第100回 100本の地図と、次に読むべき本

第100回 100本の地図と、次に読むべき本

位置: 第10部 第100回 / 前提: 第1回、第2回、第45回、第54回、第59回、第70回、第99回 / 数学編: なし / この回でできるようになること: 100本の内容を地図として見渡し、自分の目的に合わせて次に読む本を選ぶことができる

目次

0. 物語 ― 順番に全部読まないと分からないのか

初めて降りる街で目的地に向かうとき、すべてのバス路線を端から端まで乗ってみる人はいません。地図を広げて、今いる場所と行きたい場所を確認し、最短の乗り換えを選ぶだけです。

このシリーズも同じです。全部で100本を超える記事がありますが、目的によって通るべき道は違います。たとえば「株や債券を組み合わせて資産を運用する理論を知りたい」という人は、本編を24本読めば到達できます。100本すべてを順番に読む必要はありません。

「オプションの値段を理論的に出したい」なら50本。「確率解析の道具を一通り押さえたい」なら44本。どの道も、最初のキャッシュフローの話から出発しますが、途中で分岐して、必要な回だけを通ります。

逆に言えば、全100本を最初から最後まで順に読むのは、すべてのバス路線を制覇するようなものです。楽しいかもしれませんが、目的地に着くだけなら遠回りです。

この回では、100本の記事がどうつながっているかを1枚の地図にまとめます。自分の目的に合った最短経路を見つけて、まだ読んでいない記事があればそこへ進んでください。すでに全部読んだ方には、振り返りと、次に読むべき本への案内になります。

1. 動機 ― 100本を振り返って全体を1枚にする

この回を読み終えると、100本の内容を地図として見渡し、自分の目的に合わせて次に読む本を選ぶことができます。

100本の記事を書き終えました。第1回でキャッシュフローの言葉を決め、第2回で無裁定の公理を立て、そこからオプション価格、測度の取り替え、確率解析、ブラック・ショールズ、そして先へと進んできました。

どの記事がどの記事に依存しているか。どの道を通ればどこに着くか。全体を1枚の地図にまとめるのが今回の目的です。

2. 設定と仮定 ― 地図の読み方

本シリーズは本編103回(一部に(a)(b)の分割あり)と数学編32回で構成されています。依存関係の辺(「この回を読むにはあの回が前提」)は全部で378本です。

各部の回数は次の通りです。

部 回数 テーマ
第1部 6 キャッシュフロー・割引・金利
第2部 10 債券・デュレーション
第3部 14 株式・ポートフォリオ理論
第4部 12 先渡・先物
第5部 13 二項モデルとリスク中立
第6部 14 確率解析の基礎
第7部 11 ブラック・ショールズ
第8部 11 グリークスと実務
第9部 7 金利モデルと信用
第10部 5 総まとめ

全体を貫く軸は3つです。「無裁定」「複製」「測度の取り替え」。どの部もこの3つのどれかを形を変えて使っています。

この節のまとめです。本編と数学編を合わせて135回、依存関係は378本あります。地図の読み方は「前提を遡る」です。

3. 100本の地図

依存関係の全体像を、起点から終点への流れで示します。

第1部 → 第2部: キャッシュフローの言葉(第1回)から出発し、割引(第3回)、複利(第4回)を経て債券(第11回〜)へ。ここまでは確率が入りません。

第2部 → 第3部: 債券のデュレーション(第15回)は確定キャッシュフローの感応度でした。株式に進むと、リターンが確率変数になります(第21回〜)。期待値と分散(数学編 M1)を経て、ポートフォリオ理論と CAPM(第39回)へ。

第3部 → 第4部 → 第5部: 先渡価格の無裁定条件(第41回)が、第2回の公理の最初の応用です。第5部に入ると、二項モデル(第43回)で複製とリスク中立確率(第45回)が登場します。

第5部 → 第6部: リスク中立確率が連続時間でも使えるには、確率解析の道具が必要です。ブラウン運動(第55回)、二次変分(第57回)、伊藤積分(第58回)、伊藤の補題(第59回)を順に作ります。

第6部 → 第7部: 伊藤の補題から幾何ブラウン運動(第62回)を導き、ギルサノフの定理(第64回)で測度を取り替え、ファインマン・カッツ(第66回)を使ってブラック・ショールズ式(第70回)に到達します。

第7部 → 第8部〜第9部: グリークス(第78回〜)、離散ヘッジ(第75回)、金利モデル(第91回〜)へ枝分かれします。

3つの軸がどこで現れるかを整理します。

考え方 離散での初出 連続での展開
無裁定 第2回 第46回(第一基本定理)
複製 第44回 第70回(BS 式)
測度の取り替え 第45回 第64回(ギルサノフ)

この節のまとめです。無裁定を起点に、複製、測度の取り替えが離散から連続へと形を変えて現れ、全100回を貫いています。

4. すべてを貫く3つの考え方

無裁定: 「タダで儲かる取引は存在しない」。第2回で公理として置き、第41回で先渡価格を出し、第46回で測度の存在と同値であることを証明しました。第76回以降では、仮定が壊れたときに何が起きるかを見ました。

