)

THM-M6-1 の証明と同じく差分商から出発します。平均値の定理により

を得ます。この絶対値は仮定の押さえ込み条件から で上から抑えられます。

は可積分なので、ルベーグの優収束定理(あるいは有界収束定理の拡張)によって の極限と無限区間上の積分の順序が交換できます。

有界区間では一様連続性だけで済んだのに対し、無限区間では積分範囲がコンパクトでないため、一様連続性が使えません。その代わりに「 によらない可積分な上界 」で押さえ込むのです。この押さえ込み条件を優関数条件と呼びます。 ∎

5. 反例 ― 押さえ込む関数が無いと崩れる

反例 CEX-M6-1: 優関数が存在しない場合の交換の失敗

を 上で考えます。 のとき

が知られています。 では です。

では

であり、偏導関数 の積分も

と一致します。 で両方の値は です。

ところが の近傍では事情が変わります。 ですが、偏導関数の積分

は収束しません。実際、積分の上端 で打ち切ると

のように振動し、 に収束しません。 の近傍では を によらず押さえ込む可積分関数 が存在しないため、THM-M6-3 の条件が破れているのです。

反例 CEX-M6-2: 端点の項を落とすと答えがずれる

を考えます。 のとき です。

正しい微分は です。これは THM-M6-2 の端点の項 から来ます(被積分関数 は に依存しないため、内側の微分はゼロです)。

もし端点の項を忘れて内側の微分だけを計算すると、 となり、答えが ずれます。

ただし、端点の項がいつも効くわけではありません。コール価格 を行使価格 で微分すると、端点の項は です。被積分関数が下端 でゼロになるので、端点の項を忘れても答えは変わりません。実際、解析的には で、数値差分でも が得られます。端点の項が効くのは、端点で被積分関数がゼロでない場合です。たとえば第6節の では、正しい微分 に対し、端点の項を落とすと になります。

反例 CEX-M6-3: 被積分関数が微分不可能でも積分後は滑らかになる場合

は で について微分できません。しかし

は の多項式で、滑らかに微分できます。 のとき であり、数値差分でも と一致します。

積分が平均操作として「尖り」を消したのです。ただし、ライプニッツの規則の仮定(偏導関数の連続性)は満たしていないので、この結果を定理から保証することはできません。

対照的に、(ヘヴィサイドの階段関数)の場合、 なので ですが、 は古典的な意味では存在しません。ライプニッツの規則は適用できず、交換の正当化には別の道具が必要です。

この節のまとめ: 定理の条件を外すと、交換が成り立たない(CEX-M6-1)、端点の項が消える(CEX-M6-2)、そもそも公式が使えない(CEX-M6-3)といった問題が起きます。

6. 数値例 ― 交換前後の値を突き合わせる

有界区間での交換(THM-M6-1)

を で積分した を で微分します。

  • 先に積分してから微分(数値差分):
  • 先に微分してから積分(ライプニッツ):

小数点以下7桁まで一致しています。偏導関数 は で連続なので、THM-M6-1 の仮定を満たします。

端点がパラメータに依存する場合(THM-M6-2)

を で微分します。

被積分関数 は に依存しないので、内側の微分はゼロです。端点の項だけが残り

で です。数値差分でも が得られます。端点の項を落とすと になり、完全に間違えます。

コール価格の行使価格による微分

、、、 のブラック・ショールズ・モデルで、コール価格 を で微分します。

方法
解析解
数値差分
モンテカルロ差分(100万パス)

3つの値が整合しています。本編78回以降で扱うパラメータ感応度の計算は、ライプニッツの規則を正しく適用できるかどうかにかかっています。

押さえ込みが無い場合の食い違い

上の CEX-M6-1 で見た通り、 は で振動します。 で 、 で 、 で と、真の値 に収束しません。

この節のまとめ: 条件を満たす場合には微分と積分の交換が数値的にも確認でき、条件が崩れると食い違いが生じます。

7. 次回へ ― ポートフォリオは内積である

ライプニッツの規則を使えば、パラメータを含む期待値を微分する計算が体系的に扱えます。本編78〜82回ではこの技法が繰り返し登場します。

次回 M7 では、ベクトル・行列・内積を整理します。ポートフォリオの価値はウェイトのベクトルとリターンのベクトルの内積であり、線形代数の言葉で自然に記述できます。

よくある質問

なぜ順序を入れ替えたいのですか

期待値の形の価格を微分するとき、中で微分したほうがずっと簡単に計算できるからです。

いつでも入れ替えていいのですか

だめです。条件を満たさないと値が変わります。

端点の項を忘れるとどうなりますか

積分範囲を決めるパラメータで微分したとき、端点で被積分関数がゼロでなければ答えがずれます。コール価格を行使価格で微分する場合は、端点で中身がゼロになるので端点の項は消え、忘れても答えは変わりません。

参考文献

  • 杉浦光夫、解析入門II、東京大学出版会、1985年
  • Folland G. B.、Real Analysis、第2版、Wiley、1999年

数値例は compute.py により浮動小数点演算で検算済み。指数・積分を含むため fractions.Fraction は使用していない。

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