数学編 第14回 ルベーグ積分 ― 期待値は積分である

位置: 数学編 第C部 第14回 / 前提: M13(可測関数) / 数学編: M14 / この回でできるようになること: 期待値をルベーグ積分として扱い、極限と期待値を交換してよいかを判定できる
0. 物語 ― 押さえ込む関数が無いと交換できない
関数の列があって、一つひとつの面積はどれも1だとします。しかもこの列は、どの点を見ても最終的には高さが0に落ち着きます。では、面積の行き先も0になるでしょうか。
直感的には「どの点でも高さが0に向かうなら、面積も0に近づくはずだ」と思うかもしれません。しかし答えは「0にならない」です。面積はずっと1のまま変わりません。
からくりはこうです。列の番号が大きくなるにつれ、関数が値を取る範囲はどんどん狭くなります。番号が10なら幅は10分の1、番号が1000なら幅は1000分の1です。そのかわり、高さはその分だけ伸びます。幅が10分の1なら高さは10、幅が1000分の1なら高さは1000です。幅と高さの積は常に1ですから、面積は1のままです。
一方、どの点でも高さは最終的に0になります。ある点を固定すると、番号が十分大きくなれば、その点は関数の幅の外に出てしまい、値は0です。つまり「各点で0に向かう」は本当です。それなのに面積が0に行かないのは、高さの爆発を全体にわたって押さえ込む天井がないからです。
この回で扱う優収束定理は「すべての関数をまとめて上から押さえる、面積が有限の天井があれば、各点の極限と面積の極限を入れ替えてよい」と保証してくれます。天井がなければ入れ替えは許されない。先ほどの列はまさに、天井を用意できない例です。極限と積分を安全に交換するための条件を、この回で正確に述べて証明します。
1. 動機 ― 期待値を正確に定義するには何が要るか
この回を読み終えると、期待値をルベーグ積分として扱い、極限と期待値を交換してよいかを判定できます。
確率変数の期待値は「値
リーマン積分は横軸(定義域)を刻んで短冊の面積を足します。高校以来なじみ深い方法ですが、ごく自然に見える関数でも積分できない場合があります。M13 で定義した可測関数と測度を使って、縦軸(値域)を刻むという発想に切り替えると、はるかに広いクラスの関数を積分でき、極限操作との相性も格段に良くなります。
この節のまとめ: 期待値を連続的な確率変数に対して厳密に定義するには、リーマン積分を超える積分の枠組みが必要です。
この記事で証明すること
- THM-M14-1 非負の可測関数の積分は、それ以下の単関数の積分の上限として定義でき、単調増加する単関数列の極限として計算できます。
- THM-M14-2 非負の可測関数の単調増加列に対しては、極限と積分の順序を交換できます(単調収束定理)。
- THM-M14-3 関数列が各点収束し、ある可積分関数で一様に押さえられていれば、極限と積分の順序を交換できます(優収束定理)。
2. 設定と仮定 ― 値域を刻むという発想
測度空間
単関数とは、有限個の値だけを取る可測関数のことです。正確には、
と書ける関数を非負単関数と呼びます。ここで
単関数の積分は、面積の自然な拡張として定義します。
「値
リーマン積分が定義域を刻んで短冊を作るのに対し、ルベーグ積分は値域を刻んで各値を取る集合の測度を重みにします。この発想の転換が、ルベーグ積分の出発点です。
この節のまとめ: 単関数は有限個の値だけを取る可測関数であり、その積分は「値
3. 主張 ― 単関数の極限として積分を定義する
非負の可測関数
定理 THM-M14-1(単関数による定義)
を可測関数とする。 (a)
のルベーグ積分を と定義する。
(b) 非負単関数の単調増加列
(各点で に収束)が存在し、 が成り立つ。
定理 THM-M14-2(単調収束定理)
を可測関数の列とする。各 で (単調増加して に収束する)ならば、
定理 THM-M14-3(優収束定理)
を可測関数の列とする。各点で であり、ある可積分関数 ( )が存在して全ての と で を満たすならば、