無裁定は制約であると同時に道具です。制約として使うと「ある取引ができない」、道具として使うと「価格が決まる」。同じ原理が2つの顔を持ちます。

複製: ペイオフを既存の資産で再現する。第44回で二項モデルの複製を作り、第70回でブラック・ショールズ式を導きました。複製が可能であること(完備性、第47回)と、不可能なときに何が言えるか(不完備市場、第51回)は、第二基本定理の主題でした。

測度の取り替え: 現実の確率 を計算用の確率 に取り替える。第45回でリスク中立確率として登場し、第64回でギルサノフの定理としてドリフトの変更に一般化しました。金利モデル(第91回)ではフォワード測度への取り替えも使いました。

3つは独立ではありません。「無裁定 ⇔ 測度が存在する」(第46回)、「完備 ⇔ 測度が一意」(第47回)、「測度のもとで複製コスト = 期待値の割引」(第45回)。3つが三角形を成して互いを支え合っています。

この節のまとめです。無裁定、複製、測度の取り替えが本シリーズの骨格であり、離散で導入し連続で再証明するという構造が全体を貫いています。

5. このシリーズで扱わなかったこと

CEX-MAP-1: 全部読まなくても目的に着ける

目的別に最短経路を3通り示します。「この回を理解するために必要な全ての前提回」を再帰的に遡った回数で、到達点の回自身を含みます。分割された回(第45回の 45a・45b、第59回の 59a〜59c)を前提に挙げている場合は、分割後の各回を数えています。

目的 到達点 必要な本編回数 数学編込み
価格理論 第70回(BS式) 50 72
資産運用 第39回(CAPM) 24 37
確率解析 第65回 44 62

資産運用だけなら本編24回で足ります。価格理論は50回、確率解析は44回です。100回の全てを順に読む必要はありません。

CEX-MAP-2: 金融数学はここで終わらない

このシリーズで扱わなかった分野を挙げます。

  • 高頻度取引とマーケットマイクロストラクチャー: 注文帳の力学、最適執行。入口として Cartea, Jaimungal and Penalva, Algorithmic and High-Frequency Trading, Cambridge, 2015。
  • 機械学習と金融: ニューラルネットワークによる価格付け、強化学習によるヘッジ。入口として Bühler et al., Deep Hedging, Quantitative Finance, 2019。
  • XVA(信用価値調整とその仲間): CVA、DVA、FVA。入口として Gregory, xVA Challenge, 第4版, Wiley, 2020。
  • 確率ボラティリティの精密化: 粗いボラティリティ(Rough Volatility)。入口として Bayer, Friz and Gatheral, Pricing Under Rough Volatility, Quantitative Finance, 2016。

扱わなかった理由はどれも同じです。入門シリーズとしての土台を作ることが目的であり、各分野の専門書に進むための出発点を示すところで止めるのが適切だからです。

この節のまとめです。全部読まなくても目的に応じた最短経路があり、このシリーズで扱わなかった分野には専門書への入口を示しました。

6. 数値例 ― 目的別の最短経路を数える

仕様書の prerequisites を再帰的に辿り、各目的地に到達するために必要な回数を数えました。

価格理論コース(第70回まで): 本編50回 + 数学編22回 = 72回。第1部(キャッシュフロー)→ 第5部(二項モデル)→ 第6部(確率解析)→ 第7部(BS式)を一直線に進むルートです。

資産運用コース(第39回まで): 本編24回 + 数学編13回 = 37回。第1部 → 第3部(ポートフォリオ理論・CAPM)で止まります。確率解析は不要です。

確率解析コース(第65回まで): 本編44回 + 数学編18回 = 62回。価格理論コースと途中まで同じですが、BS式より手前で確率解析の道具を集中的に学ぶルートです。

依存関係の辺は全部で378本あります。本編から本編への辺が227本、本編から数学編への辺が104本、数学編どうしの辺が47本です(数学編から本編への辺はありません)。

この節のまとめです。3つの目的別経路で、資産運用は37回、確率解析は62回、価格理論は72回で到達できます。

7. 次回へ ― 次に読む本

本シリーズは入門の終わりです。ここから先は、教科書と論文の世界に入ります。

価格理論を深めるなら、Shreve の Stochastic Calculus for Finance II が本シリーズの直接の続きです。測度論の道具が増えますが、構成は本シリーズと同じ「離散→連続」です。

より広い視野で arbitrage theory を学ぶなら、Björk の Arbitrage Theory in Continuous Time が推薦できます。金利モデル、不完備市場、最適投資を一冊でカバーしています。

数学編で引っかかった箇所があれば、その回の前提になっている数学編だけ読めば十分です。全32回を通読する必要はありません。

よくある質問

全部読む必要がありますか

ありません。目的別の最短経路を用意しています。

次に何を読めばいいですか

価格理論を深めるなら確率解析の教科書、実務に進むなら数値計算の本です。参考文献に挙げています。

数学編は読むべきですか

本編で引っかかった箇所があれば、その回の前提になっている数学編だけ読めば十分です。

参考文献

  1. Shreve S. E.、Stochastic Calculus for Finance II ― Continuous-Time Models、Springer、2004年
  2. Björk T.、Arbitrage Theory in Continuous Time、第4版、Oxford University Press、2020年

依存関係の回数は compute.py により仕様書の prerequisites を再帰的に辿って計算。

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