数学編 第20回 有界変動とリーマン・スティルチェス積分

数学編 第20回 有界変動とリーマン・スティルチェス積分

位置: 数学編 第20回(M20) / 前提: M14 / 数学編: M14 / この回でできるようになること: リーマン・スティルチェス積分が存在するかを、有界変動性で判定できる

目次

0. 物語 ― 連続なのに有界変動でない関数

手元に100万円があって、ある投資信託の基準価額を毎日見ているとします。グラフは一本の線でつながっていて、途切れたりジャンプしたりしません。直感的には、途切れずにつながった値動きなら「上がったり下がったりした合計距離」は有限に収まりそうです。

ところが、これは間違いです。途切れずにつながっているのに、上がり下がりの合計が無限大になる値動きが存在します。

具体的に見てみましょう。原点に向かって振幅がだんだん小さくなる波を考えます。波の山と谷をひとつずつ数えていくと、10個で合計距離は約2.28、50個で約3.31、100個で約3.75、500個で約4.77です。波を細かく拾えば拾うほど、合計距離は増え続けます。振幅は小さくなっているのに、減り方がゆっくりすぎて、足し合わせると発散してしまうのです。

これが積分に効きます。ある関数の増分に沿って別の関数を足し合わせるとき――金融の言葉でいえば、ポジションの大きさを価格の動きに掛けて利得を計算するとき――増分を取る側の関数の「上がり下がりの合計距離」が有限でなければ、計算結果が代表点の取り方で変わってしまいます。左端で取った答えと右端で取った答えの差は、分割を細かくしても約2.4から2.7のあいだに留まり、縮まりません。

逆に、上がり下がりの合計距離が有限、つまり有界変動であれば、どこで代表点を取っても同じ答えに収束します。つながっていることだけでは足りず、振動の合計が有限かどうかが積分の存否を分ける――これがこの回の主題です。

1. 動機 ― 関数に対して積分するとはどういうことか

この回を読み終えると、リーマン・スティルチェス積分が存在するかを、有界変動性で判定できます。

通常のリーマン積分 は、被積分関数 を「 の増分 」に対して足し合わせます。しかし金融では、利得を「価格の増分 」に対して足す場面が繰り返し出てきます。価格 は のように一様に増えるとは限りません。上がったり下がったり、あるいはジャンプしたりします。

の代わりに任意の関数 の増分 に対して積分する。これがリーマン・スティルチェス積分の考え方です。今回は、この積分がいつ定義できるのかを正確に述べ、証明します。鍵になるのが有界変動という条件です。

この記事で証明すること

  • THM-M20-1 有界変動関数は、2つの広義単調増加関数の差として書けます。
  • THM-M20-2 被積分関数が連続で、積分する相手の関数が有界変動なら、リーマン・スティルチェス積分は代表点の取り方によらず存在します。
  • THM-M20-3 積分する相手が連続微分可能なら、リーマン・スティルチェス積分は通常のリーマン積分に導関数を掛けたものに帰着します。

2. 設定と仮定 ― 総変動と分割

ここで使う道具と仮定を書き出します。

  • 区間: 有界閉区間 で考えます。以下では を使います。
  • 分割: は の分割です。 を分割の刻み幅と呼びます。
  • 総変動: 関数 に対し、

を 上の総変動と呼びます。上限はすべての分割にわたって取ります。

  • 有界変動: のとき、 は 上で有界変動であると言います。
  • リーマン・スティルチェス和: 分割 と、各小区間 から選んだ代表点 に対し、

をリーマン・スティルチェス和と呼びます。

  • 積分の定義: のとき、代表点 の選び方によらず が一つの値 に収束するならば、 を

と書き、 の に対するリーマン・スティルチェス積分と呼びます。

  • 代表点: 各小区間 の左端、右端、中点など、任意の点を取れるものとします。
  • 数値例での分割: 数値例では等間隔分割 を使い、代表点を左端・右端・中点で変えて比較します。