THM-M14-2 は「単調に増えていく列なら極限と積分を交換してよい」、THM-M14-3 は「可積分関数で押さえられていれば交換してよい」という主張です。確率論では、期待値の極限を扱うたびにこの2つの定理を使います。将来、期待値を金融の文脈で使うときにもこれらが基礎になります。
この節のまとめ: 非負可測関数の積分は単関数の積分の上限として定義され、収束定理が極限と積分の交換を保証します。
証明を読む(読まなくても記事は完結します)
4. 証明 ― 単調な近似列を作る
この節は読まなくても記事は完結します。
この証明を追いたい人は、数学編 第13回「σ加法族と可測性」へ。
THM-M14-1 の証明
(b) の近似列の構成を先に示します。
と定めます。これは値域
各点収束。
(a) について。 (a) は積分の定義そのものなので、示すべきことはありません。この定義から、
(3.2) を正当化するには単調収束定理(THM-M14-2)が必要です。THM-M14-2 を認めれば、
が成り立ちます。これが (3.2) です。 ∎
THM-M14-2 の証明(要点)
単調収束定理の証明は技術的に長いため、要点を示します。
下からの不等式。
上からの不等式(核心部分)。 任意の単関数
THM-M14-3 の証明(要点)
優収束定理は単調収束定理から導かれます。
同様に
5. 反例 ― 極限と積分を交換できない列
CEX-M14-1: ディリクレ関数
有理数で 1、無理数で 0 を取る関数
リーマン積分では、
ルベーグ積分では話が変わります。
ルベーグ積分では測度ゼロの集合の上で関数がどんな値を取っても積分に影響しないのが強みです。
CEX-M14-2: 押さえ込む関数がないと交換できない
各点の極限を見ます。
ところが各
で、
なぜ優収束定理が使えないかを確認します。
CEX-M14-3: 単調でない列で単調収束定理も使えない
です。しかし任意の
この列は単調増加ではない(台が右に移動するだけで、
この節のまとめ: 極限と積分の交換には条件が必要です。単調性(THM-M14-2)も押さえ込み(THM-M14-3)もない場合、交換は一般に成り立ちません。
6. 数値例 ― 値域を刻んで積分を近似する
ルベーグ式(値域を刻む)。 値域
リーマン式(定義域を刻む)。 定義域
刻みを細かくしたときの誤差を表にします。
| ルベーグ下近似の誤差 | リーマン左端の誤差 | |
|---|---|---|
| 10 | 0.0438 | 0.0483 |
| 100 | 0.0048 | 0.0050 |
| 1000 | 0.00049 | 0.00050 |
どちらも
この節のまとめ: 値域を刻む方法と定義域を刻む方法はどちらも同じ値に収束しますが、ルベーグ式はリーマン積分が存在しない関数にも適用できます。
7. 次回へ ― 対数正規分布を自分で導く
今回はルベーグ積分の定義と収束定理を示しました。期待値が「確率測度に関するルベーグ積分」として定義されることで、離散から連続まで統一的に扱えるようになります。
次回 M15 では変数変換の公式とヤコビアンを扱い、対数正規分布の密度を自分の手で導きます。変数変換の公式はルベーグ積分の言葉で書くと見通しが良くなります。
よくある質問
リーマン積分と何が違うのですか
リーマン積分は横軸を刻み、ルベーグ積分は縦軸の値を刻みます。刻み方を変えると扱える関数が広がります。
収束定理はなぜ大事なのですか
極限と期待値を入れ替える操作が、確率論では至る所で必要になるからです。
期待値はなぜ積分なのですか
値に確率の重みを付けて足し合わせる操作を、連続な場合にまで正確に広げたものだからです。
参考文献
- 伊藤清三、ルベーグ積分入門、裳華房、1963年
- Folland G. B.、Real Analysis、第2版、Wiley、1999年
数値例は compute.py により計算済み。本文中の小数は4桁で丸めている。

