数学編 第22回 マルチンゲールと収束定理 ― 公平な賭けの数学

数学編 第22回 マルチンゲールと収束定理 ― 公平な賭けの数学

位置: 数学編 第22回 / 前提: M16, M18 / 数学編: なし / この回でできるようになること: マルチンゲールがいつ収束するかを、収束定理の条件で判定できる

目次

0. 物語 ― 確率1で収束しても期待値は収束しない

必ず勝てる賭けの方法があるとしたら、あなたは乗りますか。

公平なコイン投げの賭けがあります。表が出るまで賭け金を倍にしていきます。最初に1円、次に2円、その次は4円です。表が出た瞬間に受け取って終了します。たとえば3回目に表が出たら、それまでに払った7円に対して8円を受け取るので、差し引き1円の利益です。何回目に表が出ても、利益はちょうど1円になります。いつかは必ず表が出るので、この方法なら確実に1円を手にできるように見えます。

では、10万人がこの賭けに挑んだらどうなるでしょう。15回まで続けられるとします。勝率は約99.997%です。ほぼ全員が1円を手にします。ところが、10万人のうち2人だけ、15回連続で裏が出てしまいました。その2人の損失は1人あたり約3万3千円です。10万人全体の利益を平均すると、1円にはなりません。

ここに不思議なことが起きています。一人ひとりを見れば、ほぼ確実に1円を手にしています。回数の上限を取り払えば、全員が例外なく1円を得ます。それなのに、集団全体の平均利益は何回まで続けても0円のままです。「ほぼ確実に手に入る値」と「平均して手に入る値」が食い違っています。

この食い違いの正体は、めったに起きないが起きたときの損失が途方もなく大きい、という偏りにあります。回数を増やすほど負ける人は減りますが、負けたときの損失はそれをちょうど打ち消す速さで膨らみます。結果として、平均はいつまでも動きません。

この回では、公平な賭けを数学の言葉で定義し、どんな条件が揃えばこの過程が収束するかを証明します。そして、条件が一つでも欠けると、今の倍賭けのように「確実に収束するのに平均が合わない」という現象が起きることを確認します。

1. 動機 ― 公平な賭けを数学で書く

この回を読み終えると、マルチンゲールがいつ収束するかを、収束定理の条件で判定できます。

コインを投げて、表なら1円もらい、裏なら1円払う賭けを考えます。この賭けは「公平」です。手持ちの金額の期待値は、何回投げても最初と変わりません。

この「公平さ」を、条件付き期待値の言葉で厳密に書いたものがマルチンゲールです。金融数学ではこの概念が中心的な役割を果たします。無裁定な市場では、適切な測度のもとで割り引いた資産価格がマルチンゲールになるからです(本編第26回で使います)。

今回は、マルチンゲールの定義と基本的な性質を証明し、有界なマルチンゲールが確率1で収束するという深い定理を述べます。

この記事で証明すること

  • THM-M22-1 マルチンゲールの条件付き期待値は現在の値に等しく、そこから期待値が時間によらず一定であることが従います。
  • THM-M22-2 マルチンゲールに凸関数を施すと、可積分であれば劣マルチンゲールになります。
  • THM-M22-3 で有界なマルチンゲールは、確率1で有限の極限に収束します。上向き横断回数の評価がその鍵です。

2. 設定と仮定 ― フィルトレーションと適合過程

M13 で導入したσ加法族の考え方にもとづくフィルトレーション と、M16 で導入した条件付き期待値を使います。以下、確率空間 とフィルトレーション を固定します。

  • 適合過程: 確率過程 が に適合するとは、各 で が -可測であることです。直感的には「時刻 までの情報で の値が確定する」ことを意味します。
  • 可積分: 各 で が成り立つことです。条件付き期待値を定義するために必要です。

この2つの条件を満たす過程に対して、「次の値の条件付き期待値が現在の値に等しいかどうか」を問うことができます。

3. 主張 ― 期待値は保存され、有界なら収束する

定義・定理 THM-M22-1(マルチンゲールと期待値の保存) をフィルトレーション に適合する可積分な過程とする。任意の に対して

が成り立つとき、 を に関するマルチンゲールと呼ぶ。このとき

が全ての で成り立つ。すなわちマルチンゲールの期待値は時間によらず一定である。

(1.1) で不等号に置き換えたものも重要です。

  • が成り立つとき、 を劣マルチンゲールと呼びます(将来の期待値が現在以上)。
  • が成り立つとき、 を優マルチンゲールと呼びます(将来の期待値が現在以下)。