総変動は、関数が上がったり下がったりした量の合計です。グラフの「道のり」と考えることもできます。この量が有限かどうかが、積分の存在を左右します。

3. 主張 ― 有界変動なら積分が存在する

3つの定理を述べます。1つ目は有界変動関数の構造を明らかにし、2つ目で積分の存在を保証し、3つ目で馴染みのあるリーマン積分に帰着させます。

定理 THM-M20-1(有界変動関数の分解) が有界変動であるとき、2つの広義単調増加関数 が存在して

が成り立つ。さらに である。

定理 THM-M20-2(リーマン・スティルチェス積分の存在) が連続で、 が有界変動であるとき、リーマン・スティルチェス積分

は代表点の取り方によらず存在する。

定理 THM-M20-3(微分可能な場合の帰着) が連続で、 が連続微分可能であるとき、

が成り立つ。右辺は通常のリーマン積分である。

THM-M20-3 は「 を に置き換えてよい」ということです。直感的にはあたりまえですが、ここではそれを保証するために が存在して連続であることを仮定しています。

証明を読む(読まなくても記事は完結します)

4. 証明 ― 単調関数の差に分けて示す

この節は読まなくても記事は完結します。

この証明を追いたい人は、数学編 第14回「ルベーグ積分」へ。

THM-M20-1 の証明

が有界変動であるとき、区間 上の総変動を

と書きます。 です。まず が について広義単調増加であることを示します。 のとき、 の任意の分割は の分割にもなりますから( を端点に追加するだけです)、

これは分割の集合が広がるので上限も大きくなる、ということです。

次に正変動と負変動を定義します。

明らかに であり、 です。したがって が成り立ちます。

が広義単調増加であることを示します。 のとき、

ここで は区間 上の総変動に等しいことを示します。 の分割を で2つに切ると、 の部分と の部分の変動の和になります。 の部分の上限は なので、

したがって です。最後の不等式は、 という分割1つだけでも総変動の定義の上限に含まれるので、成り立ちます。

この不等式を使うと

最後は (任意の実数 )から従います。 は広義単調増加です。

についても同様に

が成り立ちます。 を使いました。 も広義単調増加です。

最後に は (4.1) の定義から直ちに確認できます。 ∎

この分解はジョルダン分解と呼ばれます。有界変動関数を理解するには、単調増加関数を理解すれば十分だということです。

THM-M20-2 の証明

は 上で連続なので一様連続です。任意の に対して、 ならば となる が取れます。

ステップ1: 同じ分割で代表点だけが異なる場合。 分割 に対して、代表点 と を取ります。 とすると、 はともに に属するので です。一様連続性から を得ます。したがって

が有界変動なので であり、 を小さくすれば差はいくらでも小さくなります。

ステップ2: 分割を細分したときの変化。 分割 に新しい分割点 を1つ追加した分割を とします。 は区間 に入るとします。和の変化は

です。ここで 、、 です。 を使って書き直すと

のとき、3つの代表点はすべて長さ 以内の区間に入るので 、 です。したがって

点を複数追加しても同様の評価が各区間で独立に成り立ち、全区間の合計は を超えません。

ステップ3: コーシー列の構成。 2つの分割 に対し、共通細分 を取ります。ステップ2より

ステップ1より です。三角不等式を使って

なので、(すなわち )とすれば和はコーシー列になり、極限が存在します。極限が代表点によらないことはステップ1の評価 (4.2) から直ちに従います。 ∎

THM-M20-3 の証明

が連続微分可能( が連続)なとき、各小区間で平均値の定理を使います。ある が存在して

これをリーマン・スティルチェス和に代入すると

ここで と の差を評価します。 は一様連続なので、 とすると であり

ここで です。 は 上で連続なので最大値を取ります。全区間にわたって足し合わせると

右辺の和 は、関数 のリーマン和です。 は連続関数の積なので連続であり、リーマン積分可能です。 のとき に収束します。

以上を合わせると、 のとき

THM-M20-2 より左辺の極限は に等しいので、(2.1) が成り立ちます。 ∎

5. 反例 ― 連続でも有界変動とは限らない

有界変動の条件がなぜ必要なのかを、3つの反例で見ます。

CEX-M20-1: 有界変動でない関数に対して代表点で和が変わる

()、 とします。 なので で となり、 は 上で連続です。一方、点 ()では が交互に現れるので、隣接する点での差の絶対値は です。この和は について発散するので、 は有界変動ではありません(CEX-M20-2 と同じ仕組みです)。

被積分関数も同じ関数 に取り、等間隔分割 で、左端と右端で代表点を変えてリーマン・スティルチェス和を計算します。左端の和から右端の和を引くと、代表点の差が増分と同じ形になるので、差は