定理 THM-M22-2(凸関数と劣マルチンゲール) がマルチンゲールであり、 が凸関数で各 に対して が成り立つとする。このとき は劣マルチンゲールである。

定理 THM-M22-3(マルチンゲール収束定理) が に関するマルチンゲールで、

が成り立つとする。このとき確率変数 が存在して、()が確率1で成り立ち、 は有限値を取る。

これら3つの定理を順に証明します。

証明を読む(読まなくても記事は完結します)

4. 証明 ― 条件付き期待値のタワー則を使う

この節は読まなくても記事は完結します。

この証明を追いたい人は、数学編 第16回「条件付き期待値は射影である」、数学編 第18回「収束の4概念」へ。

THM-M22-1 の証明

まず、マルチンゲールの定義 (1.1) から期待値の保存 (1.2) を導きます。

(1.1) で とおきます。 は初期情報(自明なσ加法族か、それに近いもの)ですので

条件付き期待値にさらに全体の期待値を取ると、M16 のタワー則(繰り返し期待値の法則)により

一方、右辺の に期待値を取ると です。したがって

これが (1.2) です。

次に、定義 (1.1) が隣接する時刻 から一般の に拡張できることを確認します。 のとき、タワー則を使います。 なので

最初の等号はタワー則( なので外側の条件付き期待値が適用できる)、2番目の等号は隣接する時刻のマルチンゲール性 を使いました。これを繰り返し適用すれば が得られます。

したがって、マルチンゲールの定義は隣接する時刻で書いても一般の時刻で書いても同値です。 ∎

THM-M22-2 の証明

がマルチンゲール、 が凸関数、各 で とします。 が劣マルチンゲールであること、すなわち

を示します。

第1段: イェンセンの不等式を適用します。 条件付き期待値に対するイェンセンの不等式(M16 の条件付き期待値の性質と M29 の凸性)により、 が凸であれば

この不等式が使えるのは、 の凸性と の可積分性が仮定されているからです。

第2段: マルチンゲール性を代入します。 がマルチンゲールなので (1.1) より です。これを (2.2) の左辺に代入すると

これは劣マルチンゲールの定義そのものです。

第3段: 適合性と可積分性を確認します。 が -可測で が連続(凸関数は連続)なので、 は -可測です。可積分性は仮定に含まれています。 ∎

応用例: は凸なので、マルチンゲール に対して は劣マルチンゲールです。つまり が成り立ちます。

THM-M22-3 の証明(要点)

この定理の完全な証明は長くなるため、核心となるアイデアを述べます。

上向き横断回数の概念。 実数 を固定します。列 が区間 を上向きに横断するとは、 以下の値から 以上の値へ上昇することです。 時点までの上向き横断回数を と書きます。

ドゥーブの上向き横断不等式。 が劣マルチンゲールのとき

この不等式の直感は次の通りです。区間 を1回横断するたびに少なくとも の「利益」が出ますが、劣マルチンゲール(マルチンゲールを含む)の値は上がりすぎない制約があるため、横断回数が抑えられます。

収束の導出。 (1.3) より とします。任意の有理数 に対して (2.3) から

したがって が確率1で成り立ちます。有理数の対 は可算個しかないので、可算個の確率1の事象の共通部分を取っても確率1です。

がすべての有理数 で成り立つ標本点では、 と の間に有理数の開区間が入り込む余地がありません。よって となり、極限 が存在します。

が有限であることは、ファトゥの補題と 有界性から が得られ、有限値の確率変数であることがわかります。 ∎

5. 反例 ― 期待値一定だけでは足りない

反例 CEX-M22-1: 期待値は一定だがマルチンゲールでない過程

「期待値が時間によらず一定であれば、マルチンゲールである」という理解は誤りです。期待値の保存はマルチンゲールの必要条件であって十分条件ではありません。

、各確率 とします。フィルトレーションを 、、 と定めます。

過程 を次のように定義します。

  • 、
  • 、、、

各時点の期待値を計算すると、、、 で、全て一定です。

しかし条件付き期待値を計算すると

であって には等しくありません。マルチンゲール性は局所的な条件(各情報集合の上で成り立つべき条件)であり、全体の期待値が等しいだけでは不十分です。

反例 CEX-M22-2: L1 有界でないマルチンゲールは収束しない

単純ランダムウォーク ( は 等確率)はマルチンゲールです。しかし は増大し続けます。

シミュレーション(10万経路)の結果:

0 0
10 2.4587
50 5.6034
100 7.9521
200 11.2741

はおよそ の速さで増大し、 有界ではありません。実際、単純ランダムウォークは確率1で 、 となり、収束しません。THM-M22-3 の 有界という条件が本質的であることがわかります。

反例 CEX-M22-3: 確率1で収束しても期待値は保存されない

倍賭け戦略を考えます。公平なコインを投げ、表が出るまで賭け金を2倍にしていきます。第 回の賭け金は で、表が出た時点で を受け取って終了します。

第 回で初めて表が出たときの純利益は

いつか必ず表が出るので、純利益は確率1で です。つまり「確率1で収束」し、極限は です。

しかし各回の期待利益は (公平な賭け)です。 回で打ち切った場合を理論計算すると:

打ち切り 勝つ確率 負けた場合の損失 期待利益
5 0.96875 0
10 0.999023 0
15 0.999969 0
20 0.999999 0

をいくら大きくしても、各段階の期待利益は厳密に です。ところが の極限では利益は確率1で になります。極限を取る操作と期待値を取る操作が交換できない()典型例です。

この過程は 有界であることに注意してください。 回で打ち切った利益を とすると ( で 、 で )で、常に 未満です。だからこそ THM-M22-3 どおり確率1で収束します。食い違いの原因は 有界性の破れではなく、 回連続で負けた場合の損失 が指数的に増大し、確率 のごく小さな事象に絶対値の期待値のほぼ半分が集中し続けることです。収束定理は極限の存在を保証しますが、極限と期待値の交換までは保証しません。 でのシミュレーション(10万回)では、勝率は 99.998% でしたが、2回の敗北(損失 )が発生し、平均利益は から大きくずれました。

これらの反例は、マルチンゲールの理論で条件を一つでも外すと結論が崩れることを示しています。

6. 数値例 ― ポリアの壺の割合を追う

ポリアの壺は、マルチンゲール収束定理の自然な応用例です。壺に赤玉1個と青玉1個を入れた状態から始めます。各ステップで玉を1個取り出し、同じ色の玉を1個追加して戻します。赤玉の割合を とします。

がマルチンゲールであることを確認します。時刻 に赤玉が 個、全体が 個とします。次のステップで赤玉を引く確率は で、そのとき 。青玉を引く確率は で、そのとき 。条件付き期待値は

マルチンゲール性が確認できました。 なので であり、 有界です。THM-M22-3 により、 は確率1で有限の極限に収束します。

5本の経路のシミュレーション結果を示します。

経路1 経路2 経路3 経路4 経路5
0 0.5 0.5 0.5 0.5 0.5
10 0.5 0.5 0.8333 0.1667 0.5833
50 0.4231 0.4423 0.6731 0.0962 0.7885
100 0.4118 0.4216 0.6569 0.1176 0.8333
200 0.4505 0.4604 0.698 0.1584 0.8564
500 0.4562 0.4422 0.745 0.1793 0.8865

全ての経路が初期値 から出発し、それぞれ異なる値に収束していく様子が見えます。収束先は経路ごとに異なり、理論的には 上の一様分布に従うことが知られています。

単純ランダムウォーク の各時点の期待値も確認しておきます。 ステップの全経路を列挙すると、期待値は 、、、 で一定です。条件付き期待値も、 のもとで 、 のもとで であり、いずれも に一致します。

の期待値は、 のいずれでも であり、マルチンゲールであることと整合しています。

7. 次回へ ― 測度を測度で割る

マルチンゲールの定義と基本性質、そして収束定理を見ました。 有界なマルチンゲールは確率1で収束しますが、期待値の保存は極限で崩れうることも確認しました。

次回 M23 では、ラドン・ニコディム微分を扱います。ある測度を別の測度で「割る」という操作を厳密に定義し、測度の変換を可能にします。これはリスク中立確率への測度変換の数学的基盤となるものです。

よくある質問

マルチンゲールとは何ですか

今までの情報を使っても、次の値の予想が今の値から動かない過程です。公平な賭けの資産の動きです。

なぜ金融で重要なのですか

無裁定な市場では、割り引いた価格がある測度のもとでマルチンゲールになるからです。

倍賭けで必ず勝てるのではないですか

確率1で勝ちますが、途中で必要な資金が無限大になりえます。期待値の計算が合わない理由がそこにあります。

参考文献

  1. Williams D.、Probability with Martingales、Cambridge University Press、1991年
  2. Durrett R.、Probability ― Theory and Examples、第5版、Cambridge University Press、2019年

数値例は compute.py によりシミュレーション(シード固定)で検算済み。

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