と、増分の二乗和にマイナスを付けたものになります。

分割数 左端 右端 差
1000
10000
100000
1000000

分割を細かくしても差は から のあいだに留まり、 に収束しません。

THM-M20-2 では が有界変動であるおかげで、(4.2) の評価で が保証されました。 が有界変動でなければ ですから、この評価が破綻します。代表点を変えると和の極限が変わる――これが「積分が定義できない」ということです。

CEX-M20-2: 連続なのに有界変動でない

()、 は 上で連続です。しかし有界変動ではありません。

総変動が発散することを数値で確認します。 が を交互に取る点 を分割点に取ります。 なので、隣接する点の差の絶対値は大まかに です。これは調和級数に似た形で発散します。

山谷の数 総変動の下界
10
50
100
500

分割を細かくするほど総変動は増え続け、発散します。 は連続であるにもかかわらず、振動の振幅が十分ゆっくりとしか減衰しないため、上がり下がりの合計が有限に収まりません。

連続性は有界変動を保証しません。有界変動であるためには、振動の振幅が十分速く減衰する必要があります。

CEX-M20-3: 被積分関数と相手が同じ点で不連続

()、()とし、()、()とします。 と はともに で不連続です。

分割の幅を小さくしても が分割点にならないとき( が奇数のとき)、ジャンプを含む小区間で代表点を左端に取ると を、右端に取ると を掛けます。

分割数 左端の和 右端の和
3
5
7

分割をどれだけ細かくしても、左端は常に 、右端は常に です。和は一つの値に収束しません。

THM-M20-2 は が連続であることを仮定していました。 が有界変動(ステップ関数なので有界変動です)であっても、 と が同じ点で不連続であれば積分は定義できません。 が連続であるか、少なくとも と の不連続点が重ならないことが必要です。

6. 数値例 ― 代表点を変えて和を比べる

THM-M20-3 の具体例として、、 の場合を計算します。 は連続微分可能で ですから、

等間隔分割 でリーマン・スティルチェス和を計算し、代表点を変えて比較します。

の場合。 分割は です。

の場合。

代表点 和 厳密値
左端
右端
中点

の場合。

代表点 和 厳密値
左端
右端
中点

分割を細かくすると、3つの代表点の和はすべて真の値 に収束していきます。中点が最も速く収束し、 で と真の値にほぼ一致しています。 が有界変動(実際には連続微分可能)なので、代表点をどこに取っても極限は同じです。

ジョルダン分解の例。 は 上で有界変動です。 なので で極大を取り、総変動は です。ジョルダン分解 の値を表にします。

と がともに広義単調増加で、 が成り立つことが確認できます。 は で増加してその後一定、 は で増加します。 が増えている区間では だけが増え、 が減っている区間では だけが増える――これがジョルダン分解の直感です。

7. 次回へ ― ブラウン運動で積分が使えない理由

今回の結論は「 が有界変動なら代表点によらず積分が存在する」でした。

ではブラウン運動 はどうでしょうか。ブラウン運動の経路は連続ですが、有界変動ではないことが知られています(M21 で証明します)。つまり今回の定理は使えません。実際、ブラウン運動に対して積分しようとすると、代表点の選び方で答えが変わります。左端を選べば伊藤積分、中点を選べばストラトノビッチ積分になり、両者は一致しません。

次回 M21 では、ブラウン運動の経路が有界変動でないのに二次変分は有限になる、ということを証明し、なぜ通常の積分が使えないのかを明確にします。

よくある質問

有界変動とは何ですか

上がったり下がったりした量の合計が有限、ということです。グラフの長さが有限、とも言えます。

なぜ代表点が問題になるのですか

相手の関数が激しく振動すると、どこで値を取るかで和が変わってしまうからです。

これが確率解析とどう関係するのですか

ブラウン運動は有界変動でないので、この積分が使えません。次回で示します。

参考文献

  • Apostol T. M.、Mathematical Analysis、第2版、Addison-Wesley、1974年
  • Protter P. E.、Stochastic Integration and Differential Equations、第2版、Springer、2004年

数値例は compute.py により有理数演算で検算済み(float を使った箇所は丸め誤差のみ)。本文中の小数は4桁で丸めている。

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